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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
29/75

27:〝駆け引き〟と〝好意〟

6月12日 0445時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 戦いが終わり、艦橋のメインスクリーンの通話画像にアーディ・アルセ帝国宇宙軍大佐の姿が映し出されると、戦闘指揮所(CIC)から移動してきたツナミ・タカユキ艦長をはじめ、艦橋の士官は皆一斉にそちらを向いた。


 アルセ大佐は先ず指令席に座るエリン皇女殿下に右手を上げて敬礼すると、艦長席のツナミに向かい改めて敬礼した。姿勢を正したツナミが答礼をし終えるのを待って右手を降ろす。

 感慨深げに若き敵手の顔を見遣っていたが、やがて口を開いた。


帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉は貴艦に投降する。どうか寛容な対処を願いたい』


 〈カシハラ〉の艦橋では、アルセ大佐の言葉にツナミ艦長が副長のミシマ・ユウを向いた。ミシマは頷くと艦長に代わってスクリーンの先の敗軍の将に伝えた。


「――〈アスグラム〉からの熱量の低下、並びに本艦への射撃管制の停止を確認しました。H.M.S.〈カシハラ〉は、エリン皇女殿下の名のもとに帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉の投降を受け入れます――。アルセ艦長、ご苦労でした」


 ミュローンの武人はその言葉に小さく息を吐き、副長へと向き直った。

『ありがたく思う…… それでは移乗の受入れと艦の明渡しについてだが――』


 投降後の処置について実務的な交渉に入ろうとしたアルセを、ミシマは遮った。

「――それには及びません、艦長」


 アルセが怪訝な表情を向けると、ミシマは事前に艦長と打ち合わせて〝既定〟としていた事柄を相手に伝えた。


「〈アスグラム〉の接収は〝見合せ〟ることとなりました。――本艦(カシハラ)からの移乗はありません」

『…………』

「――艦載固定の武装についての封印も敢えて行いませんが、軌道爆雷等、宙雷の類については放擲、放棄をして頂きます」


 敵手であった(カシハラ)の副長の言葉をそこまで聞いて、アルセは胸中の皮肉めいた思いを口にしていた。

『随分と寛大なのですな』――勿論、表情(かお)には出さない。


「時間が惜しいのです――」 副長は彼ならではの、あの何者にも臆することのない微笑で返した。「他にもいくつか理由はありますが、今回は()()が〝一番〟の理由です」


 アルセは頷くしかなかったが、ここでそんな彼に初めてエリン皇女が口を開いた。

「アルセ艦長――」 彼女は真っ直ぐにアルセの目を見て言った。「艦長と〈アスグラム〉はよく戦いました。わたしがベイアトリスで帝位に就いた(のち)には、その力を十分にミュローンのため役立てて欲しいと思います」


 そして最後に、そんな言葉にわずかに逡巡したアルセに、こう付け加える。「――死ぬことは許しません」



 それにはアルセは即答することができず、しばしの時間が於かれることとなった。やがてアルセは静かに皇女の顔を見返して静かに言う。

『〝遺憾なきをなす〟ことは帝国軍人(ミュローン)に求められる矜持でありますが……』


 そのアルセの言葉に、皇女は〝おざなり〟には応えなかった。


「艦長は(ふね)の乗員の生命を想い投降なさいました。わたしの想う(ミュローン)とは、そういったことを当たり前と思える国です。体面で命を扱うようなことは、重ねて許しません」

 真っ直ぐな瞳がアルセの目を見て言う。言葉の響きの真摯さは、その目の輝きの伝えるものと同じく、その場の者を惹き込むものであった。


 そのエリンの言葉に、アルセはあらためて威儀を正すと敬礼を返した。彼は心を決めた。

『不肖の身ながら、殿下の御旗の下、微力を尽くさせてもらいましょう』


 ――このときのアルセは〝即位の暁には〟という文脈で語ってはいない。

 エリンもまたそんなアルセに、初めて安堵したふうに頷いて返した。


 最後にアルセは、〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉の青年艦長を向いた。

『――ツナミ艦長…… 殿下を頼みます』


 ツナミは口許を精一杯に引き締めて返した。

「責任をもって」


 ツナミとアルセの目と目が合うと、帝国軍(ミュローン)の武人は満足気な表情になり、一つ頷いてスクリーンから消えた。



 * * *



 〈アスグラム〉は左舷の推力を失い戦闘航宙こそ不可能であったが、航行能力自体は喪失しておらず自力でのシング=ポラス回航となった。


 砲撃による直接被害は推進器並びに放熱翼のみで、防御スクリーンの変換熱の過剰流入(オーバロード)で機関区内の蓄熱系から出火、火災が発生したことを除いて被害はなかった。その火災も機関長セーデルバリ機関中佐の迅速な対応により死傷者を出すまでには至らなかった。不幸中の幸いと言える。


 武装の解除についてはミシマ副長の言葉の通り接舷臨検は行われず、艦から放擲した軌道爆雷、宙雷等が〈カシハラ〉のレーザ照射によって破壊されただけであった。



 そんな中、〈アスグラム〉から〈カシハラ〉へ乗員の移乗が行われている――。

 帝国宙兵隊少佐カルノーに率いられた宙兵隊員8名、接舷攻撃支援機の搭乗員3名、計12名を〈カシハラ〉側が受け入れたのには、少々〝行き違い〟に似た混乱があった。


 宙兵戦力を持たない〈カシハラ〉に対する〈アスグラム〉側の〝好意〟――アルセが〝問題外〟であることを承知で敢えて提案したそれ――をエリンが言下に受けたからである。


 勿論それは艦長のツナミや副長のミシマのみならず、今では皇女に近しい助言者という立場となりつつあったアマハ・シホでさえ即座に反対するような事柄であった。


 ――そもそも保安部員すらいない〈カシハラ〉に正規の宙兵が入れば、瞬く間に制圧されてしまうだろうことは火を見るよりも明らかである。


 エリンは状況の把握の面には聡かったが、軍事的な〝駆け引き〟には全く疎かった。

 アルセ艦長の〝好意〟――そこにそれ以外の〝含み〟はなかったのだが――を受けることが礼儀であろうと、ただそう応えてみせただけである。


 ある種の緊張の中――ツナミとミシマが蒼白となり、アルセらが口元を緩ませた中――カルノー宙兵隊少佐以下、宙兵隊員11名は何事もなく〈カシハラ〉に入った。その中にはオーサ・エクステット宙兵隊上級兵曹長の名もあった。



 エリンはこのときのことを深く反省させられ――ミシマに小一時間ほど戒められ――、以後は軍事的な交渉に際して、自らの安易な判断のみで回答をするのを避けるようになる。




6月12日 0800時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)


 追跡艦(アスグラム)の排除に成功したことで午前直から第3配備に移行したCICで、クリハラ・トウコ砲雷長はスクリーンの灯光が最低限の機能の分にまで落とされた暗い指揮所の主管制卓から、戦闘中の自分の席――砲雷長席――を見ていた。


 ――主砲操艦…… 追尾・照準…発射…… それから撃破…… 復唱して操作して……戦術長補の声がして…… あたしの判断は、それとは違ってた……


 背後で扉が開き(スライドし)、誰かが入室してきた気配にクリハラはそんな思索を切り上げた。


「砲雷長が当直か――」

 声がして、その声は、いまは艦長となったツナミのものだった。


 ツナミはクリハラが立ち上がって敬礼した主管制卓――第2配備以下の警戒レベルでは、基本的にCICは戦術科要員が一人でこの主管制卓に着くだけである――の前を遠慮するように答礼して横切ると、座り慣れた戦術長の補助席に向かいそのまま座った。


 少し居心地の悪そうな間があって、再びツナミが腰を浮かしかけたタイミングで、クリハラはその背に声を掛けた。


「戦術長補――」 クリハラは〝職名〟を間違えてしまったことに思わず口籠ったが、ツナミが気にしたふうもなく席をくるりと回したので、そのまま続ける。「あのタイミング……直撃()()()()のを狙ってました……?」


 ツナミはクリハラのその問い――〈アスグラム〉への主砲発射のタイミングのこと――に、ああそこか、と合点したふうに頷いて応えた。


「いや…… あの結果は――まぁ狙ったというより〝希望的観測〟みたいなもの、かな」

「〝希望的〟……?」 クリハラは少し眉を曇らせる。

「第一射を外しても、あの射点からなら第二射を直撃させられると思った。だから第一射をあのタイミングで――」 言ってツナミは、両の肩を軽く竦めてみせた。


 ――やっぱり狙ってたんだ……。


 ただ〝乾坤一擲〟――〝一発限りの勝負〟というわけではなかったらしい。

 その答えに、クリハラも頷いて返した。少し納得できた気がする。



 ツナミはそんなクリハラに、少し躊躇ってから重ねて声を掛けた。

「砲雷長―― もし……引き金(トリガー)を引き続けるのが辛くなったら、そのときはそう言ってくれていい」


「…………」 

 クリハラは黙ってツナミを見返した。その視線が少し警戒するふうになる。


 ツナミはそれに、敢えて気付いていないように無視をして続けた。

「――俺やミナミハラ、ユウキだっている。重責を一人に背負い込ませるつもりはないんだ……」


 クリハラは少しグッときて、ツナミを見返した。

「戦術長補は、いまは艦長じゃないですか……」 〝できないでしょ〟と、わざと責めるように言って、それからバツの悪くなった感じに答える。「――大丈夫です……いまは」


 ツナミが頷いて戦術長の補助席から立ち上がったときには、彼女も優しい気持ちで続けていた。

「でも戦術長補―― こういうふうに〝優しい言葉(こと)〟も言えるんですね?」

「なんだよ…… 俺には〝似合わない〟か?」


 憮然としたふうのツナミに、クリハラは珍しく笑って言った。

「いえ ――それじゃーコトミにも、こんな感じに接しているのかな? とか……」


「え……? なんでコトミに――」 ツナミの顔が少し赤くなったかも知れない。

「…………」

「コト――シンジョウは船務科だ……ミシマのヤツが面倒見るだろ……」 何とか言葉を探し出して、といった感じだ。

「…………」

「いや、だってそういうのは――」


 さすがにここまで来ると、クリハラはめんどくさそうにツナミを遮った。

「だって()()()()関係ですよね?」


 そう言われてしまって汗顔(かんがん)するツナミの顔を覗き込んだクリハラは、呆れてしまったことをおくびにも出さずに言う。

「まさか〝誰も気付いてない〟なんて思ってますか?」


 ――勿論ツナミも〝誰にも気付かれてない〟とは思っていない……。ただ、〝気付いていないフリ〟はしてもらえると思っている――いや…そう思って〝いた〟のだ……。


 バツの悪い表情になったツナミは、頭を掻いてCICを退散することになった。

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