25:〝窮鼠が猫を噛む〟
カルタヒヤは〝自由回廊〟の南側の要衝シング=ポラスと北側諸邦とを結ぶ跳躍点を持つこと以外なんら価値を持たない星系で、居住惑星はおろか大型航宙船舶の着岸が可能な施設すら存在しない辺境中の辺境の地である。
帝国宇宙軍艦〈アスグラム〉は〈カシハラ〉に遅れること1時間ほどの後、重力流路のカルタヒヤ星系側の出口に姿を現した――。
6月12日 0410時 【帝国軍艦アスグラム/第一艦橋】
「跳躍、完了しました ――各部、状況送れ」
管制士の声を耳に、〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐は各部署からの報告を待つ。程なくして各部署の責任者から報告が上がってきた。
『機関制御室、異常ありません』『応急、異常なし』『航行管制、異常なし』『兵装管制、異常なし』
「――全艦、異常なし。輻射管制を維持します」
アルセは頷くとスクリーン上に映る第三艦橋の小窓映像に目を向けた。第三艦橋を預かる第一副長のマッティア中佐が応える。
『周辺空域に障害、ありません』
アルセはもう一度頷くと、マッティアに指示する。
「輻射管制を維持――受動観測を開始してくれ」
航行管制の責任者は了解の意で敬礼し、スクリーンから消えた。
「しばらくは我慢比べが続くか……」
6月12日 0425時 【帝国軍艦アスグラム/第三艦橋】
――15分の後……。
〈アスグラム〉は艦に搭載されている受動観測機器を総動員し、現空域に〝輻射管制を実施しつつ慣性航行する物体〟を捉えていた。
推進剤の反応が観測されないため、それが4等級の航宙艦であることを確定することは出来なかったが、シング=ポラスから保存された慣性運動の針路上にそれは在った。ただ輻射管制下での慣性航行中の割に、距離と速度の積上げが大きい。
「どう思う?」 観測の統括もするマッティアが機関長に意見を訊いた。
『――なんとも言えません……』
スクリーンの中でセーデルバリ機関中佐は、送られてきたデータを確認しながら慎重な回答を返した。
『――モガミ型の〝低輻射時〟の状態によく似た反応だけれど―― 艦首をこちらに向けてるの? 機関状態が全く〝見えない〟のでは、機関士官としては……』 言って肩を竦めて見せる。
なんとも煮え切らない言葉ではあったが、その機関長の示唆は〈アスグラム〉の副長であるマッティアにとって重大な意味を持つ――。
敵艦が艦首を進路の後方となるこちらの側に向けているのだとすれば、それは砲戦を意図しているということだ。
――であれば〝受けて立つ〟にせよ〝回避に入る〟にせよ、先手を打たれるわけにはいかない。
一方で輻射管制を実施しているのは本艦とて同じである――我慢比べであれば先に動いた方の負けだ――。迂闊に動かない方がよいのではないか……。
マッティアは第一艦橋のアルセ大佐と第二艦橋のネイ少佐を呼び出した。
「艦長―― 進路上に慣性航行中と思われる〝物体〟があります」
『モガミ型か? ……距離は?』
「特定はできませんが恐らく…… 距離、光学解析の推定で1万1千キロ――どうもこちらに艦首を向けているようです」
アルセは目でアルセを向き訊いてきた。
『では仕掛けてくると?』
マッティアが肯いて返すと、アルセは次いでネイを見た。ネイもまた肯きながら言った。
『――候補生らの反撃の意図を、積極的に排除する理由はないと考えます』
『だがまだ本艦が探知された形跡はないのだな?』
アルセは慎重な物言いでマッティアを向いた。マッティアの方も慎重になって返す。
「いまのところ照準・測距は受けてません……」
マッティアがそう答えた時であった――。
「電波探知機に反応あり‼ 捕捉された模様! ――進路前方の物体、電波管制を解除!」
第一艦橋の管制士が制御卓から鋭い声を上げた。続く報告の声音は悲鳴に近かった。
「――入射光ですっ! 方位260、仰俯角マイナス10より入射 ――着弾観測を受けてます!」
アルセの対応は早かった。
「輻射管制解除! ――機関、最大加速!」 画面越しの二人の副長に矢継ぎ早に指示を下していく。「――左舷〝散乱砂〟を放擲! 〝フレア〟もだ! 発射管〝囮宙雷〟発射 ……急げ‼」
〈アスグラム〉は加速方向を欺瞞するための〝フレア〟を焚きつつ、最大推力をもって加速を始めた。回頭はしない。
このとき既に〈アスグラム〉は、跳躍前の運動系で保存された慣性運動の進行軸に対して90度の角度――進行方向が艦の左舷となるよう航行していた。跳躍の直前に〝角度〟を付けていたのだ。
独行任務における航宙艦の追跡では、跳躍直後のタイミングが最も危険であった。すべての探知機器が機能しなくなり〝必ず失探する〟跳躍後のこの状態は、跡を追って跳躍する側に絶対的に不利である。
その不利を少しでも補うため航宙艦は跳躍に先立ち、予め艦の推進軸に想定進路からの最大変位を得られるよう〝角度〟を付けておくのだ。探知されてから回頭しているのでは間に合わない。
「防御スクリーン、展開急げ! 変換効率は対レーザー、余剰出力を可能な限りまわせ!」
アルセは指示を飛ばしているとき、候補生らを〝甘く見過ぎた〟かもしれないと心の中で思っていた。
――〝窮鼠が猫を噛む〟の例えもあった……。
跳躍の前後のこの〝ズレ〟を利用して砲戦に持ち込むのは常套である。――此方が撃てなくとも彼方は撃てるのだ。逃げの一手ではなく、先ず当面の敵役を排除することを考えてもおかしくはない。
だがアルセは直後に、本当の意味で〝彼ら〟を見くびっていたことを思い知る事となった――。
「……艦長!」 輻射管制が解除された艦橋に管制士の声が響いた。「――右舷115に〝新たな〟艦影! 仰俯角マイナス05、距離5千2百キロ」
――なんだと……っ!
「照準照射が来ます!」 別の管制卓につく管制士の声が重なる。「――振幅を照合……粒子加速砲です‼」
――‼
アルセは己の迂闊さを呪った……。




