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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
23/75

21:接近

6月11日 0800時――


 シング=ポラスの星系内――。〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は次の加速――軌道遷移に備え、1Gによる等加速度での航宙から慣性航宙へと移行した。


 当初5箇所を確保していたはずの跳躍点(ワープポイント)のうち3つまでの選択肢を封じられた〈カシハラ〉にとり、次の加速が正念場であった。――所期の軌道を維持しての調整加速か跳躍点〝(ゴルフ)〟への遷移加速、何れも選択することのできるタイミングでの加速となるからだ。


 ――いま思えば〝選択肢の数〟よりも、こういった〝選択の局面〟をこそ増やすべきだったか……。


 〈カシハラ〉の宙図室(チャートルーム)で、航宙長のハヤミ・イツキ宙尉は今更ながらに思っている。

 もっとも、彼らを追尾する帝国宇宙軍(ミュローン)艦のマッティア中佐ならばこう言うことだろう――最初の軌道遷移を封じられた時点で、所期の軌道に拘る必要はなくなっていたのだ、と。



 一方、その〈カシハラ〉を追う帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉は、〈カシハラ〉の遷移軌道の選択肢を狭めることに成功したことで、作戦を次の段階(ステップ)へと進めた。


 〈アスグラム〉は、敢えて先行させていた〈カシハラ〉の〝頭を押さえる〟軌道へと進み出るべく、加速・増速をした。


 途中、1万キロの距離を(へだ)てての並進は互いの加速性能の探り合いとなる局面であったが、双方幾つかの散乱砂(パウダー)幕を放擲展開しただけで超長距離レーザー砲戦の生起という最悪の事態には至らず、互いに胸を撫で下ろしている。

 とりあえず、双方が十分な余力を残して相対位置を入れ替えることができたわけである。


 その後〈カシハラ〉は加速に備えて慣性航行に入り、同じ進行針路上を先行することになった〈アスグラム〉が更に加速を続けた結果、再び両艦の距離は十分に開いている。




6月11日 0800時 【帝国軍艦(HMS)アスグラム/第一艦橋】


 メインスクリーンに映る航宙巡航艦を凝視しつつ、装甲艦〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐は、小窓画面の中のラウラ・セーデルバリ機関中佐に訊いた。


「――どうだ?」

 〈アスグラム〉は(くだん)巡航艦(カシハラ)が抜錨発進して以来、同艦の推進加速の燃焼動向をずっと監視(モニタ)していた。全力発揮時の加速性能を探るためである。――戦うに際し相手の能力(カード)は徹底的に(あき)らかにする、それがアルセ艦長の主義(モットー)であった。


 そんな彼に指揮下(アスグラム)乗組員(クルー)は絶大な信頼を置いていて、機関科を束ねるセーデルバリもまた、そういう艦長の主義と性格に信頼を置く一人である――。


『……中々全力(本気)航宙して(はしって)はくれませんね』 彼女は〝なかなか思うようにはいきません〟といった面持ちで涼やかに切り出す。『それでも各種の観測値から、だいぶ精度は上がりました―― 全力発揮時で2.8 ~ 2.9Gといったところでしょう』


 その値は想定された値の中では最悪のものであった。


 メインスクリーン上の別の小窓――第三艦橋からマッティア中佐が小さく息を洩らて言う。『思ったよりも速いな ――我が装甲艦並みじゃないか』


 帝国宇宙軍(ミュローン)の準主力艦たる『装甲艦』に要求された加速が3Gである。本艦(アスグラム)にして全力発揮時の加速は3.1Gであった。航宙軍の練習艦は、それに迫るものを持っていたというわけだ。


 やはり情報部の懸念の通り、航宙軍は練習巡航艦の真の姿を欺瞞していた。


「装甲艦との交戦は一応の想定だったのだろう」


 装甲艦の艦長はそう評価した。

 だが仮面を剥いでしまえばやはり並以下の巡航艦でしかない。装甲艦の優位は動かしようがない。


 アルセは艦橋付きの管制員(オペレータ)に向く。「そろそろだな…… 〝仕掛け〟の方はどうか?」

「ハッ ――接舷隊は敵艦を捉えています。攻撃開始は定刻通り。『偽装機雷』の方も追尾できてます」

「よし」


 アルセは報告に短く応じると、艦長席のシートに深く腰を据えた。




 * * *



 皇女殿下の座乗を表す『エリン第4皇女旗』のはためく巡航艦(カシハラ)を追い、その相対位置を入れ替えた帝国軍艦(HMS)〈アスグラム〉は、その際〈カシハラ〉の進路上に接舷航宙機動艇を降ろしていた。


 綿密な観測と計算とで推定された〈カシハラ〉の進行針路の軸上に降ろされた航宙艇は、〈カシハラ〉と推進軸(ベクトル)を合わせて先を進んだ母艦〈アスグラム〉の推進器の赤外線放射の中で〈カシハラ〉に向け増速すると、ある程度の相対速度に達した時点で慣性航行に切り替え、後は接敵(ランデブー)に備えて宇宙空間での〝待ち伏せ〟に入っている。


 またその前後では、数発の〝仕掛け〟――偽装された誘導宙雷――も散乱砂(パウダー)の放擲に乗じて投下されていた。これらの誘導宙雷は〈アスグラム〉が宇宙空間光通信(レーザー通信)によって追尾しており、艦と航宙艇の戦術情報処理系(C4I)に結ばれて、いつでも誘導・爆散させることが可能となっていた。


 いま〝皇女殿下の艦(カシハラ)〟は〈アスグラム〉の広げた網の中に入り、網のとば口は閉じられつつある。




6月11日 0805時 【帝国軍艦(HMS)アスグラム〝接舷隊〟】


「エクステット上級兵曹長―― わかってはいると思うが、私情は禁物だぞ」

 狭い接舷航宙機動艇内の指揮卓から、艇の外へと通じる与圧室(エアロック)へと流れて行く接舷攻撃支援機の搭乗員(パイロット)達を見送るカルノー宙兵隊少佐は、3機の支援機を率いる立場のオーサ・エクステット宙兵隊上級兵曹長の背に声を掛けた。


 彼女はその声に振り返ると、接舷隊の指揮を執る宙兵隊少佐に肯いてみせた。微かに上気した表情は十分に抑制された帝国軍人(ミュローン)の貌であり、少佐の投げ掛けた言葉に〝何を今更〟との想いを返している。オーサは敬礼と共に黙って踵を返すと、艇の外装に繋止された〝愛機〟に乗り込むべく与圧室(エアロック)の気密内扉を(くぐ)った。



 管制航行に移行した艇の与圧室(エアロック)外扉から、艇の外壁を伝って愛機の操縦席(コクピット)に収まったオーサは、手早く離床前点検(プリデタッチチェック)を終えると薄く長い息を吐き出す。心象の中に浮かんできた(ピーア)の顔にどうしたらいいか判らずに、結局オーサは笑いかけていた。そうすると、心の中のピーアも笑い返してくれたように感じる。


 ピーア・エクステット兵曹は装甲艦〈アスグラム〉配属の接舷攻撃支援機搭乗員(パイロット)だった。姉の背を追うばかりの、よく笑う娘だった……。その彼女は六月六日の混乱の中で航宙軍の練習巡航艦のレーザー照射により爆死した。まだ21歳になったばかりだった。



 いまその航宙軍の(ふね)にオーサは攻撃を仕掛けることになったのだが、この艦にはエリン皇女殿下が乗っている――。だからこの攻撃では敵艦を必要以上に傷つけて殿下の御身を危険に晒すことはできない……。


「――ピーア……あの(ふね)は沈められないんだって……ごめんね……」


 復讐――それはミュローンの習いだ…――することの出来ない姉に、〝聖なる山(ヴァルハル)〟へと先に旅立った妹は何と言ってくれるだろう……。


 そうしていると離床1分前のアラームが鳴った。オーサはパイロットスーツのバイザーを下ろして表情を消すと、操縦桿を握り直した。




6月11日 0810時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 帝国宇宙軍ミュローンの接舷航宙機動艇と支援機の接近を7千キロの距離で探知した〈カシハラ〉は、今回は十分な余裕をもって戦闘配備を発令することができた。


 (カシハラ)各所の拡声器(スピーカー)から、CIC主管制員シンジョウ・コトミ宙尉の声が響く。

『全艦の気密扉およびハッチを閉鎖せよ――総員、戦闘配備発令、戦闘配備発令』


 艦長のツナミ以下CIC要員が移動を終えたいま、艦橋の窓には装甲シャッタが降ろされ、各員が各自の席で戦闘宇宙服の身を固定している。


 練習艦である〈カシハラ〉の艦橋は広く造られていたが、それでも息苦しさを感じさせられる時間に入りつつあった。


「やっぱり()()で仕掛けてきたな」


 航宙長の席である統括制御卓のイツキが副長席の前に立つミシマを見上げて言った。ミシマは艦橋正面の窓に降ろされた装甲シャッタの内側に映像が点るのを確認しつつ応える。


「軌道遷移に備えての慣性航宙中に、接舷移乗を試みるのは定石だからね」


 それから指令席のエリン皇女殿下をふと見遣る。

 エリンは自ら定位置と定めた指令の席に収まると戦闘宇宙服をシートに固定している。ただ、ヘルメットは艦長のツナミや副長のミシマらに(なら)って外していた。


 そんな皇女が指令席から正面に顔を向けるの見て、艦橋の面々は密かに身を引き締める。それはミシマもまた同じであった。



「――なにか?」 目が合うと、そう訊かれた。

「いえ……」 ミシマは曖昧に答えた。


 ――なるほど…… 当に〝戦の女神(ミュローンの乙女)〟なのだな……


 ミシマならずともそんな想いに囚われてしまう、そんな横顔だった。



 ……だが果たして〝勝利の女神〟なのか〝冥府の乙女〟なのか――。それは誰にもわかりはしない。

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