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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
22/75

20:表向き… 裏は裏――

6月9日 0200時 【H.M.S.カシハラ/艦橋休憩室】


「〝ワッチでーす〟……」

 艦橋付きの休憩室。簡易ベッドの中のジングウジ・タツカ(宙尉/航宙科)は、厚地のカーテンの外からのイセ・シオリ(宙尉/船務科)のどこか鼻にかかる甘えるような声で目を覚ました。

 この〝当直交代の呼掛け〟は宇宙船の乗員(ふなのり)にとって魔法の言葉のようなもので、例えどんな時間に、シオリのような〝素人っぽい〟声で掛けられたとしても一発で目を醒ますことができるのだ。


 タツカは簡易ベッドの枕元のメガネに手を伸ばしつつ、まだシャンとしない声でシオリに訊いた。

「――…異常は……?」


「――ないよ ……全艦に(わた)って〝異常なし(オールグリーン)〟……」

 シオリが不機嫌そうな声を隠すでもなく返す。「う~~~汗でべっとべと…… 艦橋(ブリッジ)に16時間カンヅメなんてサイアク…… ツナミのやつ神経質過ぎ(びびり)なんだよ。憶えてろ、次の寄港地でぜったいコロシテやるんだ…… うー、早くシャワー浴びて寝よ……」


 さすがに疲れた声が尻すぼみになるシオリに、折半直の短い休息を寝るだけだったタツカも、まだ疲れの残る頭の中で毒気を吐く。


 ――シャワー浴びてから寝れるんだから、まだいいよ…… ツナミのヤツを絞めるんなら、わたしを忘れんな……


 さすがに声にまで出さなかった。そこはシオリとは違う。


 観念し勢いよくてカーテンを引く。腰まで伸ばしてしまった髪を纏めた頭が重い。あぁ、失敗だった。髪切りたい……。お風呂入りたい……。髪はやっぱり切ろう。

 そう固く決意して、ジングウジ・タツカ宙尉は〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟の艦橋へと、ようやくベッドから這い出した。



 艦医のラシッド・シラの進言を受けて〝総員〟による第1配備が解除された〈カシハラ〉は、とりあえずは2400時からの夜半直(4時間)を折半直として左舷直/右舷直の順に2時間ずつの休息を交代で取ることができた。

 先に「非直」となった左舷直の乗組員(クルー)のほとんどは、〝死んだように〟寝ること以外は何もできない、そんな状態ではあったが、とにかく疲弊しつつあった艦内に休息はもたらされた。


 艦長のツナミを怨嗟の言葉と共に揶揄できる程度には、艦内の雰囲気も回復してきている。以降は第2配備の2直6交代のローテーションに入るはずで、乗組員(クルー)の疲労は緩和されるだろう。艦医のシラとしては、ひとまず胸を撫で下ろすことができたというものだ。




6月9日 0350時 【H.M.S.カシハラ/機関制御室】


 航宙艦〈カシハラ〉の機関制御室は、航宙軍の最新鋭4等級艦のものだけあってさすがに洗練されていた。

 その中央指示卓に着くオダ・ユキオ1級技官は、現在(いま)は〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟が接頭辞となっている〈カシハラ〉の『機関長』という〝役回り〟を演じていた。

 (かたわら)の制御卓では、同様にオオヤシマ防衛庁の技官職から同艦の機関士に転じることとなったソウダ・シュンスケ2級技官が、機関区の全ての設備機器の状態を確認している。


 実は航行中の(動いている)航宙艦の機関を〝みる〟のは初めての経験であるのは、ソウダ技官もオダ技官も一緒であった。しかし、そうは言っても二人は航宙船舶機関に関する専門技術職(エキスパート)である。機関室に入れば、何とか〝やれそうだ〟との所感は得られている。


 〈カシハラ〉はもともと不調を抱えていた対加速度慣性制御イナーシャル・キャンセラーシステムに不安はあるものの、その他の主要な機関に問題はなく、これまでのところ至って快調に稼働し(うごい)ている。



「――実際、この航宙、どうなると思います、オダさん?」

 制御卓(コンソール)上の複合スクリーンから目線を上げずソウダは訊いてきた。

「連合と事を構えるなんて、アレ、正気なんですかね? あの艦長代理の候補生…… それに本星(オオヤシマ)はどうするんでしょう?」


 まだ20代のソウダに、オダ〝機関長〟は上官というよりは年長者として応えた。

「ふむ、〝艦長〟は中々の肝の据わり様だったね ……オオヤシマとしては、まあ、表向きは〝困って〟みせるのだろう」


「――表向きは? ……みせる?」 意味を掴みかねるふうのソウダ。

「そう……表向きは困惑して見せなければならないだろうね」 オダは物静かな言い様で応じる。


「――それじゃ、裏があると?」

 ソウダは、何やら〝大人の事情〟がありそうだ、と気持ち声を潜めた。

 オダは静かに頷いた。

 ソウダが重ねて訊く。

「――裏って何です?」


「裏は裏だからね ……表立っては認めることのできない、そういう事情があれば、それが〝裏〟というものだろう?」


 オダは慎重な面持ちのソウダに〈カシハラ〉とオオヤシマ――星系同盟の置かれた状況を掻い摘んで解説してみせた。



 現在のところ星系同盟は宗主国と仰ぐ帝政連合に対して表向き恭順の構えを見せている。だがその(じつ)、来るべき衝突を見越して〝力の整備〟に余念がない――〝面従腹背(めんじゅうふくはい)〟と言ってよいのが実情だ。


 だが六月六日、連合(ミュローン)は先手を打って『国軍』を動かした。折しもの先帝グスタフ22世の病臥の中、同盟は完全に虚を突かれた。軍事/外交的に何ら手立てのないまま連合(ミュローン)による進駐を受けることとなり、全ての軍事・準軍事組織は『国軍』の指揮下に入った。航宙軍もまた例外ではない。――もっとも、現在(いま)の段階で『国軍』を相手とするようなことは出来なかったろうが。


 そんな中〈カシハラ〉には帝政連合の皇位継承権者(エリン殿下)が乗っている。それも、「立太子」こそされていないが現時点(いま)となっては唯一人の継承権者である。そして〈カシハラ〉は現在(いま)、彼女を擁して帝国本星(ベイアトリス)を目指し、『国軍』を〝実力〟をもって跳ね除けている。

 同盟の盟主、オオヤシマとしては、こんな状況の推移は寝耳に水だったろう。正規乗組員(クルー)を降ろした〈カシハラ〉の指揮系統は『国軍』の下に移ったはずだが、事もあろうにその〈カシハラ〉が正規の指揮系統を離れ、候補生だけで『国軍』と対峙しているのだ。


 〈カシハラ〉を所管するオオヤシマ防衛庁も運用する航宙軍も面目を失ったはずである。だが現実に巡航艦(カシハラ)艦隊本部(オオヤシマ)の指揮下からの離脱を宣言したのだから、政府としては〝困惑〟するしかない。

 そしてこの混乱の影で、一つの〝可能性〟が小さな光を放ち始めたというわけだ。このまま巡航艦に残った有志らがエリン皇女を奉じて帝国本星(ベイアトリス)へ入り皇女が帝位に就くのを(たす)けたのであれば、星系同盟は今後の帝政における主導権(キャスティングボード)を握ることができるかも知れない。


 この状況をそう考える〝夢見がち〟な人と言うのは、多くはないかも知れないが確実にいるものだ。オダは、この〈カシハラ〉(ふね)の中にもそんな考えをする人間がいると感じている……。



「――でもそれは、この艦(カシハラ)が無事にベイアトリスに辿り着くことができれば、ということでしょ……?」 オダの話にソウダは醒めた目で訊き返す。「我らが母星系(オオヤシマ)がそんな博打みたいな話に動いたりしますか?」


「動きはしないだろうね」 オダは苦笑を浮かべつつも応えた。「――ただ〝期待〟はするだろう?」


「…………」

 ソウダは、いよいよ理解し難い、というふうに口元を歪めてみせた。そんなソウダにオダは曖昧に笑って見せ、そして心の中だけで思う。


 ――そう。期待するだけなら責任はどこにもない…… 成功しなければ、その時は〝切り捨て〟ればいいと、そう考えるだろう……



「わっちでーす! 皆さんお待ちかねの直交代の時間ですよー」

 オダのそんな思考は、いま一人の技官職、キミヅカ・サチの明るい声で霧散した。三人の中で唯一航宙船舶での勤務経験を持つ彼女は、真新しい航宙軍の作業服――白地にオレンジの(ライン)の機関科の意匠――に袖を通して、まあまあ形にはなっている敬礼とともに制御室出入口の三重扉から姿を現した。


 オダとソウダ、それに彼女の技官三人に、士官候補生のクゼ・ダイゴを加えた四人がこの艦(カシハラ)の機関を守護する守り人(もりびと)というわけであった。




 〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は軍艦としての体裁と機能を何とか保ち、シング=ポラス星系の宇宙(そら)を独行している。

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