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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第2部 若者は戦い、今日を足掻く
21/75

19:第1配備の航宙艦

 第1配備中の航宙艦は艦内の移動もままならなくなる。主要な移動経路の他は警戒閉鎖がなされ――戦闘配備中の非常閉鎖ほどではないが――艦内の各所で隔壁や気密扉が下ろされるからだ。


 その第1配備中の艦内を戦闘宇宙服の人影が2つ、船殻の奥深くに設置された戦闘指揮所(CIC)を目指していた。浅葱色の地に黒の意匠のデザインであることから衛生科の所属なのが判る。その胸には『MEDIC』のマークがあった。




6月8日 2305時 【H.M.S.カシハラ/第3甲板中央部通路】


 メイリー・ジェンキンスは先を行く医師(ドクター)ラシッド・シラの声を聞きながら、そのシラの慣れた宇宙服の身のこなし――かつては航宙軍の艦医であったそうだ――の背中を追っていた。


 胸に『MEDIC』のマークの入った衛生科の宇宙服を着た彼女は、現在(いま)はシラ預かりの身である。政治家の娘であるということ以外に取り立てて知識も技術も持たない彼女は、(カシハラ)に残る際、艦医となったシラを手伝うことを要請されるとそれを受けたのだ。

 だから現在(いま)、慣れない宇宙服を身に纏い、第1配備の緊張した艦内をシラと共に歩いている。



 第1配備で物々しい艦内の通路を進みながら、軍艦とは当たり前のことだが〝戦闘をする〟宇宙船(ふね)で、その機能の保全を最優先するものだということをシラの説明で少しずつ理解していく。――学ぶべきことはまだまだ多いが、シラは教師としてとても優秀だったので不安は感じていなかった。


「――では実際に〝手当をする〟ということはないのですか?」

「ない、と言ってよいな」 艦医(ドクター)はメイリーのその問いに簡潔に答えた。「戦闘中の負傷は基本、宇宙服の生命維持機能任せだ。我々医者が何をどうすることもできない――破れた服を塞いでやることくらいか」


 それは意外だった。――立体(ホロ)ビデオの連続ドラマの中のお医者様が様々な器具を魔法のように使って主人公やその友人たちを救うシーン、あれは幻想らしい……。


「――それに、実際に船殻を破られてしまえば、我々()()の手で出来ることなんてもう何もないんだよ……」

「ご経験が?」 シラの声音の変化に、メイリーは探る様な声になって重ねて訊いた。

「……いや、私は幸いにも艦が被弾したという経験はないがね」



 シラは背後からの生徒(メイリー)の問い掛けに応えながら、航宙軍の教材資料で見せられた爆雷、レーザー、粒子砲それぞれの被弾箇所の画像/映像を思い起こす。それは凄惨で、(まさ)に地獄絵図としか言いようがなかった。〝()の御慈悲〟――ただそれだけが、()()にいた彼らを救う唯一のものであったと思う……。


 願わくば〈カシハラ〉に乗る若者たち誰一人として、そんな慈悲とは無縁にベイアトリスまでの航宙を終えてもらいたい、そう思う。



「――では、私達はそんなに〝活躍〟することはないのですね……」


 そんなシラの思いを知る由もないメイリーの少々落胆気味の声が耳に聞えると、シラは口元を綻ばせた。クリュセの首相令嬢は、高い自尊心とそれ程でもない自己肯定感の狭間で足掻いている。それを上手く隠せないところが微笑ましい。


「まあ、戦闘という局面ではそうだ……」 シラは教師であることに徹した。「――しかし衛生科の仕事は実はそこのところに比重が置かれているわけじゃない」


「と言いますと?」 メイリーの口調が改まる。

乗組員(クルー)の体調管理は我々の所掌だよ」 シラは噛んで含めるような口調になって言った。「――むしろ平時におけるこの仕事こそが、航宙艦の衛生科でとりわけ重要なものだと言える」


「はい……」


 まだその言葉の意味を然程のみ込めていないふうのメイリーに、シラは敢えて問い掛けた。

「君は現在の(カシハラ)の状況をどう思う?」


「…………」

 既に連続して14時間あまり、昨日から断続的とは言え26時間以上を緊張の只中で過ごしている。軍人ではないメイリーにとってこの状況は、正直、異常な事態に感じられる。

 だが〈カシハラ〉は軍艦なのだし、現在(いま)は帝国軍から追われているわけだから、こういうことがむしろ普通なのだと思うべきだろうか。メイリーは返答に迷った。


 そんなメイリーにシラは穏やかに問うた。

「正直に言っていい ――つらいだろう?」


「……はい」 メイリーは慎重に肯く。

「それでいい」 シラは笑って言った。「――そもそも人間の神経と言うのは、このような長時間の緊張に耐えられるものじゃあないんだよ」


 その言葉に、(ようや)くメイリーは何度も頷くことができた。それを気配で読み取ったようにシラは続ける。


「――(しか)るに本艦(カシハラ)の置かれた状況は極めて深刻だ ――拳闘(ボクシング)の試合なら現在(いま)のところ『十対七』といったところかな」

「……深刻なのですね?」


 拳闘のことはよくわからないメイリーが、それが()()()()深刻なことなのか探るような声で合いの手を入れる。


 この(たとえ)は失敗であったかと、シラの言葉に小さな溜息が()じった。

「――うん、深刻だ。だから我々……衛生科で注進に及ぶ、という訳なのだよ」


 ちょうどそのタイミングで戦闘指揮所(CIC)の気密扉の前に達した。本来なら歩哨の保安部員がいるものであるが、現在の〈カシハラ〉にはそのような要員はなかった。


 メイリーは扉の前のシラの横に立つと、その横顔を見た。

「――その顔は〝なぜ門外漢の自分(わたし)も?〟という顔つきかな?」


 シラにそう言われメイリーは(おもて)を伏せた。――艦橋やCIC(ここ)に来れば〝(ツナミ)〟がいる。正直、まだ彼とのわだかまりが解けたと思うことができないでいる……。


 シラはそんなメイリーに言った。

「君が居てくれると話を通しやすいと思ってね―― それに、こういうことは君にとっても勉強だ」


 そう言ってシラが与えられたIDを入力して端末を操作すると、分厚い三重扉が開いた。




6月8日 2310時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)


 CICに艦医となったラシッド・シラと助手のメイリーを迎えたツナミ・タカユキは、艦長席を下りて二人の前に立った。

 こういうところに誠実さを見て取れるところは、彼の美点と言えば美点だろう。――もっとも仮にも航宙艦の艦長であるのだから、艦長の威厳を損ねるような振舞いはすべきではない。要するに、まだ立場と必要な立ち居振る舞いに慣れていないのだ。


 シラはそんな新任の艦長を相手に、艦の警戒レベルを即時、第2配備以下に下げるよう意見具申した。


 言われたツナミは、現況からそれが正論であることを解ってはいるものの、(にわ)かにそれを了とは出来なかった。現在(いま)帝国宇宙軍(ミュローン)艦からの爆雷攻撃が続いている。監視の手は緩めるべきではないのではないか……。決断ができない。


艦医殿(ドクター)…… 本艦は現在(いま)もミュローンの装甲艦から追尾されていて――」


 探る様な口調で口を開いたツナミを、シラは遮った。

「――わかっている…… これでも私は航宙軍艦に乗っていたんだからね」 艦医は真っ直ぐに艦長の目を見て言う。「わかった上で言っているつもりだ。()()では()たない――」


「…………」

「実際に回避か迎撃の局面に入るまで総員配置は不要だろう? 基本的な警戒探知は自動化されているんだから」



 艦医の言っていることは正しかった。殊更に厳重な警戒を敷いているのは、艦を預かる自分の指揮に対する気休めだ。だがこの気休めで乗組員(クルー)が疲弊しているのでは意味がない。


 ツナミはCICの中に視線を走らせ、詰めている要員の中からシンジョウ・コトミ宙尉の顔に視線を止めた。目線が合うとコトミはゆっくりと肯いて返した。


 次にツナミが艦医の方へと向いた時に、傍らにいるメイリーの顔に目が留まった。気拙い想いからだろうか、彼女の視線が逸れる。思えば彼女は民間人だ。職業軍属でもない。しかしそんな彼女もいま総員配置に従っていて、少々むくみの残った顔で立っている。


「――まいったな……」

 深い溜息の後、ついにツナミはシラに言った。


「わかりましたドクター」 艦医(シラ)と目線を交わし、次いでCIC主管制卓に着くコトミを振り見遣って命じる。「――第1配備を解除、第2配備だ。次の当直を折半直にして非直から休ませてくれ」



 そんなツナミを見てシラが大きく肯くのをメイリーは、意固地な優等生に間違いを気付かせることができた教師、そんな表情だと思った。そうすると、ツナミが指導教官から指摘を受ける学生に思えてきた。


 ――何だ、素直な顔もできるんじゃない……。


 そんなふうに新任の艦長を見ていたメイリーは、ふと彼の背後に座る女性士官と目が合った。先ほど艦長の指示に復唱した長い髪をポニーテイルにした彼女は、すぐに視線を逸らした。その視線が何か探るようだったのが少し気になる。



「ドクター……」 ツナミ艦長は改めてシラに向き直ると言った。「――現在の乗組員(クルー)の生体データから最適のシフトを雛型として作成して頂けますか?」


 言われたシラは、いとも簡単に応えてみせた。

「ああ ……それならもう作成済です」


「そ、それは――」


 その回答に素直に感嘆の表情を浮かべようという艦長に、シラは手を振り笑って返す。

「あぁ、いや、先に船務科の方から相談が有ったのですよ」 言って主管制卓のコトミを見遣った。「――艦長は優秀な〝副官〟をお持ちのようですな」


 それでツナミは今度こそはっきりと背後に座るシンジョウ・コトミに振り向いた。そんなツナミの視線の先で、コトミは気恥ずかしそうに小さく頷いて返した。


 そんな二人をメイリーは、随分と仲がいいのだな、と思ったのだった。

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