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皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号  作者: 宇宙だいすき
第1部 少女が覚悟を決めるまで……
11/75

9:艦長代理

6月6日 1230時 【航宙軍艦カシハラ/右舷与圧室(エアロック)


 航宙軍練習艦(カシハラ)の右舷与圧室(エアロック)――。


「こ、こちら(みぎ)舷エアロック……」

 眼前のその場景に呆然自失となりつつも、士官候補生ミナミハラ・ヨウ准尉は、艦内通話(インタカム)の回線を開いて戦闘指揮所(CIC)のツナミ・タカユキ艦長代理を呼び出した。


「――ツナミ…… いま… 搭乗橋(そと)に人が…… 民間人 …巻き込んじまったぞっ……‼」


 そのミナミハラの動揺は通話機を通じ、確実に〈カシハラ〉の戦闘指揮所(CIC)にまで伝搬した。


強制切離(パージ)した搭乗橋ボーディング・ブリッジに民間人がいたのか⁉」


 成り行きとは言え現在(いま)は艦長代理として(カシハラ)の指揮権を預かることになってしまった候補生准尉のツナミ・タカユキは、戦闘指揮所(CIC)の主管制の制御卓(コンソール)に座るシンジョウ・コトミ准尉に問い質したのだが、その返答を聞くよりも前に複合モニタの片隅から小窓出力(ワイプ)され引き伸ばされた右舷エアロックの外部カメラからの映像が目に入り、顔色を失ってしまった。


 ――分離ボルトの炸裂によって切離された搭乗橋の残骸が流れていく……。その中に混じった色とりどりの服の人影は、民間の人のものに違いないだろう……。



宇宙港(みなと)側と回線が繋がらないから……けど……」

 コトミは正確な情報を得られていないことは伝えてきたが状況を否定はしなかった。――それは一目瞭然だったからだ……。ツナミは歯を喰いしばると通話機の先のミナミハラに呼びかけた。


『ミナミハラ――』

 右舷与圧室(エアロック)の機密扉の端に立つミナミハラは、制御盤(コンソール)から戦闘指揮所(CIC)のツナミの声を聴きながら、目の前の女性の真っ直ぐに向いた瞳に射竦められてしまったかのように固まっていた。


 彼女――メイリー・ジェンキンスの黒い瞳は、哀しみと、怒りに燃えていた。その瞳に気圧される理由(わけ)をミナミハラは自覚していて、それでもここで自分が目を逸らしてしまえば、また彼女を裏切ることになるように思われて……。それでミナミハラは、どうにかその燃える瞳の前に立っていたのだった。


 そのミナミハラの耳に通話機(インタカム)からの声が続けた。

『聞け―― いいか、これは俺の指示の結果だ、気にするな。全部俺の責任だ、お前に非はない――』


 ――ツナミ…… オマエ、いいヤツだよ…… けどな…… そういうコトじゃ、ないんだぜ……。


 ミナミハラは、弛緩した意識でそう思う中、メイリーが通話機(インタカム)に取り付くのを阻むことができなかった。


「あなたが艦長? いま……いま人が死んだわ! 兵隊じゃない普通の子……まだ子供だったっ!」


 火が付いたように通話機(インタカム)に言い募る彼女の横顔を、ミナミハラは為す術なく見ていた。


「……気にするな、ですって? よくも…よくもそんな……」

 その先に続くであろう言葉はもう解っている…――。


「――〝人殺し〟……っ ――あなたがしたことは、人殺しよっ! そうでしょう⁉」

 ミナミハラは歯を喰いしばった……。



 そんなメイリーの涙声を止めてくれたのは、戦闘服に身を包んだ小柄な一人の女性士官候補生だった。

 その候補生――イチノセ・アヤは黙って通話機(インタカム)を切ると、涙の溢れたメイリーの瞳を覗き込むように優しい目を向けて言った。


「ごめんなさい、こんなことになって…… でも、わたしたち皆が最善を尽くしています。起きたことの責任は受け止めます ……ですから……いまは――」


 それでメイリーは口を噤んだ。でも喉の奥の、込み上げてくる声にならない声は押し殺し切れず、しゃくりあげるように面を上げると涙が頬を伝って流れ落ちる。

 アヤはそんなメイリーをそっと包むように抱きしめてやった。メイリーはただもう声を押し殺して泣いた。




6月6日 1233時 【航宙軍艦カシハラ/戦闘指揮所(CIC)


 通話機(インタカム)越しに民間人の女性が放った〝人殺し〟の一言に、戦闘指揮所(CIC)は静まりかえっていた。


 特に、まともにその言葉を浴びせられたツナミは、拳をきつく握り顎を引いて固まっている。

 何と声を掛けるべきか思い悩むコトミの前で、ツナミはつと面を上げた。それから戦闘指揮所(CIC)に詰めた要員を見やり、その中から電測員――タカハシ・ジュンヤ(准尉/船務科)に向かい声を大きくした。


「タカハシっ‼ ――俺を殴れ!」

「え……⁉」


 いきなり荒れた口調でそう言われたタカハシの方は、まったく要領をのみ込めないでツナミを見返した。

「――な、何⁉ どうして……?」


 何をどうすればいいのか解からず、委縮したようにただツナミを見返している。


「いいから殴れ! 早くしろっ‼」

 だがタカハシは狼狽えて動けない。そんな奇妙な沈黙を破ったのは主管制の席を立ったコトミだった。



 戦闘指揮所(CIC)にコトミが両の手でツナミの頬を叩く乾いた音がして、それから凛とした声が響いた。


「しっかりしろ、ツナミ・タカユキ‼」

 コトミが両の手で挟んだツナミの顔の中の瞳を見上げるように覗き込む。それでツナミの表情が落ち着いた。


 ツナミはコトミの手を外すと、静かな、それでも戦闘指揮所(CIC)の全員に聞こえる声で言った。

「たすかった、コ―― シンジョウ……」 表情を消した顔が言う。「――強制切離し(パージ)の件、記録に残しておいてくれ……」


 それから観測と浮遊物監視の要員が詰める左右両舷の観測室に回線を繋ぎ、もういつも通りとなった声で確認をした。



「――観測・監視! ミュローンの小艇(フネ)は?」

(つか)まえてます! ――(ブルー)(アウタ)4時の方向、距離3000。目標はエコー1と呼称』


 観測からの応答は素早かった。例の小艇(エコー1)(カシハラ)の後方――ブルー・セクタ、右下方――直上0時に対し4時の針の先(方向)にいる。


「操舵艦橋! 増速する ――このエコー1を振切って遠心方向の空域に遷移、遷移後は重力懸垂に移行」



「艦橋了解――」

 操艦を担う艦橋でその指示を受けた副長役のミシマ・ユウ准尉は、内心で搭乗橋での民間人のことで動揺するツナミが冷静でいられるかどうか不安を抱いてはいた。


 が、どうやらその心配は杞憂だったようだ。

 ――士官学校の次席卒は、艦長代理の(この)重責によく耐えている……。


「操舵士! サイドスラスタ点火(ドリフト)10秒。推進軸(メインスラスタ)央針微速、黒20(ふたじゅう)‼ 藍の方向(インディゴ)(上方)、中心位置(センタ)に遷移する……ピッチかけるぞ! ――対加速度慣性制御イナーシャル・キャンセラーおよび姿勢制御装置(モーメンタムホイール)、作動を確認…――」


 自身は首席のミシマだったが、そんなツナミの指示に沿って艦橋のクルーに航宙指示を下すことをもう割り切っている。



「砲雷長‼ ――近接防御火器(CIWS)起動、追尾はじめ ――接続空域に出たら躊躇せず攻撃する!」


 砲雷長のクリハラ准尉が抑揚を押さえた声で復唱し、火器管制の制御卓(コンソール)に目をやって火器管制(FC)レーダの強力な電磁波が標的(エコー1)を捉えていることを確認する。



 ツナミは後は正面のメインモニタを向いて、小艇と装甲艦のそれぞれの映像を凝視した。

 この時になってツナミは、帝国宇宙軍(ミュローン)の装甲艦と直接コトを構えるということの覚悟というものを実感していた。




6月6日 1340時 【帝国軍艦(HMS)アスグラム/第一艦橋(ブリッジ)


 帝国宇宙軍(ミュローン)装甲艦〈アスグラム〉第一艦橋。艦長席のアーディ・アルセ大佐はメインスクリーンに映る航宙軍の大型航宙艦(4等級艦)を浮かぬ表情で見つめていた。


 1時間程前に大桟橋を離れ我が軍の特殊作戦艇を振切った巡航艦は、現在は第一軌道宇宙港(テルマセク)の自転軸遠心方向の外周空域で重力懸垂に入っている。

 聞けばこの巡航艦(ふね)は練習艦であり、しかも正規乗組員(クルー)のほとんどが艦を離れた現在(いま)、士官候補生だけで動かしているという……。


 そんな巡航艦(ふね)に接舷攻撃支援機の1小隊を撃破され、すでに3人もの貴重なパイロットを失っているという事実は、もう若くもないアルセにとって認めたくない過ちであった。アルセは重い口を開いた。


「それでこの巡航艦は、二度にわたって情報部の特殊作戦艇の接近を跳ね除けたというわけだな?」


『そのようです……』

 メインスクリーンの端に小窓出力(ワイプ)された第二艦橋のネイ少佐は、一瞬だけ言い淀んでからそれを肯定した。言い淀んだ理由(わけ)は、艦長席横の予備席に座る情報本部付特務中佐メルヒオア・バールケの心証に配慮したからだろう。そのバールケは表情を崩さずに座っている。


『――航宙軍4等級練習艦〈カシハラ〉…… モガミ型大型巡航艦の練習艦仕様(バージョン)。信じてよいのですか、この諸元は?』


 同じくスクリーン端に小窓出力(ワイプ)された第三艦橋のマッティア中佐が怪訝に問う。

 練習艦という航宙軍の公式発表を信じてよいのか、という意味だ。


 仮に練習艦としての改設計(リファイン)欺瞞(フェイク)だったとしてモガミ型巡航艦と同程度の戦闘力を保持しているのならば、装甲艦(アスグラム)と言えども侮ることはできない。

 そして航宙軍がしばしばこういった欺瞞を行うことを帝国軍(ミュローン)は警戒していた。


「少なくとも機動機3機は撃墜された―― 搭載されて(のって)いる火器が玩具(おもちゃ)じゃないのは確かだな」


 アルセはそう言うと傍らのバールケに問い直した。

「それでこの巡航艦(ふね)にエリン皇女殿下が入られたのだな?」


「その公算が極めて大です」

 バールケは簡潔に答えた。どのみち特殊部隊が航宙軍艦への接舷移乗に失敗した時点で、情報本部による皇女殿下の〝救出保護〟の目論見は潰えている。本事案の情報本部主導での解決はあり得なくなった。それならば情報を全て宇宙軍に提供し協同するのが合理というものだ。


『では砲戦での撃沈はできませんね』『――これは厄介だな……』

 兵装管制を主とする第二艦橋を預かるネイ少佐と、航行管制も担当する第一副長のマッティア中佐が、それぞれの思いを口にした。マッティアはバールケに重ねて訊いた。


『航宙軍からの働きかけは期待できないのか?』

「そちらの線も進めています」

『拘束した艦長以下の幹部乗員を使うのか?』

「――…件の艦(カシハラ)の艦長殿に説得して頂くことになるでしょう」


 情報本部は外交部局とも連携し、航宙軍の艦隊本部から武装解除と投降を呼び掛けさせるという筋道(ストーリ)も模索していた。


『――ですが、ミュローン(我々)はテロリストと交渉はできません』

 バールケとマッティアの会話に割って入るようにネイ少佐が生真面目に主張した。


 関係部局を介して皇女殿下の身柄引渡しを要求することは本国の参謀本部も了としていることである。問題はその皇女殿下が過激な独立自治運動組織である〝黒袖組〟のシンパと共に行動していたことだった。


 ――帝政連合(ミュローン)はテロリズムに対し『交渉に応じない』ことを原理としている。

 仮に(くだん)の巡航艦が航宙軍の指揮下を離れ〝叛乱艦〟としてテロ組織の一翼に組み込まれていた場合、帝国宇宙軍(ミュローン)としては交渉に応じることはできない。


 最悪、皇族を人質に取られようとも()の巡航艦を制圧、帝政への脅威を排除することとなる。――それがミュローンの矜持であった。



『……だから厄介だと言っている』 ネイの指摘に苛ついた声でマッティアが応じた。

 もはやこの事案(ケース)は単純な原則で動くことができなくなってしまっていた。


 航宙軍の巡航艦に入ったエリン皇女殿下は、この時点において皇位継承権第一位であり()()の継承権者となってしまっている。

 もし原理原則に従って皇女を失うことになれば、その時には帝政連合の統治権は、帝政成立時の取り決めに従って連合(ミュローン)から連邦(アデイン)に移る――『交換条項』の存在があった。



「何れにせよ、攻撃再会ということになれば接舷攻撃ということになる」


 アルセは取敢えず、この場をまとめた。

「――だがその前に、彼らに再度の武装解除と投降を呼びかけるべきだろうな…… 人質の解放も、だが……」




6月6日 1345時 【航宙軍艦カシハラ/艦橋】


 (カシハラ)第一軌道宇宙港(テルマセク)自転軸遠心方向の外周への遷移を終え、既に重力懸垂の態勢に入っている。


 何か状況に変化があればすぐにでも宙港(みなと)を離れられるよう艦の推進軸は絶えず宙港遠心方向の離脱コースに向けているし、周辺の空域に機動機なり小艇なりが接近してくれば、起動させた近接防御火器(CIWS)――自律制御式76ミリ電磁投射砲(レールガン)が即座に追尾迎撃に入るだろう。



 一先ず打てる手はすべて打ったと思う……。


 ミシマ・ユウ候補生准尉は、副長席の隣の予備席に収まると戦闘指揮所(CIC)のツナミ艦長代理を呼び出(コール)した。


 通話モニタに映し出されたツナミの顔はまるで死人のようだった。――すでに第1配備を下令して4時間余りが経過している。


「CIC-艦橋。ミシマ船務長補より意見具申。一部要員に休息の要ありと考えます、艦長代理…… ――…タカユキ、お前も少し休んでくれ」


 通話モニタの中でツナミの目線が動いた。何か言いかけたようだが、結局口を噤んだ。


『艦橋-CIC、了解した。指揮を交代する―― 何かあれば士官次室(ガンルーム)にいる』

『船務長補、操艦頂きました』


 ミシマはモニタの中のツナミに敬礼をし、彼の姿がモニタから消えると後は予備席で各部(カシハラ)の状況の確認(チェック)に戻った。



 それほど間が置かれるでもなく、艦橋前方の操舵席に着いていた航宙長補のイツキが操舵席越しに訊いてきた。


「タカユキのヤツ、よくやってるんじゃないか?」

 いま艦橋にはミシマとイツキの二人だけだった。


「――よくやってるよ」

 ミシマは、ほぼ即答のタイミングで応えた。


 実際、正規乗組員(クルー)のいない艦での初の実戦……。よくやっていると思う。

 するとイツキは、彼にしては珍しく言葉を選ぶようにして問いを重ねてきた。


「民間人のことな―― アレ、お前が指揮してたら、避けられたと思うか……?」


 これには即答という訳にはいかなかった。


「……――どうだろうね……」


 搭乗橋の強制切離し(パージ)は自分もしたろう。(カシハラ)の現状で帝国宇宙軍(ミュローン)の特殊部隊に移乗されてしまえばひとたまりもなかった。

 それがミシマの回答(こたえ)だった。


 ただ自分ならもっと早い段階で搭乗橋を閉鎖していただろうと思う。結果事故は起きなかったろうが、クリュセの首相令嬢をはじめ多くの同胞を収容することもできなかったろう。


 結局ミシマは、明確な回答を言葉にすることはできなかった。



 ミシマの逡巡を感じ取ったのか、イツキは前方へと視線を戻すと、同期中の首席のミシマにどこか同意を求めるような感じに続けた。


「俺はさ、ミシマ…… ――タカユキは〝いい艦長〟になるんじゃないかと思うんだ」

「…………」


 ミシマも、そうだろう、と思う。

 タカユキは何事も正面から捉える。逃げないし、常に最善を尽くそうと努力する。真っ直ぐに、だ。



「いまは経験の不足から、こういうことになっちまうけど……」 イツキは少し間を持たせてから続けた。「――俺は…… あいつみたいな艦長の下で宇宙船(ふね)を操ってみたいと思ってる」


 なるほど……。そうだろうな、とミシマも思う。

 ――自分とタイプの異なるツナミに魅かれている自分が居ることに気付いたのは、もう随分と前のことだ。



 だがそんなミシマが口にしたのは、そんな思いとはまた違った視点からのものだった。


「こういうことで死ぬ事になった人間の身になれば、そんな事言えないけれどね……」


 嫌な性格だ……。――自分で自分のことをそう思う。だが〝責任〟とはそういうことだろう。


「…そりゃ……」 嫌な沈黙になった後、イツキは肯定した。「――そうだな……」


 それきりイツキは黙ってしまった。

 そんな沈黙の中、ミシマも思っていることがある。


 そうだよ……。

 僕だって、自分の将旗はタカユキ(あいつ)のような奴の(ふね)に掲げたい――そう思ってはいる。




6月6日 1400時 【航宙軍艦カシハラ/士官次室(ガンルーム)


 第1配備中の士官次室(ガンルーム)には当然ながら誰も居なかった。


 それはそうである。――ツナミだって本来、戦闘指揮所(CIC)を離れてこんな所に居ていいわけがないのだが、副長役のミシマの計らいでここにいるわけなのだった。


 実を言うと少しの間でいいから、CIC(あそこ)を離れたかった。

 ――正直、艦の指揮権なんかミシマのヤツに放り出してもよかった。……いや、放り出したかった。


 ツナミは明かりの絞られた士官次室(ガンルーム)を進み装甲シャッタの下りた窓際に立つと、透明な硬化合成樹脂の板に映った自分の顔を見た。


 ――酷いもんだ……。


 その落ち窪んだ目を見ると『敗残兵』という単語を連想した。


 ――…すると俺は、負けたわけだ。



 フ…、と嗤った自分の顔が惨めだった。


 ――〝人殺し〟、か……。

 ()()()()は、〝軍人〟になった以上、覚悟しておくべきことだった……。


 硬化合成樹脂に映り込んだ、反射の中の自分が問い掛けてきた。


 ――俺は何で軍人になったんだっけか……。嗚呼……そうだった……。あいつを、守りたかったんだ――。


 こんなんじゃ……ぜんぜんダメだけどな……――。



 ふと気付くと、硬化合成樹脂に映る暗い士官次室(ガンルーム)にコトミが立っていた。声を掛けるタイミングを逸したのか、ただ静かに佇んでいる。


 ――なんでいるんだよ……。

 いまこんな姿を一番見せたくないやつなのに……。


 できればいまは言葉を交わしたくはなかったが、透明な硬化樹脂に映り込んだ視線があってしまった。――仕方ない……。



「なんだ――?」

 振り返るとき、投げ遣りな目になっていた。声がささくれているのが自分で解かる。コトミは静かな声で応えた。


「……クリハラ准尉(トコちゃん)が、付いてけって」


 そう言うとコトミはツナミの許へ真っ直ぐ近付いていき、黙ってツナミの首の後に両の腕を廻した。ツナミはされるがままコトミの腕の中で目を閉じた。そんなツナミに、コトミが優しい声で言う。


「そんなふうに、何でも一人で抱え込まなくていいよ――」 ツナミは抱きしめてくれるコトミに温もりを感じた。「船務長補(ミシマ)もイツキも、私やトコちゃんだっているんだよ ――皆でタカちゃんを支えるから……」


 しばらくツナミは、そう言うコトミの腕の中にいた。


 こんなんじゃだめだ……。力が欲しい……と、そう思う。――冷静に、皆を率いる力が要る。


 俺がちゃんとすれば誰も死なない…、傷つきもしない――。ちゃんとしなければ誰も守れない……。こうしてくれているコトミすら守ることができない……。


 ――俺は、コトミ(こいつ)を……、同期(クラス)の皆を、カシハラ(このふね)に乗る全員を守りたいんだ……。



 その時、士官次室(ガンルーム)艦内通話機(インタカム)が鳴った――。


 慌てて身体を離す二人。

 コトミがカメラの視野から外れながら居ずまいを正すようにするのを視界の端に見ながら、ツナミは通話機(インタカム)を操作する。通話モニタにミシマが映った。


『休んでもらってるところ悪いね、艦長代理――』 画面の中のミシマが困惑の表情なのに不安を覚えた。『ミュローン艦から通信が届いた。艦橋に上がって欲しい』


 ミシマがわざわざ自分を呼び出したことに、ツナミは現実に呼び戻された。



 ――そうだ、現時点で(いま)は俺が『艦長代理』だった……。


 ツナミは頷いたコトミに頷き返すと、士官次室(ガンルーム)を後にした。

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