トランペットと休日
河川敷の草むらに横たわり、ぼんやりと視線を地面に向ける。ふと目についた、白い毬。息を吹きかけると、綿毛が散り散りに飛んでいった。
「――佐久間、佐久間、佐久間をよろしくお願いします――」
川沿いの道路を走る街宣車の声が煩わしい。勝手にやってろとさえ思う。候補者の声はすぐに遠のいていったが、車やバイクの音は断続的に聞こえてくる。
中心から離れていようと、街は街。思ったほど気休めにもならなそうだとため息をつく。
4月からの新生活、新天地で頑張ろうと思っていたのはほんのひと月前のはずなのに、なんだかずいぶんと遠い日のことのように思える。あれやこれやと頑張って、環境に慣れるためと気を張って。そうして走り続けてきたが、この連休に入ったとたんにガス欠だ。
「はーぁ、何やってんだかなぁ」
思わず呟いてしまう。分かっている。何もしていない。何もできない。何かをしようという気力がない。
……このまま、何もせずに、日が暮れるまでいるだけだろうか。
そんなことを思いかけたとき、不意に、金属管が震えたような音色が耳に入った。体を起こし、目を向けると、どうやら近所の大学生が、少し離れたところでトランペットの練習を始めたようだった。
お世辞にも上手いとは言えない。旋律を吹こうとしては、上手く音が出なかったり、指が上手く動かなかったりで途切れ、また振出しに戻っては詰まりを繰り返している。
ただの練習。それだけのはずなのに、なぜか今の自分は、その音に惹きつけられていた。
音が外れ、途切れ、流れが分からず……それでも、じっと聞いていると、徐々に吹ける範囲が、できることが広がっているのが分かってくる。
そんな調子で、気付けば小一時間ほど経っていただろうか。ふっと影が差したように感じて、空を見上げる。いつの間にか曇りがちの空模様、ともすれば雨が降り出すかもしれない。
そろそろ帰るか、と立ち上がり、体を伸ばす。一息つくと、不思議と体が、気分が軽くなったように感じる。
……休みはあと1日か。何するかな。
そんなことを考えながら、雨に降られる前にと走り出した。