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寡黙すぎる女の子と僕の日常

作者: でびるないと

みんなは喋らない人ってどう思う?失礼だなって思う人もいるだろうし、コミュニケーションが取れなくて面倒だって思う人もいると思う。でも僕はそうじゃないみたいだ。そのことが自分で分かったのが高校三年生の春、あの日常だった。


※ ※ ※ ※ ※


僕は今年、高校三年生になった。この時期は受験にみんなピリピリしてる時期で、僕の通う学校はわりと偏差値が高めなこともあって教室もなんとなく居心地が悪い。問題の先送りなのは自分でもわかってるけど、どうしても今日はあの空気の中で勉強をする気にはなれなくて、僕は授業が終わるとほぼ同時に学校を出てきていた。


僕のことを話すのを忘れていたね。僕はアキ。名字とアキの漢字は秘密。さっきも言った通り高校三年生で、自分ではしっかりしてると思ってるけど最近自信がなくなってきた普通の高校生だ。


さてこんな普通の生活を送っている僕だけど、最近ちょっと変わったことがある。それは……!?


不意に誰かに袖を掴まれて反射的に振り向くと、そこには件の変わった知り合いである(ゆい)が大きなくりくりした瞳を僕に向けて立っていた。


この子は今年から僕と同じ高校に入学してきた近所の女の子だ。昔は公園やそのへんの道路で子供ながらにバカみたいに遊び回ったものだけど、今の唯は全くと言って良いほどに口を開かない。


その理由は…おそらく昔のあの時なのだろうが…


※ ※ ※ ※ ※


僕が小学三年生になった頃、つまり唯が小学校に入学した直後、唯はいじめられていた。


いじめといっても小学一年生がやることだから、今考えれば内容は大したことではなかったのだけど、当時の唯からしてみれば大問題だ。


その時にはあまり遊ばなくなっていた僕たちだけど、それなりに唯のことを気にしていた僕はそのことに気づいて止めに入った。しかし時すでに遅しというべきか、唯の元気な性格は鳴りを潜め、物静かな性格になってしまった。


助けて以来もご近所付き合い以上のことはあまりやってこなかったから、唯も触れてほしくないのかなと思っていたけれど、唯の性格を変えてしまったことは僕の心にしこりを残していた。


それきり疎遠になってしまっていたから後で知ったことなのだけど、唯のお父さんの仕事の都合で遠方に引っ越してしまったらしく、それもまた僕の後悔の種となっていたのだった。


※ ※ ※ ※ ※


「唯、久しぶり。どうしたの?」


僕がそう聞いても返事は返ってこない。代わりに袖を引く力が少し強くなった。これは昔の唯の癖で、恐らく「ついてきて」ということだろう。とりあえず僕も勉強以外の予定はないし、唯に会うのも久しぶりだ。着いて行ってみることにした。


袖を引かれ着いていく。電車に乗った。僕の帰り道と同じ路線だ。


僕の最寄り駅で降りた。僕の記憶通りなら昔の唯の家の最寄り駅はここじゃないはずだけど…?


僕が住むマンションに鍵を使って入っていく。ん?オートロック開けたよね?僕何もしてないよ?


エレベーターで上がっていき、4階で止まった。ちなみに僕の家は7階だ。つまりはそういうことらしい。いつの間にか唯は、僕の住むマンションに引っ越してきていたようだ。


唯が袖を引く。上がっていいよということだろう。


「お邪魔しまーす…」


唯の両親はいなかった。仕事だろうか?



ぼふっ




唯のご両親の不在について考えていた僕は、唯が急に抱きついてきたことに頭がフリーズした。


「ど、どうしたの?唯?」


「…」


「…」


「あっくん…」


あっくんとは僕の昔のあだ名だが、それよりも僕は唯が喋ったことに驚いていた。


あの事があってから、唯は僕にも、家族にすら必要以上には喋らなくなっていた。


「ぎゅってして」


「え?」


「ぎゅってして」


もう頭がぐちゃぐちゃだ。いつの間に帰ってきていたのか。喋れるまで精神が回復できたのだろうか。今まで元気にしていただろうか。めっちゃ柔らかい。


そんな雑念が浮かんでは消えていく中でも、意識して落ち着き、言葉を絞り出す。


「どうしたの急に」


「寂しかった」


「そっ、か。ごめん。」


「だから…だから、ぎゅってして」


「…分かった。」


それ以上考えることは唯に失礼だ。そう思い、唯のほっそりとした背中に腕を回す。確かにそこにある暖かい体温を感じ、心が落ち着いていくのを感じる。


「あったかい…」


唯も同じように感じてくれていたようで、気持ちよさそうな顔でそう伝えてくれる。


1分だろうか、10分経っていただろうか。しばらく抱き合っていた僕たちだったが、そろそろかと思いひとまず僕は温もりから手を離した。


唯は少し残念そうな表情を見せたが、満足そうにしている。


「それで、どうしてこのマンションに?お父さんの仕事で引っ越したって聞いたけど」


「…」


また喋らなくなってしまった。もしかしてさっきのは夢か…?そう考えていると、唯は立ち上がり、タブレットを持ってきた。スルスルと書き込んでいき、僕に画面を見せてくる。


『お父さんの仕事に区切りがついて、先月帰ってきた。それであっくんと同じ高校に入学した。』


なるほど、筆談か。きっと今までもこうやってなんとか凌いできたんだろう。


「って、僕のマンション知ってたのか?」


『両親同士はまだ連絡取り合ってたみたい。あっくんと同じマンションに住むのを条件に一人暮らしを許してもらった』


え、一人暮らしなの?どうして僕が条件に?またまた頭がこんがらがりそうだ。唯は僕に会うために引っ越してきたってことか?


「どうして僕なの?昔の友達とかいないのか?」


『あっくん以上に頼りになる人なんていない』


そう書いてタブレットを見せてくる唯は無垢な瞳で僕を見ている。小動物みたいで可愛いな、という感情と頼られて嬉しいという感情が同時に襲ってきて、顔に熱がこもる。


「分かった。しばらくは、僕が面倒みるよ。困ったことがあったら言ってくれ」


そう言うと、唯はパッと表情を明るくしまたすぐに真顔に戻ると、しばらく俯いて、もごもごしていた。


タブレットを触る気配もないのでどうしたのかな?と思っていると意を決したように顔を上げ、


「あ…ありが…とう…」


そうまた顔を背け恥ずかしそうにそう言った。かなり勇気を出してくれたのだろう、唯は慌てて立ち上がり部屋に引っ込んでいってしまった。


唯のあの性格は、将来的に見たら困るだろうから直したほうがいいんだろうけど、しかし僕は、恐らく家族以外では僕だけに見せてくれているだろう表情と言葉に絆されずにはいられなかった。


願わくば唯の声は僕だけが聞いていたい。だからこれから唯のために色んなことをして、色んなところに連れて行ってやろう。そう決心した。


ここから始まる日常は、君たちには内緒だ。だって、唯の声は僕が独占しちゃうからね。









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