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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】彼女の瞳が涙で溢れるまで

作者: 田中佳奈

好きな人同士の物語は、ハッピーエンドがいいと思います。

 私には未来が見える。

 厳密には、相手と視線が合っている間に目を凝らすと、その相手の未来が見えることがある。

 どちらにしても、このことを話すと変人扱いをされる。

 これは経験則だ。

 信じてもらえているのは、家族と数人の友人たちだけだ。


 ※


 有希は、その信じてもらえた友人のうちの一人だった。彼女は、高校からの友人で、たまたま課題のグループが一緒になり、それをきっかけに仲良くなっていった。

 有希は私と違って、友人も多く、バスケ部に所属し、エースとして皆に頼られていた。彼女は活発だったけど、時折見せる静かな表情は、彼女の本質を見ているようで、ハッとさせられた。

 気付いたら、ふとした時に彼女を見つめることが多くなっていた。

 そんなある日、


「充希って、私のことよく見てるよね」


 と言ってきたのだ。気付かれた私は恥ずかしくなり「たまたまだよ……」と言ってしまった。


「そうかなぁ。もしかして、逆に私が充希のこと見すぎてるとか?」

「そうかもね」


 ドキッとした。彼女も私のことを見ていると思うと、頬があつくなっていくのがわかった。


「それは、照れるなぁ。じゃあ、今いっぱい見たら、少しは抑えられるかも」


 と訳の分からない理由で、私を見てきた。


「充希はかわいいなぁ」


 と目を合わせながら言ってくるのだ。これにはたまらず、目をそらした。


「照れないで、こっち向いてよぉ」

「……やだ」


 これが、私と有希がお互いを意識したきっかけだろう。

 その後、彼女から告白され、見事、付き合うことになった。


  ※


 高校卒業の前日。

 大事な話があると、有希に呼び出され、彼女の家に向かうこととなった。

 まさか、別れ話だろうか。だとすれば、明日の卒業式には出られない。傷心のまま、大学生活を送るアパートへ行ってしまおう。

 という決心をし、彼女の部屋へ入る。

 ローテーブルをはさみ、有希の正面に座る。


「……」


 クッションを抱きしめ、彼女の言葉を待つ。


「あのさ……、充希って、未来が見えてるよね?」

 混乱した。

 私は打ち明けていない。家族の誰かが話したのか。なぜ。それとも、彼女も何かしらの力があるのか。

 頭の中でグルグルと同じ考えが巡る。

 そして、別れ話になるのか。気持ち悪いと、変な人だと思われ……。


「……どうして、そう思うの?」


 泣きそうな、震える声で聞き返す。


「思い返してみたら、そうなのかもって。ほら、修学旅行の前日に、“水に濡れて風邪ひかないようにね”って言ってくれた時があったでしょ?」


 ……あった。風邪をひいてしまって、修学旅行のほとんどを宿泊先の部屋で寝込んでいる彼女の未来が見えてしまったから。しかもその原因は、修学旅行先で地元の小学生たちと水鉄砲で遊び、びしょ濡れになった服や髪を乾かさずに一日を過ごすという、活発を通り越して、馬鹿なんじゃないかというものだった。

 さすがに、可哀想だと思って、注意してしまった。

 まさか、あの一言で?


「あの時さ、小学生と遊んでびしょ濡れになって、充希の言ってくれたことを思い出したんだよね。これがあの時言ってた“水”か!って」

「……それだけで?」

「んー、他にもあるよ?帰る準備してるときに、“明日は自習になるのかぁ”ってこぼしてて、次の日の国語の授業が、急に自習になったり」


 気付かなかった。完全に無意識だ。


「充希のことをずっと見てたから、気付けたんだ」


 そういう有希の表情は、照れくさそうにしていた。


「これで、大事な話は終わり!明日の卒業式、楽しみだね!」

「……気持ち悪いって思わないの?」

「思うわけないでしょ?大好きな充希のことだもの」


 私は、安堵して泣いてしまった。

 有希は慌てていたが、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 ※


 今日は、有希のことを両親に改めて話す日だ。

 もちろん、家族は有希のことを知っているし、何度も一緒にご飯にも言っている。

 お互いに大学を卒業し、社会人として働き始めて、少し生活に余裕ができた。将来のことを話し合う余裕も。

 今日は、二人の将来を両親に話す日なのだ。

 奮発し、お高めのフレンチレストランでディナーを予約してある。

 両親は、そんなことはしなくても大丈夫だと言ってくれたが、これは私と有希のけじめだ。


「楽しみだね」


 けじめと言いつつも、緊張は少なく、それを理由に食べられる美味しい料理が楽しみだった。

 予約の時間より少し早いけど、お店に入り、席に案内してもらった。

 両親は時間通りに来た。

 飲み物がそろったところで、乾杯する。


「今日は来てくれて、ありがとう。もう知っていると思うけど、これからは、二人で寄り添いながら歩んでいこうと思います」


 改めて言葉にすると、恥ずかしさとそれに勝る嬉しさが込み上げてきた。


「有希ちゃん。本当にありがとうね」


 母が、涙ぐみながら有希に感謝を伝える。


「何かあれば、すぐに力になるから」


 父が、母の背中をさすりながら、頼もしいことを言ってくれる。


「はい、ありがとうございます。これからも末永くお願いします」


 有希も照れながらお礼を言う。

 それからは、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、幸せな時間が流れた。


「ちょっと化粧直しに行ってくるね」

「わかった」


 有希に耳打ちし、トイレへ向かう。


 ※


 充希の両親と話していたが、充希がトイレから戻ってこない。

 今日はこういう場だから、酔いつぶれるほどお酒は飲んでいないし、トイレへ向かう足取りもしっかりしていた。


「すいません。少し充希の様子を見てきます」


 二人もなかなか戻ってこないことを気にしていたのだろう。見てくるようお願いされた。

 トイレの扉を開け、中に入ると、洗面台の前で充希が泣き崩れていた。


「どうしたの⁉」


 慌てて充希に駆け寄ると、彼女は、私を抱きしめた。


「大丈夫。私はここにいるわ」


 充希を落ち着かせていると、トイレに誰か入ってきた。


「二人とも、どうしたの?」


 お義母さんだ。私も戻ってこないから、心配して見に来てくれたという。

 充希も少し落ち着いたようだ。


「充希、どうしたの?」


 腕の中の彼女が、私の声にビクッとした。

 そして、呼吸を整え、静かに私の問いに答えた。


「……私が病室で寝ていて、それを見て笑っている有希がいたの」

「そういう未来が見えたのね?」


 彼女がコクンと頷く。

 だから、私と目を合わせないように抱きしめたままでいるのか。


「今日はもうお家に帰りましょう。充希は私とお父さんが送っていくわ。二人とも、それでいいわね?」


 その方がいいだろう。

 本当は傍にいて、大丈夫だと、心配ないと言ってあげたい。

 けど、充希は私といると、何かの拍子に未来が見えてしまうのを恐れている。


「わかりました、お願いします。充希、落ち着いたら連絡して。電話で話そう」

「……ありがとう」


 もう一度、ギュッと抱きしめ、お義母さんに変わる。

 私は、お義父さんに事情を話し、お会計をしてお店をあとにする。

 今日は幸せな日になるはずだった。

 ……充希もそう思っていたのに。

 泣いている場合じゃない。

 自宅にたどり着いた。

 彼女の見た未来をもう一度思い出す。そして、考える。

 私が充希の不幸を笑うわけがない。そんなことは有り得ない。


 ※


 目の前には、ベッドで眠っている充希がいる。

 体には、心拍数を図る機械や、呼吸を助けるための機械の管がつながれている。

 良かった。

 つい口元が緩んでしまう。

 ……そうか。充希は、この光景を見てしまったのか。


 ※


 未来が見えた日の翌日、充希から連絡が来た。

 電話しても大丈夫かとメッセージを送ると、大丈夫との返信があったので、すぐに電話した。


「充希、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ごめんね、大事な日に……」


 やはり落ち込んでいた。


「気にしてないよ。また今度、美味しい料理食べに行こう」

「ありがとう」

「……」

「……」


 沈黙が続く。

 ……私から電話したのに。


「あのね……」

 充希から話してくれる。彼女は強くて優しい。こういうところも好きだ。


「昨日みた未来を思い出してみたんだけど……」

「……うん」

「私がね、病院のベッドに眠っているの。体にいろんなコードや管が繋がっていて……、それを見て……、有希が笑ってたの」

「……笑っていたの?」

「んー、声をあげてじゃなくて、微笑む感じだった」

「……そう」


 そこに違和感を感じた。

 昨日、聞いたときのイメージは、病室で寝込んでいる充希をみて、不幸を笑っているように思えた。

 だけど、そうではなく、どちらかというと、安心しているように思える。

 まさか⁉


「充希、会社の健康診断で異常はなかったよね?」

「え?うん、特になかったよ?」


 私たちはまだ若い。このことが裏目に出ているかもしれない。


「もっと細かい検査を病院で受けて。もしかしたら、病気が見つかるかも」

「……まさか⁉」


 充希にも私の考えていることがわかったようだ。


「病気を治療した後の光景を、私が見たかもしれないってことね」

「そうよ。確証はないけど……」


 でも、その可能性を信じたい。


「きっとそうだと思う。有希が私の不幸を見て笑うはずがないもの」


 彼女の言葉に、私は目頭が熱くなるのを感じた。

 こんなも信じてくれる人がいるのが、どれだけ幸せなことか。


「充希、ありがとう」


 ※


 病室で眠っていた充希が目覚め、私を見つめた。

 彼女の瞳に涙が溢れた。

 それを見た私も、涙が溢れ、二人そろって微笑んだ。


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