規則違反
ジョージ様が亡くなり、その後の1週間は葬儀やら何やらで忙しく、アンナとは顔を合わせても何も話さないままだった。
私はアンナの怪しい行動のことを皆に言いそびれてしまったことに罪悪感を感じていた。どうしたら……アンナの悪魔のような顔に気圧され、言うタイミングを完全に逃してしまっていた。
ヘンリー様はジョージ様を暗殺した犯人を捕まえるべく配下たちに捜査させていたが、その情報は一切公開されず、私の耳にすら入ることはなかった。
そうして3ヶ月が過ぎた頃、ヘンリー様の生誕パーティが1ヶ月後に迫っていた。
私はこの3ヶ月特に何もする気が起きず、ほとんど部屋に引きこもっていた。ヘンリー様は今日も射撃と馬術のお稽古で忙しい。ジョージ様が亡くなられてから、ヘンリー様は私の前にあまり姿を見せてくれない。私はこの3ヶ月間ほとんど1人で自室で過ごしていた。
アンナがなぜジョージ様を手にかけたのか、本人はあの時はしらばっくれたが、間違いなくやったのはアンナだった。私はそれを未だに誰にも言えず、複雑な心境の日々を過ごしていた。
「明後日はいよいよヘンリー様の生誕パーティでございますね、何も起こらなければよいのですが」
侍女が口にした言葉に、ビックリしてベッドに寝ていた私は顔を上げた。
「し、失礼致しました。サラ様。失言でした」
「いえ、いいのよ。本当ね。無事に終わってくれるといいんだけど。夕方までまた横になるわ」
ジョージ様が亡くなったことで精神的に参っていた私を気づかってか、侍女がお世話に来る頻度が増えていた。私はそんな侍女にお礼を言い、また眠りについた。
気がつくと私は筆を持ちアトリエの椅子に座っていた。窓からは夕日が射し込んでいる。目の前には絵があった。寝ているうちに描いたようだ。
見たくない!もう予言をするのはたくさんだ!などと思う暇はなく不吉な絵が目に飛び込んでくる。
そこに描いてあるのはヘンリー様に寄り添い、長い金髪をなびかせ悪魔のような微笑みでこちらを見ているアンナの姿だった。
「アンナ……ヘンリー様……」と私は呆然とする。
2人の視線の先にいるのは間違いなく私だろう。これはいつの予言なのか。問題はそこだった。
私はその晩コッソリと寝室を抜け出し、アンナとジョージ様について話をするために部屋に向かった。アンナもジョージ様が亡くなられてからほとんど部屋にいるようだ。なんでも情緒不安定になり部屋に誰も寄り付かせていないらしい。だから本当のところアンナがどうしているのかよくわからない状態だった。
間違っても誰かに見つからないよう暗闇の中をランタンも持たずに慎重に歩く。静かな、真っ暗な廊下を、自分の心臓の音だけが木霊していた。
アンナの部屋の扉が近づいてくると、扉が少し開いており中から灯りが漏れているのが見えた。扉の前までくるとアンナの声が聞こえた。誰かとしゃべってる?
「──様!──!」
私は固まった。聞き間違いだろうか?いや確かに聞こえた。アンナは今確かにこう言っていた。
「「ヘンリー様!アンナはとても幸せでしてよ!」」
こんな夜遅くにアンナの部屋でヘンリー様とアンナがいっしょにいる!クラクラと混乱する私の頭に次々と言葉が飛び込んでくる。
「アンナ、君の予言の通り僕は立派な国王陛下になれるだろうか?」
「ヘンリー様は間違いなくこの国を導き大きく発展させますわ。ジョージ様のことは大変残念でしたけど……」
私はそっと扉の隙間から中を覗き込んだ。するとベッドにヘンリー様とアンナが腰掛けている。2人の距離はとても近い。
「ジョージ……ジョージのことを思うと胸が痛い」
「心中お察ししますわ、ヘンリー様」
そう言ってアンナはヘンリー様に身を寄せ、上目遣いで左手を彼の胸に当てた。
「ジョージは、本当にサラがやったのか?」
え!ヘンリー様、今なんと仰ったの?
「間違いありませんわ、あの日給仕室からお姉さまが出てくるところを侍女が目撃しておりましたし」
なんで!なんで!アンナは何を言っているの!?
聞き間違いであってほしい。
「私はお姉さまになぜ給仕室に行っていたのか追求しましたの。そしたらその事は皆には黙っているようにときつく言われましたの」
「なんて酷い悪女なんだ。信じられない。余は騙されていたのだ」
聞き間違いではない。アンナは私がジョージ様に毒を盛り殺したと言っている。そして口止めしていたとも。
「ヘンリー様、事件を調べた結果、私のグラスにも毒が塗ってあったと仰ってましたわね」
「ああ、信じられないがそのようだ。つまり彼女は君も……よかったよ、無事で」と言ってヘンリー様は優しくアンナの金髪を撫でた。
何を言ってるの??私が妹まで手をかけようとしたと本気で思ってるの??
「お姉さまは、私たちに内緒で描いた予言の絵を持っているようですわ。そして国にとって都合の悪い未来を予言したにも関わらす、それをひた隠しにしているに違いありませんわ」
「余を出し抜き、国家転覆を目論むとは……許しがたい所業」
アンナはヘンリー様に密着して、彼の胸に顔を当てていた。私の頭の中は、混乱と怒りと不安でグチャグチャになっていた。2人の関係はいつからなんだろう……決まってる。ジョージ様が亡くなってからだ。
「心配なさらないでヘンリー様。私がついていますわ。私こそが本当の聖女、お姉さまは悪魔に魂を売ってしまわれたようですわ」
話がとんでもない方に進んでいて私は何がなんだかわからなかったが、アンナにとてつもない悪意を向けられていることは理解出来た。
昼間描いた絵に映し出されたアンナとヘンリー様の関係はもう既に出来ていた。あれこそが彼女の本性だった。アンナは変わってしまった。私もアンナももう、昔のようには戻れないようだ。
それから1ヶ月後のヘンリー様の生誕パーティで私はついに断罪されることになる。無論、無実の罪で。




