不吉な予言
「アンナ、ああ、アンナ……給仕室で一体何をしていたの?」
これは夢だ、悪い夢に違いない。飛び起きた私は寝室のベッドにいた。夢か。私は何してたんだっけ?確か中庭に行って、給仕室に行って──アンナを見たような気がしたが倒れて……誰かが私を運んでくれたのかな?それとも夢だったのかな?
いや、やはりあれは夢ではない。アンナは給仕室に確かにいた。あの2つのグラスはジョージ様とアンナの2人の乾杯用のグラスだったのだろうか?アンナはそれに何かを塗っていたように見えた。
私は気だるい身体をベッドから起こすと窓から中庭の様子を伺った。ジョージ様とアンナを取り囲むようにして皆がワイングラスを持っていた。
「乾杯!」と今にも声が聞こえてきそうな状況を見て私は固まった。ダメだもう遅い。これから何かが起きようとも私には、もう止められない!
ジョージ様がワイングラスに口をつけワインを飲んでいる姿が見えた。隣のアンナは──
彼女はワイングラスにはまだ口をつけておらず、隣のジョージ様の様子を伺っているように見える。そして彼がワインを口にするのを見て自分もゆっくりとグラスを口に近づけていく。
その時ジョージ様が苦しそうにもがき、地面に突っ伏した。そして仰向けになり口から泡を吹いて動かなくなった。さっき描いた絵の通りの光景だ。
「ああ、なんてこと……」
アンナを見るとワイングラスには口をつけていないように見える。そして手からワイングラスを離し地面に落として割っていた。そしてひどく動揺したようにジョージ様に駆け寄ると顔を両手で押さえていて座り込んでいた。その動作1つ1つがごく自然で演技のようには見えないが……
「「キャー」」「王子が!王子!」「誰かー!」
会場内は大騒ぎになっており、私の頭ももはやパニック状態だった。怖くなった私は絵を畳んで片付けた。これはもう皆に見せるわけにはいかない。
アンナにも──
私はどうしたらいいかわからずに寝室で泣いていた。アンナが何かしたのは間違いない。私はそれを
理解しているが信じることができずにただ泣いていた。
そうしていると10分ほどしてヘンリー様が駆けつけてきた。
「サラ!何だ起きてたのか、ジョージが──先程倒れて息を引き取った!何者かに毒を盛られたようだ!」
「まあ──」
私は既に泣き腫らしていたが、またもや悲しみが押し寄せてきて言葉にならなかった。ヘンリー様は鬼のような形相で、身体を震わせていた。
「ジョージを殺した輩は必ず見つけだす!とにかくサラはアンナを頼むぞ!ショックで放心しているんだ」
ヘンリー様に連れられて中庭へ行くと未だに大勢の人が混乱している最中だった。既にジョージ様のご遺体は運ばれて無くなっており、私たちは泣いているアンナの元へ行き介抱して、寝室へ連れて行った。
アンナの寝室に向かい彼女をベッドに寝かせると、ようやく落ち着きを取り戻し泣き止んだ。
ヘンリー様は私を部屋の外に連れ出し「検死の結果が出る頃なのでジョージの元へ行ってくる」といい、アンナを私に任せて出ていった。アンナの部屋で彼女と2人きりになると、アンナは私の方に顔を向けて口を開いた。
「お姉さま、今日はずっと寝室で休んでいましたの?」
「え、え…」
アンナは真顔で私を見つめていた。さっきまで泣いていたのがウソのようだ。質問の意味がわからず戸惑う私をじっと見ていた。私は彼女の視線に恐怖を感じつい目を逸らた。
「お姉さま、夕刻に給仕室のほうに行きませんでした?」
「い、行ってないわ。どうしたの?アンナ」
アンナの雰囲気が変わって、私は不安と緊張で汗ばんできた。
「いえ、少し気になって、一体誰がワイングラスに毒を持ったのかしら」
アンナは私が給仕室を覗いていたのを見てたんだろうか。見られてないと思っていたけど、でも追求はしてこないということはやっぱり見られてないのか──
「ワイングラスに毒が?」
「ええ、犯人は給仕室に近づけた者に限られると思いますわ。シェフの誰かか、侍女の中にいるのかもしれませんわ。」
え、アンナは何を……。まさか犯人を別の人物に仕立て上げようとしているのではないか。
「そういえば、お姉さま。今日何か絵を描きませんでした?」
急に話を変えられたことで私はビックリして、とっさにウソをついた。
「いえ、描いてないわ。ずっと部屋で寝てたもの」
私のこめかみを汗が伝うのを感じた。
「そうですか。お姉さま、手を洗う時は小指の裏まで洗ったほうがいいですわよ。そこは汚れが落ちにくいですから」
アンナはそう言って私の右手にゆっくりと目を向けた。私はうつむいて右手の小指を見ると、絵の具の洗い残しがついていた。
先程までジョージ様の死を悲しみ泣いていたアンナはどこにもいなかった。そこにはただ私を恐怖に陥れようとする悪魔の姿があった。




