アンナの異変
翌朝、私は身体に異変を感じながら起きた。どうやら食あたりなのか、吐き気がする。昨日食べたものと言えば……アンナの顔が真っ先に浮かんだ。
「アンナ……いや、まさかね。何か夕飯で変な物食べてしまったかしら、でも夕飯はヘンリー様も同じメニューを食べてるし毒味役もいるわね……」
アンナも私といっしょにクッキーを食べていた。だから彼女に疑いを抱きたくなかったし、変に騒いで今日のジョージ様の生誕パーティに水をさしたくなかった。
結局私はヘンリー様に体調が悪いとだけ言って生誕パーティを欠席することにした。
その日のジョージ第二王子の生誕パーティは朝から盛大に行われていた。皆が楽しみ賑わっているのを寝室の窓から眺めていた。しかし何回か吐き気を催し、昼頃には疲れたので少し横になることにした。
そして夕方目を覚ますと、なんとアトリエで筆を持ち絵を描いていた。久しぶりに予言の絵を描いた。日中寝ている間に無意識に描いていたようだ。
その絵にはなんとジョージ様が倒れている姿が描いてあった。手にはグラスが握られており口から泡を吹いて倒れている。どう見ても死んでいるように見える。その頭には一度も見たことのない王冠を被っている。
「そんな、ジョージ様が亡くなる絵を描くなんて……」
これはジョージ様の不吉な予言だ。私は動揺してどうすればよいかわからなくなった。そばにはアンナもいないのでまだこの絵は私しか見ていない。どうしよう、ジョージ様とアンナにすぐに伝えなければ…ジョージ様の身にいつか何かが起こるようだ。
私は窓から中庭を見た。ちょうど夕暮れ時で、生誕パーティの宴会が行われ王族の関係者や貴族たちで賑わっている。ジョージ様を見つけると心臓が止まりそうになるくらいビックリした。頭には絵に描いてあった王冠をつけている。
「あの王冠は生誕パーティにかぶる特別なものなんだわ!大変!この予言は今日のことだわ」
ジョージ様が死んでしまう。早くなんとかしなければいけない。私はパニックになった。しかしまだ体調が優れないのかフラついた。
「アンナ、ああアンナ、ジョージ様が大変なことに」
ジョージ様の隣の席にアンナの姿を確認した私は
2人に教えるために、クラクラする体を奮い立たせ寝室から飛び出し中庭に向かった。
中庭に着きジョージ様の元へ駆け寄ったがジョージ様の隣のイスは空席だ。アンナは席にいなかった。
「おお、お身体はよくなったのですか?アンナも心配していましたよ。今は王宮内に行かれたようですが。おや、まだ体調が悪いんじゃないですか?」
私の身を1番に案じてくれて、相変わらずジョージ様はお優しい方だ。アンナとはすれ違いになってしまったようだ。
「兄上は向こうにいらっしゃいますよ。お元気な姿を見せてあげては?」と言うジョージ様の顔を見ているとさっき描いた絵を思い出し胸が痛くなった。
「ええ、ではこれで」
私はジョージ様に絵のことを口にしたいのを我慢して、一応ヘンリー様の所へ行ってみたが、彼は既に酔っていてまともに話を聞いてくれる感じではなかった。
「おお、サラ!やっとよくなったのか!では私の隣にしっかりついていろ」と呑気なことを言っていた。
「ヘンリー様、実はまだ体調のほうがよくなくて……」
ダメだ。こんなほのぼのした状況下で、不吉な予言を伝えることはできない。私はヘンリー様の機嫌が悪くなるのを背中で感じながらその場を後にした。
やはり、まずアンナに絵を見せて、アンナの口から上手く説明してもらおう。今までもそうやってきた。私はアンナを探すことにした。
王宮内に入った私は、侍女を捕まえてアンナのことを聞いたが情報は得られなかった。
私と違ってアンナは食いしん坊だった。普段給仕室につまみ食いしにいくことはあっても、流石にパーティの最中には行かないかなと思ったが、一応見に行ってみた。
私は給仕室に着き入口から中を見回すとシェフたちが大勢慌ただしそうに動いていた。その中でアンナの姿を見つけた瞬間、私の胸は高鳴った。
──正確には侍女の変装をしたアンナだった!
「アンナ、いったい何を──」
アンナは侍女の衣装を身に纏っており、頭巾とマスクで顔を隠していたが、昔からいっしょにいる私には一目でアンナとわかった。
アンナの前にはテーブルの上に準備された2つのワイングラスがあった。その2つともの飲み口にアンナは何かを塗っていた。周りのシェフは慌ただしくしていて全く気づいていない。
アンナが昨日持ってきたクッキー、私はそれを口にして今日体調を崩した。それはたまたまだったのかもしれない。そして彼女は今グラスになにか細工をしている。そしてさっきの絵の予言──。
私は怖くなってとっさに廊下に出た。そして混乱した頭で、このままアンナと鉢合わせになっても誤魔化されると思い、ジョージ様とヘンリー様にこの事を話す決意をした。
「アンナが道を踏み外すことを止めるのが私の役目だわ!」
急いでその場を離れようと踵を返した私は、後ろから歩いてきた1人の侍女とぶつかりそうになった。
「ごめんなさい」と一瞬頭を下げ、視線を上げるとそこには侍女長のマチルダさんがいた。
「こんなところで何を?」と彼女は私を見下ろし睨みつける。
「い、いえ、何でも」と言って私は慌てて走り出そうとしたが、頭がクラクラして、足がもつれ倒れて意識を失った。




