2人の王子
修道院のある片田舎には不釣り合いな豪華な馬車が2台やってきて、それぞれの馬車からヘンリー第一王子とジョージ第二王子が顔を出した。私とアンナはそれぞれの婚約者の王子の馬車に乗り込んだ。私の馬車にはヘンリー第一王子とその従者の方たち2人と乗り合わせていた。
想像していたよりもガタガタと荒っぽく揺れる車内で、私は緊張してひたすらうつむいていた。
「そう固くなるな、次期国王陛下である余の妃となるのだから光栄に思え」と彼は偉そうに言った。
自信たっぷりな発言をしている彼を、私は顔を伏せたまま前髪越しに見た。切れ長の青い瞳に、女性のような中性的な美しい顔立ち、肩まである金髪は少しカールしていた。中肉中背で背は180センチあるかないかと言ったところだ。
「未来を予言した絵を描くそうだな。おもしろい。まあいくつかの予言なら余もできるぞ」
私は驚いて顔をあげる。そしてヘンリー第一王子と目が合った。
「余はこの国の次期国王となるのだ!そして他国に勝る圧倒的な国家を作り上げる。これは確実な未来だ」と言って高笑いしている彼に私は引き気味で、なんと言っていいかわからず言葉に迷っていた。
「あの……ヘンリー王子……」
「ヘンリー様と呼べ!」
「は、はい!」
彼のサディスティックな態度や身勝手な振る舞いに、王宮に着く頃には私の精神は疲れ果てていた。なかなかに大変なことになりそうだと肝を冷やした。
王宮に到着して馬車から降りると、お尻が痛くて歩きづらかった。想像よりも揺れた馬車の乗り心地は決してよくなかった。ヘンリー様はさっさと降りていき、取り囲む従者や侍女にあれこれ指図している。おそらく何かしらワガママを言っているのだろう。
「あー疲れた疲れた!なんて乗り心地の悪い馬車なのかしら!」と後ろからアンナの声がした。
後ろの馬車からは、すっかりお姫様気取りのアンナと、ジョージ第二王子が出てきた。こちらは対象的にアンナが元気ハツラツとしており、ジョージ様が疲れ切った顔をしていた。おそらく車内で主導権を握りずっと喋っていたのはアンナだったのだろう。そのコミュニケーション力は羨ましいほどだ。私も負けてられないな。
ジョージ様はヘンリー様より、縦にも横にもやや大柄で、顔立ちはやや垂れ下がった目が印象的で、優しそうな雰囲気を出していた。髪は金髪で短髪にしている。これはアンナに尻に敷かれるタイプだろうなと思った。
そうして私たちは、右も左も分からぬまま王宮へ行き、そこでの婚約生活が始まった。
私の自室は寝室の横にアトリエを設けられており、いつでも絵を描けるようになっていた。
「サラ!絵は描けそうか?余が次期国王陛下になっている絵を是非とも描いてくれ。父上はどうも心配性でな」
ヘンリー様は私にしょっちゅう予言の絵をせがんだが、自分の意思で描けるものではなかったし、気が散るのであまりアトリエには入ってきてほしくなかった。
そして何より妃教育というものが大変で、堅苦しい生活に早くも疲れていた。それはアンナもいっしょだったが、彼女は侍女たちとも上手く関係を築いているようだった。
「アンナはうまくやってるようでいいなあ、ヘンリー様は私に早く未来予知してほしくて仕方ないみたいだ、はぁ……」
ヘンリー様は自信家で積極的であり、剣術や馬術も得意で何事も前向きだった。まさに王の器であろうお方だ。しかし傲慢で高飛車な面もあり私は苦手な部分もあった。それでもせっかく王室に嫁ぐのだからと努力して私も合わせようとしていた。
私たちは王族の知識を得る中で、次期国王になるのは王太子であるヘンリー第一王子だということがわかった。つまり王太子妃はその婚約者である私がなるのだ。
「お姉さまはいいですわね、たまたま姉だったというだけで、ヘンリー様が婚約者で!私のお相手は愚鈍でマヌケなジョージですわ!嫌ったらありませんわ」
「そんなこと言うもんじゃないわ、アンナ。ジョージ様のいいところを見つけていきましょ」
アンナは、愚鈍でマヌケだなんてひどい言い方をしてるけれども、ジョージ様は寛大でお優しい方だった。争いごとは好まず剣を持つことを嫌がり、運動神経は悪く馬にも振り落とされてしまう始末だったが、アンナのことを大切にしてくれそうな方だった。
「やあ、サラ殿、ごきげんよう。アンナの好きなお菓子を教えていただけないかな。機嫌を損ねてしまってね」
ジョージ様がアンナに内緒で私の部屋にきて、アンナのご機嫌の取り方を聞いてくることが何度かあった。
ある時、侍女が私の部屋でこんなことを言っていた。
「ジョージ様は私たちにもお優しいんですよ。ヘンリー様とは大違いでして、あっと!こんなことを言っていたというのはヘンリー様とアンナ様に内緒にしてくださいね、サラ様!」
「フフ、それは私にも言っちゃだめなのでは?」
「すいません、つい──。サラ様は私たちの立場になってお話を聞いてくださるもので」
「まあ、誰かに振り回される気持ちは、私もわかりますからね」と私は苦笑した。
私は侍女たちには話しやすい相手なんだろう。私としてもその方がありがたかった。ヘンリー様の前では本来の自分ではいられない。だからって嫌いというわけではないのだが……。
「ですが、サラ様。ヘンリー様も侍女長のマチルダさんには頭があがらないんですよ」
「え!そうなの?」
「ヘンリー様がお生まれになった時に取り上げたのはマチルダさんですからね、ウフフフ」
「マチルダさんとはまだあまりお話したことはないわ」
「ええ、あの方は私たち侍女の指揮、監督を行う立場なので現場の業務はあまり行いませんわ」
「そっか、怒ると怖かったり?」
「そ、それはもう、あまり思い出したくないのです」と侍女は天井を見上げ思い出しながら震え上がっていた。
そんなある日、王宮に来てから初めての予言の絵を描いた。