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ヴェンデッタ  作者:
3/3

ヴァジーモヴィチ

 イザリーは速度超過も当然というように自家用車でパットンの家に走った。

 朝、彼は妻であるキャロルの声で目が覚めた。

 イザリーを起こした彼女の顔は、焦燥感を覚えたような、痙攣した顔で彼を見ていた。どうしたのかと聞くと彼女は「警察」と言いながら電話の子機を渡してきた。

 訝しりながらも彼は濃きを受け取り、耳に当てる。

 電話口にいる警察という男は言った。


「イザリーさんですか?朝からすみません。言いにくいのですが……パットンさん、あなたの友人は遺体で発見されました。来ていただくことは可能でしょうか?」


 そうしてパットンは慌てて車を走らせて、今、パットンの家に来たわけだ。

 車から出て勢いよくドアを閉めたイザリーは、思わずその足を止めた。

 パットンの家は跡形もなく、崩れ落ちていた。

 というよりも、大破していた。吹き飛んでいたと言った方が、良いかも知れない。

 骨口すら見える程に吹き飛び、まだ屋根や薄く庭に火の残るパットンの家。


「……な、にが」


 笑う膝を無理矢理動かして彼は歩く。周囲は焦げ臭さと、真っ黒になった瓦礫。それと少しの血の匂いを感じた。

 ふらつくイザリーに警官が近付いてきた。


「イザリーさんですか?情報局員の」

「……」


 彼は警官を無視して進む。

 まだ多少原型を残す家に入る。


「ちょっと!いくら情報局員でも困ります!まだ鑑識が市議とを終えていない、彼らの邪魔はしないでくれ!」


 苦言を呈す警官をやはり無視する。

 どうせ彼らは情報局員を、いくら任務外であっても邪険には出来ない。手を触れて止めるなどすれば問題にもなり兼ねないからだ。

「せめて手袋を」という警官から手袋をふんだくり玄関から中へ。


「……」


 まだ熱の残る玄関を少し進んで、キッチン。遺体が二つ、並んでいた。

 覆い被さって重なるように二つ。

 パットンの妻子だろう。

 近付いて見ると、真っ黒に焦げて人だとは思えない程になっていたが、頭部にそれぞれ風穴が穿垂れていた。銃創だ。

 頭を振ってイザリーは立ち上がる。


 キッチンを出て、ボロボロの、所々床すらない廊下を歩き、風呂場へ。

 噎せ返りそうな程の焦げと血の匂い。地獄のような臭気と、落ち込むようなだるさを生む熱気。

 そこにも遺体があった。

 パットンだろう。

 原型はない。というか、バラバラで、ほとんど炭になってしまっている。強く触れば恐らく崩れて消えるだろう。

 だから彼は衝動を抑えてため息をついて冷静になる。


「強盗でしょう。幸も破壊されてると何が盗られたかの確認は不可能ですが、まあそれ以外にないかと」


 警官が邪魔くさいという感情を押さえもせず面倒臭そうに言う。それを聞きつつイザリーは遺体を検分する。

 叩けば炭になりそうな遺体だ。爆発のせいか、ぐちゃぐちゃになったと表現するべき状態だ。辛うじて手先が残っている程度だ。その手先にはパットンの物で間違いない彼の指輪がはめられていた。間違いなく、彼だとイザリーは確信した。


「遺体の検分はまだだろ?」

「この状況ではね。しかし表面から腹部からの出血と見られる血液が微かに検出出来て検証した結果、パットン氏の物と一致しました。彼の遺体で間違いないでしょう」


 警官の言葉に頷きつつ周囲を確認する。

 屋根や壁の破片や家電の破片が散らばっている。その中に、いくつか見慣れない物だ転がっていた。


「これは?」

「……恐らく犯人の右手でしょうね。パットン氏が抵抗したのでしょう。ほら、そこにマシェットナイフがあります。それで相手の手を落としたんでしょう。肘の関節から綺麗に行ってます」

「これは?」

「……さあ、でも見た限り、粉砕機(ミキサー)では?スムージーを作る奴。これで殴ったとかではないですかね?割れている」

「……」


 まあ、こんなものかとイザリーは立ち上がる。警官に煙草を一本渡してパットン御家を出る。

 玄関から出て、彼の家を振り返る。

 何度も遊びに来た。

 彼の家族にもよくしてもらった。良い友人たちだったと思う。

 車の近くまで戻って、良い友人たちを亡くしたなと思いつつイザリーは煙草に火を点ける。焦げ臭い中に煙草の匂いが混じる。

 煙を吐いて、

 イザリーは顔を降ろした。

 風が吹き、彼は紙切れを踏んでいるのに気づいた。

 それを拾い上げる。


『ヴァジーモヴィチ』


 それは名刺だった。

 パットンが話した、用心棒兼殺し屋のロシア人の名前だった。

 彼は車に乗り込み、全力でアクセルを踏んだ。まずは家に戻る。何があったのかと叫ぶキャロルへの説明も程々に鞄を取って、情報局の事務所へ向かう。


「イザリー、パットンの話を聞いたよ。残念だった」


 カルロスが言う。

 それに頷くが返事はせずにパットンおデスクを開ける。


「イザリー何を。パットンのデスクに何か用か?仕事の引継ぎなら気にするな。それよりも葬儀もすぐだ、準備をしないか?」


 カルロスがイザリーに声をかけるがそれを聞かずにデスクのファイルを漁る。

 そんな彼をいぶかしんで他の職員も彼を見る。

 サムとナタリーが近付いてくる。


「部長、どうしたんです?イザリー」

「ああ……君たちにも言ってかないとな。パットンが死亡した」

「は?どうして!?」

「……強盗だそうだ。家族も頃押されて現場は爆破されていた。とても強盗だけでそこまでするとは思えないが、他にそれらしい理由もないし、彼が目を付けられるようなへまはしないだろう。パットンは相当抵抗したらしいからな、あるいはその腹いせかも知れない」

「……そんな」


 サムとナタリーが肩を落とす。イザリーはしかし変わらずファイルを漁る。


「カルロス、イザリーの書類は他に何処かないか?彼が調べていた危険人物の情報とか」

「なら私のデスクにあるぞ。私が保管している。何か心当たりが?」

「ヴァジーモヴィチだ。奴を探す」

「ヴァジーモヴィチ?何を言っている。奴は死んでいるはずだ。それは君が一番知っているだろう。どうしたんだ」


 イザリーはカルロスのデスクに向かいながら彼に拾った名刺を渡す。名前だけが書かれた、名刺なのかどうかも分からない紙切れではあるが、カルロスはそれを見て、一瞬驚くがあきれ顔を浮かべる。


「一度落ち着けイザリー。君は今冷静じゃない。パットンが死んだばかりだ、無理もないが今日はもう帰るんだ。一晩休んで、明日また話を聞こう」

「ヴァジーモヴィチは生きているんだ!奴がパットンを殺したんだ!奴は復讐に来たんだ!」


 イザリーはたまらず叫んだ。周囲は一瞬で静けさに包まれた。

 イザリーは続ける。


「奴は、いや違う。カニバルだ。取引を阻止した俺とパットンを殺すために奴はまた命令を受けて這い上がって来たんだ!必ず俺は奴を殺す!今度こそ殺す!パットンの仇を取ってやるんだ!」

「お、落ち着けイザリー!お前どうかしてるぞ!」

「いいから早くファイルを出してくれ!カニバルとヴァジーモヴィチのファイルだ!頼むよ、カルロス。逃がすわけにはいかないんだ。そして出来るだけ早くカニバルの強制捜査を組んでくれ。でなければあの日、取引を阻止して証拠を抑えた意味がない」

「わかった!わかったから!」


 カルロスがイザリーの気迫に押され慌てて頷く。ナタリーに強制捜査の手続きを指示して自身の机からイザリーが望む書類を渡してカルロスは言う。


「しかしどう動く。強制捜査をしたところで都合よくヴァジーモヴィチがいるかどうかはわからないし意図的に殺しに行くことは許可できないぞ」

「とにかく奴を見つける。さっき渡した名刺はパットンの家に落ちていた。恐らく奴は俺が来ると分かってそうしたんだろう。奴は俺を、知っているんだ。殺すに来る。……カルロス、俺の家族を保護してくれないか。直ぐにだ」

「お前が言う事が正しければ確かに危険だな、分かった手配する。だが……失礼」


 カルロスの言葉の途中でデスクの電話が鳴った。カルロスは人差し指を立ててイザリーに待つように示し電話を取る。


「私だ。……ああ、そうだが。……今は聞きたくなかったよ。……本当なんだな?誤情報ではないんだな?……わかった。処理は任せた」


 カルロスは電話を切って、ため息をついてイザリーを見る。


「イザリー、落ち着いて聞いてくれ」

「……ああ」

「カニバル事務所が、爆破された」

「っ!?」


 イザリーは息もつかず走り出そうとした。しかしそれはカルロスがイザリーの手を掴む事で阻止される。


「行ってどうする。せめて装備とチームを整えてから行くべきだ。明らかにこれは個人で終わる問題ではない。パットンことは残念だ。それにヴァジーモヴィチが関わっている可能性があるのなら余計にな。今一番の危険は君と、君の家族だ。君がするべきは、カニバル事務所に行くよりも家族を迎えに行って、ここに戻ってくる事だ。違うか?ヴァジーモヴィチを探すのはまだ出来るが、殺された人間はどうすることも出来ない。殺されない努力をするべきだ。違うか?落ち着くんだ、いいな?」


 カルロスの言葉にイザリーは、彼を睨みつける。しかしカルロスはそれには動じず、イザリーの肩を両手で掴んで揺らす。


「まずは家族を守れイザリー。君は家族と向き合うために転属願を出していたんだろう。その意味を思い出すんだ。お前がする事は家族をここに連れてくる事だ。とりあえずの隠れ家はそのうちに申請する。間に合わなかったら申し訳ないが取調室に入ってもらおう。一番安全だ」

「いや部長、それは俺が行きますよ。今のイザリーは冷静じゃない。事故につながるかも」


 サムが言う。カルロスが顎に手をやり考える。


「確かに。よしサム、任せた。イザリー、君はこのまま残れ。計画を練ろう」

「計画?」

「君の家族を保護した後の話だ。子供の休学申請や君の奥さんの休職申請とかいろいろあるからな。君にも手伝ってもらわないと」

「ああ」

「しかも君の言い分は不鮮明だ無期限の保護は厳しいからな。そもそも申請が通らない可能性もあるし、何故君も標的なのかの根拠も示してほしい。良いか?」

「……」


 イザリーは考える。

 イザリーの意見は状況証拠や感情論でしかない。

 そもそも相手が本当にヴァジーモヴィチである確証もない。あくまでも名刺らしきあの紙切れだけがヴァジーモヴィチの存在を示している。たまたまだと言われればそれを否定することも難しい。

 イザリーは考える。


「あの取引を止めたのは俺とパットンだから」

「しかしそれはあくまでも任務で、相手もそれはわかっているはずだ。いち殺し屋が暇を潰して起こす危険ではないと思うが。それに奴を打ったのは君だろイザリー。何故パットンなんだ」

「ヴァジーモヴィチはいかれ野郎だ、常識は通じない」

「ヴァジーモヴィチがどんな人物化の記録はない。あくまでも奴がやったと思われる事件と証言があるだけだ。誰も見た者はいない。それは君の感情論でしかない。他には?」

「あの場にいたのは俺達だから、カニバルが俺たちを潰そうと」

「お互い組織だ、個人を潰しても意味がないとはわかっているはずだ。それに言ってはあれだが情報局員など直ぐに補充が入る。一人二人死んでもダメージにはならない。そもそも君たちは姿を見られたか?夜だったんだろ?ヴァジーモヴィチの顔がはっきり見えたか?」

「いや……」

「ならお互いがそうなはずだ。個人を特定する事など出来るはずが」

「出来る」

「……何故だ」

「俺は、パットンの名を何度も、呼んだ。だから、パットンを先にやったんだ」

「名前か……。しくじったな。普通なら極力名を出さずにするべきだ。しかしそれでもやはりそれがヴァジーモヴィチの仕業だとするには早計だ。カニバルの事務所は爆破された。それは何故だと思う?」

「……見せしめか、捜査の攪乱を狙ったとか」

「ヴァジーモヴィチが?カニバルを潰せば兄弟グループを敵に回すことになる。その危険を冒してまでヴァジーモヴィチが君を殺すとは思えない。それともカニバルも噛んでの大掛かりか?それこそ有り得ない。事務所を吹き飛ばしてまでやるほど君には価値はないよ。他には?」


 イザリーは苛立ちを覚え頭を掻く。カルロスが灰皿と煙草を差し出してくる。受け取って煙草に火を点ける。


「イザリー。とりあえずの保護はするが、すぐに送還されるだろう。もっと証拠が必要なんだよイザリー。それが出来ないなら、保護も出来ない。分かってくれ」


 イザリーは煙草を灰皿に叩き付ける。

 その瞬間、また電話が鳴った。カルロスが出るが、少し相手の話を聞いて彼はスピーカーにする。

 そして「近くの者にも聞かせたい。もう一度頼む」と言ってイザリーを見た。

 訝しりながら電話を見る。


「ヴァジーモヴィチがと書かれた、名刺が発見されました」


 イザリーは走り出した。


「イザリー!」


 カルロスが叫ぶ声を無視して装備保管庫に入る。


「落ち着けイザリー。まだわからない。ここで勝手に動くと君は情報局から弾かれてしまう。それでは本当にパットンの……」


 カルロスはイザリーを止めるために言葉を紡ぐが、しかしそれは最後までは続かなかった。装備を身に着けたイザリーが振り返り、その顔を見て、彼は後退った。


「パットンの仇だ、奴を殺してやる」


 怒りに染まった顔で、しかし彼は死んだ目で、カルロスを見て、そう言った。

 彼は復讐を、この瞬間誓ったのだった。

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