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前編


「お姉さまばかりズルいわ! そのマカロン、わたくしにもちょうだい!」


 また、始まった……!

 妹のリュシーは、私のものをなんでもほしがるのだ。


「これは私が取っておいたものよ。リュシーも昨日、同じ分だけもらっていたじゃない」

「こんなにもらっていないもの! お姉さまの方がもらった量が多かったに違いないわ」


 嘘だ。

 リュシーはもらったそばからパクパクと食べちゃっただけでしょう? 私、ちゃんと数えていたもん。


「ソフィ! あなたはお姉ちゃんなんだから、しぶっていないでリュシーにも譲ってやりなさい」


 こうなると、勝ち目はない。

 お母さまはいつも可愛いリュシーにばかり加担するのだ。

 はぁ……。

 せっかく、今日の食後の楽しみに取っておいたのに。


「……仕方ないなぁ」

「わーい、ありがとう! お姉さま、やさしい! 大好き!!」

 

 ……好き? 

 都合が良い、の間違いではなくて?


 というもやもやとした気持ちを、ぐっと呑みこむ。


 リュシーは、蒼い瞳を輝かせて、私のマカロンを堪能しはじめた。

 お母さまは、そんな幸せそうな妹にやさしい視線を注いでいる。

 こういう時、うつむいている私はいつも空気のようだ。


 二つ歳下の妹のリュシーは、完璧に愛らしい。


 金髪碧眼で美しく、お父さまとお母さまが溺愛するのも分からなくもない。彼女が望むことはなんでもゆるされる。ずっとそんな風にして生きてきたからか、最近ではそれがエスカレートしつつあるような気がする。


 たとえば、今のように。

 私のものは自分のものになると思っている節すらある。


『その髪飾り、どうしたの? 友達から誕生日プレゼントでもらった!? うらやましいわ。ねえ、少しわたくしに貸してくれない?』


 断りきれずに貸したら、返ってくることはなかった。返してほしいと催促はしたものの『気に入っちゃったの、もう少し貸してよ。だめなの!? お母さま、お姉さまが意地悪なことを言うわ!』とぐずるので、結局、奪還できなかった。


 ちなみに、髪飾りをもらった友達には失くしてしまったから付けてこられないのだと平謝りをした。さすがに妹に奪われたという失笑ものな真実は話せなかった。


『お姉さま、その可愛い本の栞はどうしたの? えっ! 自分で押し花をして作ったの? 良いなぁ、どうしてわたくしの分も作ってくれなかったの!? わたくしもほしい!!』


 だだをこねられたので作ってあげたけれど、その数日後にゴミ箱の中から出てきたことは忘れない。リュシーは本を読まないし、そんなことになるだろうとは思っていたけど……。


 私とリュシーは、血が繋がっていることが信じがたいほど、似ていない。


 華やかで、愛嬌のあるリュシー。

 一方の私は、真面目なだけが取り柄の冴えない女だ。

 髪の色も、きらきらとした金髪ではなく、地味な焦茶色。

 妹が社交の場で華麗に踊り注目の的になる一方で、私は静かな部屋で読書をすることが好き。


 だけれども。


 実は、そんな私にも、ひそかに片想いをしつづけている相手がいる。 

 話したことがあるのは、大昔に一度きり。

 向こうは、私の顔すら覚えていないだろう。

 

 だけど、忘れられないのだ。

 彼は、この焦茶色の髪を好きだと言ってくれたから。


✳︎


 彼と出会ったのは、もう五年も前のこと。


 その日は王国の建国から二百周年を記念して、盛大な祝祭が王城で開かれていた。

 私たちバルトシュクル公爵一家も、その祝祭に招かれていた。


『えへへ。どう? 似合っている?』

『まぁ、流石はリュシー! とっても可愛らしいわ!』

『おおお! 王太子殿下に見初められてもおかしくはないぞ』


 両親ともに、着飾ったリュシーをベタ褒め。

 

 まぁたしかに、親馬鹿の贔屓目をぬきにしても、ひらひらとしたピンク色のドレスを身にまとったリュシーは本物のお姫さまのようだった。


 お母さまもお父さまも妹ばかりを見ていて、いちおう着飾ってもらった私には目もくれなかった。


『おやまぁ。バルトシュクル公爵のご令嬢は本当に可愛らしい。まるで姫君のようだ。将来が楽しみですな』


 王城に到着してからも、リュシーは注目を集めまくっていた。

 妹は当時まだ十歳だったにも関わらず、その美しさと愛らしさでみんなの注目の的だった。

 誰の視線も、私を素通りしていく。同じ場にいるのに、透明人間になったような気分だった。


 極めつきは、この子だけを無視するのも悪いかな……? といった感じで、私に話しかけてきた同年代の男の子の一言だった。


『ええと。君は?』

『……ソフィ・バルトシュクルと申します』

『バルトシュクル? えっ、姉妹だったのですか?』

『はい』

『へえ、全く似ていないですね。妹さんは輝くような金色の髪をしているのに――』


 ――それに比べて、あなたの髪はくすんだような色ですね。


 その先に続く言葉が、幻聴で聞こえた気がした。


 すこしは大人になった今では、同じことを言われても、笑って誤魔化せたと思う。

 だけど、当時は無理だった。

 胸の中いっぱいにたまってしまった哀しさと悔しさとやるせなさとで、瞳が熱くなった。


『っ』


 なにもかもから逃げるように、走った。

 走って、走って、たどりついた先は人気のないバルコニー。


『はぁっ……』


 なんとか人前で泣くことだけは逃れることができた。


『どうして……? どうして私は、こんなに地味な髪の色なの……?』


 誰にも見られていないという安心感から、うずくまって、わんわんと泣き始めたその時だった。


『大丈夫……? 泣いているの?』


 ドキリ。


 ――まさか。私に、話しかけている……?


 恐々と見上げたら、そこには目も覚めるような美しい男の子が立っていた。

 

 つやつやとした漆黒の髪に、やさしげな金色の瞳。

 まるで私が大好きなロマンス小説に出てくる王子さまみたいに、きれいな顔。

 それまで泣いていたことも忘れて、ぽかんとしてしまったことを今でも鮮明に覚えている。


『え、と……』


 もしかして、私以外の誰かに声をかけようとしたのかな。

 でも、他に誰もいないし……やっぱり私?


 かちこちに固まりながら、声も出せずに口をぱくぱくとしていたら、彼は私に目線をあわせるように屈んだ。


『さっきの君の言葉、聞こえちゃったんだけど。君は、自分の髪の色が、嫌いなの?』


 おそるおそる頷くと、彼は「どうして?」と首をかしげた。

 

『僕は、君の髪が好きだけどな。だって、焼きたてのパンのようにふわふわとしているもの』


 彼が、私の髪の端をそっと持ち上げて微笑んだ時、息が止まるかと思った。

 痛いぐらいに心臓を収縮させながら、たしかめるように尋ねかえした。

 

『焼きたてのパン……ですか?』

『うん! 僕、大好きなんだ。毎日なくてはならないものだ』


 大好き……!

 違う、パンの話だ。私のことじゃない。

 分かってはいても、ドキドキとしすぎて言葉を失った。

 すると、彼は、途端にあわあわとしはじめた。

 

『ええっと、ごめん。その……あまり、気に入らない喩えだったかな?』

『……ち、ちがいます! ただ、その……』

『うん?』


 不思議だ。

 彼の言葉一つで、こんなにも心が温かくなるなんて。

 今まであんなに地味に見えたこの髪が、悪くはないかもと思えるなんて……!


『……あまりにも、あなたが物語に出てくる王子さまのようだったから、ちょっと、びっくりしちゃって』

『えっ? 王子さま?』


 ぱちぱちと瞬きをされた時、頬が燃え上がるように熱くなった。

 やってしまった!

 初対面の相手に、いきなり妄想めいたことを口走ってしまうなんて、恥ずかしい。私の馬鹿馬鹿! ロマンス小説の読みすぎだ。


『な、なななな、なんでもないです! ヘンなことを言って、ごめんなさいっ!』


 顔を真っ赤にして、呆然としている彼を取り残し、城内へと逃げ帰った。


『お姉さま、そんなところでぼうっとしていないでよ。邪魔になるでしょ』


 いつもなら心に刺さる妹の悪態も、その日ばかりは気にもならなかった。


 後に、彼が王国内でも有名な魔道の名家の子息ユーグ・ジラルディエール様であったと知った時には思わずむせた。

 

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