一柱の魔王が泣いたなら
精神的に徐々に追い詰める系夢魔
ああ、泣かないでくださいませ。我が愛おしい魔王様。
「ねえ、リリー」
「なんでしょうか、フェリクス様」
私はフォルクスザーゲ公国を治める公爵家の一人娘、リリアンヌ・ターフェルルンデ。私とのんびりお茶を楽しんでいるこの方は、フェリクス・ディアーブル様。私は聖女で、フェリクス様は…何を隠そう、この国を守る魔王様だ。
え?魔王なのに国を守るってなんだって?あらやだ、視野が狭すぎますわ。確かに魔王のその力はとても強力です。悪を成そうとなさるなら、人類最凶の敵となられるでしょう。でも、だからこそです。だからこそ、契約で縛ってしまえば、最強の味方となるのです。
「私は、まだ生まれて間も無い頃、何もわからないまま、まだ悪を成してすらいないのにこの公国の聖騎士たちに殺されそうになっていたね」
「ええ。それを聖女として生まれて、慈悲と慈愛こそ至上だと教えられてきた私が泣いて止めて、貴方と契約を結ぶことで貴方の命を永らえさせましたね」
「君との契約の内容は簡潔だ。私に課された制約はこの国を守ること、君を守ること、君と寿命を共にすること」
「私に課された制約は、貴方と寿命を共にすること、貴方の存在と権限を公国に認めさせること」
「権限といっても、人間たちと同等の権利を与えられただけだけど」
「あら、存在することそのものが罪と殺されるよりはマシでしょう?」
「ああ。別に文句を言うつもりはないさ」
「そうですか。それでは今更なぜそれを確認する必要が?」
「いやなに。神の愛し子である聖女たる君が、魔王である私の愛し子でもあることは有名な話のはずなのになぁと思って」
「?…有名な話ですね?」
「なのになぜ、君の婚約者であるハイリヒトゥームの第一王子殿は君を裏切って自国の準男爵のご令嬢を正妃として迎えようとしているのかな?」
「そんな怖い顔をしないでくださいませ。端正なお顔立ちだからこそ、余計に怖いですわ」
「…ごめん。君を怖がらせたいわけじゃない。ただ…そう。ただあの男が許せないだけだ」
そう仰るフェリクス様は目が獰猛な猛禽類のよう。
「まあ。私の婚約者は天下の魔王様に目を付けられてしまいましたのね」
「…リリー」
「うふふ。でもね、私、そんなに怒っていませんの。だって、私、ハイリヒトゥームの第一王子殿下になんの感情もありませんもの。むしろ婚約破棄をして真実の愛とやらに生きるならどうぞどうぞという気分ですわ」
だって、そんな愛、張りぼてでしかないのでしょう?
「…けれど、私の命を拾ってくれた君が侮られるなど、屈辱だ。しかも、それが私という魔王と契約したからだというなら余計に」
「第一王子殿下は確かに私を、魔王と契約した堕ちた聖女などただの魔女だと罵りましたが、随分前の話ではありませんか」
「それでも許せないんだ。第一王子殿も…魔王として生まれてしまった自分自身も」
「あら、まあ…フェリクス様のそのお力のおかげで、我がフォルクスザーゲは戦争に巻き込まれることもなくこの十数年間平和に暮らしてきたというのに」
「それは…確かに、君や君の大切なものを守れる力は有り難いけれど」
「ならいいじゃありませんか」
にこにこと笑って返すけれど、フェリクス様の表情は柔らかくならない。
…というか、泣きそうになっていらっしゃる。
「ああ、フェリクス様、泣かないでくださいませ」
「だって…私のせいでリリーが…」
とうとうその美しい瞳から涙が溢れる。私はフェリクス様の涙に弱いというのに。
「フェリクス様、私は大丈夫ですから…」
「リリーはあの準男爵のご令嬢になにもしていないのに、虐めたことにしようとされているんだよ?濡れ衣なんだよ?…許せないよ」
ぽろぽろ溢れ落ちる涙。フェリクス様ったら。
「ああもう、わかりましたわ。許可いたします。フェリクス様、第一王子殿下と愛人さんだけなら殺してしまっても構いませんわ」
「本当かい!?」
ぱっと表情が明るくなるフェリクス様。でも、その瞳からはまだ涙が溢れている。
「ええ、本当です。ただし、フェリクス様がやったとわからないようにお願いします」
「任せてくれ!これでも母は夢魔だからね!」
自信満々に言われてもあれなんですが…。
ー…
「おい!ハイリヒトゥームの第一王子殿下がお亡くなりになられたぞ!」
「ああ、聞いたぜ!なんでも毎晩悪夢に魘されて、とうとう自殺したらしい!」
「リリー様…婚約者を亡くされて、お辛いでしょうね…」
「いや、それが、ハイリヒトゥームの第一王子殿下には女の影があったらしい」
「まあ!リリー様というものがありながら!」
「しかもリリー様に濡れ衣を着せて陥れるつもりだったとか」
「なんてこと!」
「なんでもリリー様を、最近劇とかで流行っている『悪役令嬢』とやらに仕立て上げたかったらしい」
「きっとその罪悪感から悪夢に魘されたのね!」
「自業自得だわ!」
「でもその愛人はどうなったの?」
「なんでも、最近精神を病んでいて、つい先日第一王子殿下の後を追うように衰弱死したらしい」
「でも、それならリリー様の次の婚約者になるのは誰かしら?」
「やっぱり魔王様じゃない?なんだかんだで見目麗しいし、一応地位はあるし、リリー様には逆らえないはずだし…」
「魔王様、なんだかんだでリリー様にぞっこんだしなぁ…」
「なんならお似合いよね…魔王様は魔王なのがネックだけど…」
…いやー、人間たちのお喋りは聞いていて面白いな。人間たちから見ても私はリリーにぞっこんか。今度プロポーズしてみるか。最悪泣き落としを使えば簡単にリリーは手に入るだろう。
けれど、まだ今はその時じゃないかな。まだこの距離感を楽しんでいたいんだ。
これでも、私は夢魔の母を持つ。そして父は大魔王だった。人の持つ感情など手に取るようにわかる。リリーは、私をただの可愛い守ってあげたい幼馴染としてみている…と思っているようだが、その実本当は私を愛している。だからあのゴミ屑男に裏切られても平気でいられたのだ。
「リリー。私の愛し子」
「なあに?フェリクス様」
「愛しているよ」
「私もよ。もちろん恋愛感情ではないけれど」
「ははは。これは手厳しいな」
「ふふ。もう」
可愛いリリー。いつか君の全てを貰う日を楽しみに、今はこの関係を堪能しようじゃないか。
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