幼い彼女が消えた話
※前回に続き頭空っぽでお読みください
アルバート通称アルは起きて直ぐに変な感じがした。
セレルス通称セスは起きて直ぐに変な感じがした。
幼い彼女の父トリニアン通称ニアも起きて直ぐに変な感じがした。
幼い彼女の母ミレーナ通称レーナも起きて直ぐに変な感じがした。
まあ、まとめると家族全員が大きな違和感を感じていた。
なんなら使用人、親戚達も少なからず違和感を感じていた。
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アルは食堂に向かった。そうすると廊下でセスに会った。
「おはようセス。」
「おはようアル。」
いつもなら2人ともあまり会話をしないのだが今日は違った。
「なあ、セス…何か今日あったか?」
アルは物忘れが激しい男ではないが違和感から何か忘れているのでは無いかとセスに聞いた。
「いや…何も無いよ……多分…」
アルは内心とても驚いた。セスはアルより計画的でとても几帳面。「多分」という言葉は余程自信が無い場合にしか使わない。そんなセスが「多分」と使ったということは…
「多分って…もしかしてセスも何か違和感があるんじゃないか?」
確信が持てないまま質問をするのは嫌だったが、ここはするべきだと何となく感じた。
「あぁ…何か…何か大事なものを…忘れている気がする…」
そう言ってセスはメガネをいじった。
「あれ?セス目悪かったっけ?」
今まで何故違和感を持たなかったのか今更ながらアルはふと思った質問をセスにぶつけた。
「ん?…いや…悪くない。」
じゃあなんで…
「なんでつけてるんだ…」
セスも自分でそう思ったらしい。
お互いに少しの間黙って考え込んでしまった。
そこにメイドがやって来て
「お話の途中失礼致します。旦那様と奥様が食堂でお待ちです。」
あぁ、そうだ…食堂に行かなくては…そう思い1度考えるのをやめてセスと共に食堂に移ることにした。
その移動の最中も違和感が消えることは無かった…
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「父上、母上、おはようございます」
食堂に着き挨拶をする。
「おはようございます」
私に続いてセスが挨拶をする。
席につこうとした所でまた違和感を感じる場所を見つけた。
「私たちは4人家族です。それなのに何故椅子がもう1つあるのでしょう。しかも他の椅子より少し小さい。」
食堂は私の一言で静まり返った。
と言っても、いつも静かなのだが…
「私もそう思っていたわ…」
と母上が表情を変えずに言う。
「私もだ」
父上もそれに続いて言う。
セスは黙っているがこれは誰も分からないということだろう。
いや……覚えていない…?
「父上、先程セスとも話したのですが朝から違和感が…何かを忘れているような違和感があるのです。とても大切な何かを…」
「私もだ…」
「やはりそうですか…母上はいかがですか?」
そう言って母上の方を見るて私は目を見張った。
いや、私だけでなく父上もセスも、メイドや執事まで皆驚いた顔をしている。
母上が泣いているのだ。あの母上が…
「……私もよ」
母上は泣いていることに気がついていないようだった。
「何か…何かが…あるが言うようにとても大切な何かを…忘れている…忘れてしまった気がするの…」
そう言うや否や先程よりも大粒の涙が母の顔を伝い流れ落ちた。
そこでようやく母上は泣いていることに気がつき
「あら…?私…」
と流れ落ちていく涙を触った。
するといきなり父上が立ち上がり母上の元へ行き
「泣くな」
と一言言い、白地に小さな花の刺繍があるハンカチを差し出した。
私はこんな状況にもかかわらず父上が母上に対してそんな行動が出来たのかと驚いてしまった。セスも同じだろう。母上が泣き出した時よりも驚きが増えているように見える。
母上が落ち着いた後ふと母上が誰かの名前を呼んだ。
「……ア」
「レーナ?なんて言ったんだ?」
父上がそう聞くと今度ははっきりと母上が
「リーリア」
と言った。
その瞬間母上以外が皆ハッとした表情になり顔を見合せた。
「そうだ!リーリアだ!リーだ!どうして今まで忘れていたんだ!」
とセスが今まで聞いたことがないぐらい大きな声で叫んだ。
「本当になんでだ!何がどうして!リーはどこに行ったんだ!」
と私も自分らしからぬ声をあげてしまった。
使用人達も皆いつもなら静かにしているものの今はザワザワと互いに話し合っている。
まずこれからどうするべきかと考えているとそれまで静かにしていた父上が誰かに聞くようにも自分に問いただすようにも聞こえるように
「リーリアが居ない?リーリアが…??リーが居ないのか??なんで…なぜだ!!なぜ居ない!!」
と声を荒らげ叫んだ。
騎士団長をやっている父だ。そんな感情的に叫ぶとその場はしんと静まり返った。
分かっていることはこの場にいる全員が先程までリーリアという存在を忘れ、今リーリアがどこにいるか分からないということであった。
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その後緊急で家族会議が開かれた。
余談であるが開かれたのはこれで2度目である。
まあ、1度目はリーが産まれてしばらくした時。あまりにも可愛すぎるけど、どうする?という何とも今とは違い平和な内容であったのだが…
まず食堂での騒動があった後私たちは直ぐにリーの部屋へ向かったしかしそこにリーのものは何も無かった。
いや、そこはリーの部屋でも無いただの物置になっていたのだ。
一応使用人全員を集めリーの所在を知っているものは居ないか聞いたがそんな奴は1人もおらず、緊急会議を開いたのだが…会議中、正直皆混乱してしまい話し合いは上手く進まなかった。
皆終始「どうして」や「なぜ」などの言葉しか出ない中長年この家に使えてくれている執事長が一言
「何か手がかりはないのですかね…」
と言ってくれたことによりようやく話し合いが進む。
「まず…なぜ誰も覚えていないのかですよね」
とセスが言う。
「セスの言う通り、これは魔法か何かが無いとありえない」
そう。この世界には魔法なんて無いのだ。そんな世界でこんなにも魔法みたいなこと…ありえない…ありえないはずなのだが…
「すみません…父上リーの事で忘れていましたが仕事の方は大丈夫でしょうか?」
「あぁ、リーのことが最優先だ。もう既に部下に連絡はしている。もちろんお前の分もな当分休ませて貰えるように頼んでおいた。」
「ありがとうございます」
「セスは大丈夫か?」
「はい。連絡済みです。」
「そうか」
皆リーのことを最優先に動くとこんなことも可能なのだなとこんな状況だが感慨深く思ってしまう。
「私…リーのことを忘れてしまっていたのです…」
と母上がポツリと呟く。
「あんなに愛していた娘のことを忘れてしまったのです…」
再び母上が泣き出してしまった。
「みんなそうです母上。母上だけではありません。俺だって…」
セスも自分を責めるように言う。セスが俺と言うのは感情的になっている証拠だ。どうにか2人を宥めようとしたその時いきなり声が聞こえた。
「君たちがあの子のこと愛してないって思ったから願いをきいてあげたのに…なーんだ!こんなに愛されてんじゃん!」
「え…?」
自分にだけ聞こえているのではないかと思い周りを見るとそうでは無いらしい。皆互いに顔を見合せた。
「なんであんな勘違いして僕に祈ったんだろうねー愛されてないなんて!あーあーつまんない!僕の労力返してよ!もう!」
何も言えないで聞いてるとその声は少し不満そうな声のままで続ける
「ねえ!聞こえてるんでしょ!?少しぐらい反応してよねー本当につまんないなぁー…」
「あ、あぁ…あのあなたはどなたですか?」
と母上が問う。
「えっへん!よくぞ聞いてくれました!僕は君たちが神様と呼ぶ存在だよぉ!!凄いでしょ!僕から話しかけるなんて滅多にないんだからね!」
ふふんっ!と自慢げに神様?が答える。
「神と言ったな?神よ先程から申しているあの子とはまさか…」
「えーっと…リーリア?だっけ?君の娘だよ!あの子昨日僕に祈ってきたんだよねー「私の存在を…消してください…」ってね!!いやぁその願いを聞いた時はなんて可哀想な子なんだって思ってさぁ、ちょっとした気まぐれで叶えてあげたんだけど蓋を開けたらこれだよ!めっちゃ愛されてんじゃんねぇ?なんで気が付かないんだか…」
と神様はなんでもないように話し続ける。
「リーがそう祈ったのか!?存在を消してくれと?!なぜだ?!」
「だぁかぁらぁー愛されてないって思ったからじゃないの?まあ確かに?君たち表情筋硬いみたいだし?勘違いしても仕方ないんじゃないのぉ?」
「愛してるに決まってるだろう!なぜそんな勘違いを!!」
「「その通りだ!」」
と私とセスも同意する。
そんな中母上だけが
「勘違いされても仕方ないわ…」
と神様の言うことを認めた。
「私、いえ、私達は1度だってあの子に貰った愛を返したことがあったかしら?笑顔だってそう。私たちはいつだって貰ってばっかりだった…あの子に…甘えていたのよ…」
「レーナ…」
「そうだな…確かにレーナの言う通りだ…言葉にしたことが無い…可愛くて可愛くて…私が触れたら壊してしまうんじゃないか、話したら怖くて泣かれてしまうのではないか、そんなことを考えたら止まらなくて、なんて…これも言い訳だよな…」
私とセスは黙ってしまったが、反省していた。
いなくなってから気がつくなんて…くそっ……
「あーはいはーい」
再び場違いな声色で神様が話し出す。
「なんか反省してるみたいだけどさー?もう遅いからね?だって存在を消したんだよ?戻って来れないよ?残念でしたーこの悲しさを背負って!これからも頑張ってねぇ!」
「嘘だろ!?もう…二度とリーが帰ってこないなんて…」
父上が叫んだ後部屋は沈黙に包まれた…
「おい…アル…血が…」
「え?」
セスに言われて気がついた。手を握りしめすぎて血が出てしまったらしい。
「くそっ!!」
私は机を叩いて部屋から飛び出した。
「おい!アル!」
後ろからセスの呼び止める声が聞こえたが振り返らなかった。
もうすっかり外は日が落ちていた。
「リー…」
私は庭に出るとそう呟いた。自分の声とは思えないほど弱々しく、風の音にかき消されてしまった…
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「おい!アル!」
呼び止めたがアルは振り返らずに行ってしまった。
再び部屋は沈黙に包まれた…
それをニヤニヤしながら見ている神に気が付き睨みつけると
「そんなわけで僕は行くねぇーどうぞお幸せにー」
と神はその場から消えようとした。
「待って!」
「…何?」
母上が呼び止めたので神はいやいや聞き返してくる。
「本当に何も手は無いのですか?私は何でもするわ…あの子が帰ってくるなら何でも…」
母上が覚悟を持って言ったであろうその言葉に神は
「アハハハハハハハハ!!!人間は愚かだねえ!無理なものは無理!諦めてー」
「くっ…妻を愚弄するものはたとえ神であっても許さんぞ!」
「はいはいっとごめんねぇーじゃあ僕は本当に帰るからねーばいばーい」
神そう言うと消え、何度目かの沈黙が再び訪れた…
その後1度みんな部屋に戻ろうということになったが、リーのことを考えなかった人は一人もいなかった。
その日の月は雲に隠れて見えなかった…
ようやく主人公の名前が出てきました。