表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

十一

「あなたは、どういう意図でここに来たのか、聞かせていただいてもよろしいですか」

 問いかけられているのがロビンだというのが、すぐにはわからなかった。およそ、父が従者にかけるとは思えない丁寧な物言いに、ソフィアは違和感を覚えて、そちらを振り仰いだ。彼の意図なんて、決まっている。ソフィアの従者になりに来ただけだ。それなのに父公爵は険しい目でロビンを見ていた。

 ロビンは一度ソフィアの足元に目をむけ、まぶたを伏せ、それから、意を決したように立ちあがった。正面から向き合って、まっすぐに父を見る。

「軽薄な気持ちで来たことを、否定はできないです。友人からうわさを聞いて、ひとめ会ってみたいと思いました。でも、彼女の前向きな明るさとか、令嬢らしからぬ趣味とか、溌剌さとか、見てると、その、すごく……」

 言いよどむ横顔を、ソフィアは見上げた。首筋から耳の先まですっかりと真っ赤に染まったロビンは、ことばを探すように床に目をさまよわせる。そして、何かをみつけだしたのか、顔をあげた。

「すてきだと、魅力的だと思いました。このひとの考えを尊重したいと感じたんです。予定外に公爵が戻らなければ、もう数日はいるつもりだったし、きっとみなさんを混乱させたでしょう」

「……それだけですか?」

「~~~~~っ」

 詰問されて、ロビンはくちびるをひん曲げた。

「うわあ、もう、すっげえ恥ずかしいぃ! どんな羞恥プレイっスか、コレ! 本人の見てる前で、どこまで言わす気ですか!」

 しゃがみこんで頭を抱えたロビンにむかって、父は優しげに微笑んだ。彼にはきっと見えていないが、父のこんな表情は、滅多に見られるものではない。ソフィアはきょとんとして父とロビンとを見比べた。父はからかうように言う。

「あなたが周囲になんと言われているか、知っていますよ」

「俺だって知ってますよ、女ったらしやら色好みやらでしょう? そりゃ、黙ってたって女性は寄ってくるし、そういうのに限って、無碍にはできないお家柄なんですよ」

 しゃがんだまま、むくれた顔で言い捨てるロビンに、色好みなんてことばは似合わないと思った。とても生真面目で、優しくて、よく気のつく好青年。ああ、でも、相手が女性なら、だれにでも同じように気さくに接するのだろうか。だれにでも上手に話を合わせて? 海賊物語も、もしかして大して好きではなかった?

 ちくりと胸を刺すものが何なのか、ソフィアはわけもわからずに胸元を押さえた。

「平等に相手をしておきながら、『自分は色好みなのだ』と印象づけて、新しい女性を嗅ぎまわるふりばかりして、だれとも深い関係にならないように気を配る。あなたがここに来たのは、どなたかしつこい女性から逃げてきたからなのでは?」

「──この話、終わりにしません? どうせ、相手は俺じゃなくて、俺の背景に恋してるだけであって」

「そんなこと、ないと思うわ」

 場に、沈黙が下りる。ソフィアは自分が不用意に話に割って入ってしまったことに気づいた。ロビンが驚いたように目を見開いてこちらを見ている。父もまた同様のようだった。

「どうして、そう思うんだい?」

 父の問いかけがしぶしぶ出した助け船にしか聞こえなくて、ソフィアはやってしまったと考えながらも、素直にこころのうちをことばにした。

「ロビンはとても気の回るひとだもの。相手のよろこぶことや望むことを無意識にしてしまっていたのではなくて? ふつうは、そんなに細やかに神経が行きわたらないわ。口にもしていない望みを叶えてもらえたら、きっとだれだってあなたに好意を抱く。あなたが自分にだけ気遣いをくれたのだと思いこんで、こころを開いてしまうでしょう」

 言いながら、ズキズキと胸に痛みが走るのを感じる。ソフィアは自分の声が平板に部屋に響くのを聞いた。

 名を呼ばれて、目を上げる。視線の先で、父はなんとも言えない表情をしていた。

「だから、おまえを社交の場に出さないのだ」

 視線をむけると、しゃがみこんだ姿勢のまま、ロビンは愕然として、凍りついていた。

「ロビン……?」

 声をかけると、目が動いた。ソフィアは腕を伸ばして、彼の手の甲にてのひらを添えた。

「っ!」

 ロビンの手が遠ざかる。ふりはらわれたわけではない。彼が己が手を胸に引き寄せただけだ。だが、ソフィアは再度、手を伸ばすことができなくなった。

「ごめんなさい、傷つけるつもりは」

「それはっ! ……それは、俺のセリフだよ」

 絞り出されたことばの意味が、ほんとうにわからなかった。眉をよせ、首をかしげる。

「なぜ? わたくしは傷ついてなどいないわ。ほら、涙だって出ていないのよ?」

 笑ってみせたのに、海色の瞳は苦しげに細められる。

「いままでどんなにひどいことをしてきたか、よくわかった。道理で女ったらしなんて言われるワケだ」

 ははっと乾いた笑い声をたてて、ロビンはまた頭を抱えた。ひとしきり笑って、黙りこんで、父のほうを見もせずに声をあげる。

「──公爵。馬車、貸してください。明日の朝早く、ここを出ます」

 父は、一瞬飲んだ息をゆるゆると吐きだした。

「わかりました。明け方、屋敷の裏手の人目につかぬ場所に用意をしましょう」

 請け合って、少し迷った風を見せながらも、部屋を出て行こうとする。その背に、少し恨めしげな顔で、ロビンは疑問をぶつけた。

「計算は、一片もなかったんですよね? 騎士団長は、これまでに数度、紹介状をしたためていた。度重なる公爵家の従者探しに興味を持たないはずはない。いずれ、その幼なじみが顔を出すかもしれないとは、考えませんでしたか?」

「なんのことやらわかりかねますな。私はただ、騎士の若者に声をかけていただけです」

 ロビンは舌打ちし、床をこぶしで叩いた。父は肩をすくめて出ていく。

 ソフィアは床にしゃがみこんだままのロビンに手を伸ばしかけ、ためらった。拒絶されたらと考えると、怖い。でも、いまここで話さなければ、きっともう一生、会うことなどないのだ。ソフィアはあの王弟に嫁ぎ、彼に触れることなど叶わない立場になってしまう。

「えい!」

 かけ声とともに、椅子から転げ落ちる。感覚のない足は、クッションほどにも役には立たず、ソフィアはロビンを突きとばしながら、いっしょになって床に転げた。

「あにひてるんれすか」

 呆れた声が額から響く。少し鼻声だ。ロビンの腹に顔をふせた体勢から起きあがると、彼は片手で鼻先を押さえていた。頭突きでもかましてしまったらしい。痛い? 問うと、別に平気だと突っぱねられた。そのことに苛立つ。

「わたくしね、ロビンのことをとても気に入っているの。だから、辞めないで欲しい」

「話、聞いてました? 俺は、ロビンって名前でもないし、ここで長く勤める気ははじめからなかったんです。お嬢さんを騙してたんですよ」

「あなたが嘘をついていたことと、わたくしがロビンを気に入ったことに何の繋がりがあるの? ロビンは、わたくしの足が不自由だからという理由で甘やかしたり手を貸したりしないわ。わたくしの口にするのがどの本に書かれていたセリフか言いあてたでしょう。うれしかったのよ。あなたを好ましく思ったことまで、勝手に嘘にしてしまわないで」

 ロビンの手を両手でつかまえる。今度はふりはらわれまいと、きゅっとつかむ。ロビンはソフィアに片手を預けて、からだを起こし、片膝を抱いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ