群体
「……龍だ」
その瞬間、誰かが洩らした言葉が聞こえるぐらい、ぼくらの街は静寂に包まれていた。誰もが息を呑み、どこまでも青かった空を見あげていた。
遥か上空に、黒い龍を連想してしまうような巨大な濁流があり、そいつは西から東へと移動していた。
最初の衝撃が去ると、ぼくらは口々に何かを叫んだ。恐怖に駆られて泣いている人がいれば、興奮しながら撮影をはじめる者もいる。ずっと観察していれば、龍のような巨大生物ではなく、鳥か何かの長大な集団であると想像がついた。
しかし、騒々しさを取り戻したはずの街は、ふたたび静けさに満たされていく。
濁流が途切れない。なにかの群体であることは想像ができても、どれほどの数がいるのか、想像を超えていた。
あまりにも巨大で、長大な黒い濁流は、ぼくらに不吉な影を落としてゆく。
口数が減るにつれて膨らんでいく不安が、はけ口をもとめて噴出した。
「なんなんだよ、あれは!? だれか説明しろよ!!」
怒りは容易く伝染する。
その叫びは、ぼくらの社会を崩壊させる、きっかけになりえたのかもしれない。
「おいっ、あれを見ろ!!」
ぼくらの感情に呼応するかのごとく、遥か上空の黒い濁流に変化がみられた。
一部が流れからはみ出して留まりはじめる。
三つの黒い球形がうまれ、うごめいて、それぞれが違った形を成していく。
「…………文字?」
青い空に黒い文字のような形ができた。
それらは『バッタ』と読めたため、ぼくらは怒りを忘れて動揺していた。
三つの黒い集団は球形にもどると、ふたたび黒い濁流に加わった。自己アピールが上手なバッタの巨大な群体、あるいは、『我々はバッタである』と誤魔化そうとしたナニカの巨大な群体は、西から東へ移動をつづけた。
黒い濁流を形成する群体は、東の空に浮かんだ、雲の向こうまで飛んでいった。
ぼくらはもう、何に怯えたらいいのかさえ、わからなくなっていた。