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第94話 徹底抗戦するロミオとすれ違わないジュリエット



 どうして、こんな事になったのだ。

 屋上に向かって全力で駆ける中、ローズは自問自答した。

 先を走るは全裸の生徒二人、追い越したのがボコボコの姿になって楽しそうに肩を組む父親達。

 母親達は、暢気に手を振って応援を。

 ついでに言えば、彼女率いる這寄グループの会社は軒並み混乱して。


(フィリアを馬の骨から取り戻すだけなのにっ! 何故こんな事になるっ!)


 信じられなかった、何年も何年も一人の存在に執着してきたあの妹が。


(私が諦めないと死ぬだとっ!? バカなっ! ブラフに決まってるっ!)


 騙されているのだ、脇部英雄という愚か者に。

 前を走る妻の姿を見て、ロダンは悲しそうに笑みを浮かべる。

 気づいているのだろうか。


(ローズ、キミはさ矛盾してるんだ。それとも目を反らしているだけかな?)


 そもそもの話だ、フィリアを英雄から引き離してアメリカに連れ帰ったとして。

 どうしてその時に、彼女自身がローズの敵に回らないと断言できようか。

 むしろ、その時こそが家族の縁を切る事となるのは明白だ。


(だからさ、キミを幸せにしたいボクにとっては。悔しいけれど何もしない事が一番ってね)


 姉妹の事は姉妹で、本質的に英雄もロダンも部外者だ。

 だが、彼を理由に選んでしまった時点で。

 脇部英雄という傑物に、介入する正当な理由を与えてしまった。

 ローズが敗北する未来を、自らの手で作り出してしまった。


(上手く着地させてくれよ英雄くん、――ローズのフォローはボクがするから)


 そして、四人は屋上に到着して。

 ロダンが目にしたのは、ローズの剣を持つ英雄とフィリア。

 二人は、ゴム紐も安全策も何一つ無くバンジージャンプの飛び込み台に立って。


「さあフィリア、バカな真似は止めてこっちに来るんだ。死んでしまっては何にもならないし、そもそも死ぬつもりなんで無いんだろう?」


「残念だが姉さん、それは貴女次第だ。私達の気持ちは変わらない」


「そうそう、僕らの事を認めてくれなきゃ死ぬからね! そうそう、それ以上近づいても死ぬから」


「――っ!! 小僧っ! 絶対に折れないぞ私はっ! そもそも何でこんな茶番をしたっ! こんな事をしてお前に何の利益があるっ!!」


 ローズの叫びに、英雄はにっこり笑って。


「あれ? 気づかなかったの? ――ただの嫌がらせさ義姉さん。みんなには悪いけどね、全部、全部が嫌がらせな訳さ」


「どういう事だっ!!」


「くくっ、まだ理解できないの? だってさ、最初から話し合わずに攻撃してきたのは義姉さんじゃないか」


「そして私達を追いつめた」


「衣食住全てを奪ってさ、栄一郎と天魔達まで脅して裏切らせたでしょ?」


「そうだっ! 何故諦めないっ!!」


「逆に聞くけどさ、何で諦めなきゃ行けない訳?」


「うぐっ」


「ほーら言葉に詰まった、だってそれは義姉さんがやってきた事だよね? ロダンさんの時もそうやって結婚したんでしょ、まあそれはドチラにも愛があったから良いんだけどさ」


「フィリアへの愛が無いと言うのか小僧っ!!」


「そうは言わないさ、けどね。それが全てじゃない」


「バカを言うなっ! 私はフィリアの事を思って――」


 そして英雄は、怒りに満ちた表情で言い放った。


「――自分の心を守るのにっ! フィリアを理由にするなっ! あの頃、虐められてたフィリアに気づかなかったのは仕方ない事だし、その後に過保護になったのも分かる、けど助けられなかった自分に酔って! 悲劇の主人公気取りでフィリアを支配するのは止めろっ!! フィリアを罪悪感を薄めるだけの薬にするなっ!!」


「ち、違っ!?」


「何が違うんだっ! じゃあ何のために僕からフィリアを引き離すっ! フィリアが心配だからじゃないのかっ! フィリアを手元において安心したいだけじゃないのかっ!!」


「私はっ――――!」


 唇を血が出る程に噛みしめ、青い顔で言葉を探すローズに。

 フィリアは静かに語る。


「もう、止めてくれ姉さん。あのふとっちょで虐められてた頃と違って、私はこんなに成長したんだ。姉さんは悔しかったのだろうが、私を救ったのは英雄で、私が愛し、私を選んで女として愛してくれているのは英雄なんだ」


「分かってるっ! そんなの言われなくても分かってるっ! だがっ! 私はどうすれば良いっ! お前を守れなかった私はっ! この先もお前を守らなければいけないんだっ!!」


「守るにしてもさ、やり方があるでしょ。さっきも言ったとおり、義姉さんのはフィリアを守るんじゃなくて、自分の心を守ってるだけ」


「小僧貴様っ!! 殺すっ!! 今すぐにだっ!!」


「ほら悪い癖だよ義姉さん、相手の意志を無視して自分の意志を押しつけるのはさ。――だから、僕らもそうする事にしたんだ」


 その瞬間、英雄の雰囲気がガラリと変わって。

 ローズだけではない、ロダンは疎か栄一郎や天魔も目を丸くして。

 ――ただ一人、フィリアだけが動じずに。


「な、こ、小僧……?」


「前に、女装した英雄が人格変わった様に見えた事だがあっただろう」


「横からスマンでゴザるが、それが今関係あるでおじゃ?」


「ああ、大いにだ。――あの変化はな、英雄が無意識に抑圧していた裏側の部分だ。人生をエンジョイする、……何もかも、自分すら犠牲にしても愉しむという暗い所。――それを呑み込んでいるのが今の英雄だ」


「――っ!? つまりこの結婚式イベントはローズ先生に嫌がらせする為だけに、皆を巻き込んで開催したでおじゃっ!? そうなると死ぬというのもブラフじゃなくて本気っ!? 愛する相手が目の前で死んでいくのを味あわせるだけにっ!?」


「ほ、本気なのか小僧っ!? お、おまっ、お前はっ!?」


「ありがとう栄一郎、流石は親友だね。僕の考えを全部理解してくれてるよ。ま、そういう訳だから――――僕は、絶対に諦めないよ」


「幸運が舞い込んで、私たちの自殺が失敗するとは考えない方が良いぞ姉さん。英雄の望みは私の望み、……何より、死をもって私達の愛が永遠になるならそれで構わない。今、こうやって隣に居られるのが幸せなのだからな」


「フィリアっ!?」


「さてさて、義姉さんはどんな気持ちかな? 自分が受け継いだ家宝とも言えるこの剣で、幸せになれる筈だった妹が、自分の所為で死ぬのは」


「こ、殺すのはお前だ小僧っ! そんな詭弁っ」


「ああ詭弁だね、でも義姉さんはあの時のフィリアの事を今でも引きずってるじゃないか。虐めたのは義姉さんじゃないって言うのに。――とっても効果的でしょ?」


 英雄の瞳は漆黒の意志と、愛という狂気に満たされて。


「ま、長々と話していてもお袋と義母さんが邪魔するかもしれないし」


「この辺りで、さよならとするか。――愛してるぞ英雄」


「僕もだよフィリア、――来世では誰からも祝福される幸せな結婚をして、孫に囲まれて死のうか」


「ああ、それはとても良い考えだ」


 二人は、結婚式でウェディングケーキのカットをするように、二人で剣を持って。


「あ、もうちょっと左にズレてフィリア。そのままだと剣が僕に突き刺さらない」


「こうか? しかし、姉さんの剣は自殺に向かないな。二人同時にだと刃の部分を持つしかない」


「そこは不安だけど、二人で突き刺せば何とかなるでしょ、下に引いておいたクッションも退かしておいたし。ああ、毒も飲んでおけば良かったかな?」


「待てっ! 待ってくれフィリアっ! 小僧っ! 本気なのかっ! 嘘だろうっ!!」


「あーあ、これで拙者たちも自殺幇助の前科持ちでおじゃるな」


「いや、這寄さんが先に死ぬんだろ? 殺人幇助も付くんじゃねぇか? 死罪にならなきゃいいよな」


「なんで貴様等は諦めてるんだっ!?」


「ローズ先生が脅して裏切る事にならなかったら、止める理由もあったでゴザるが」


「まあ、親友の死。それが俺らが一生背負う罰って奴だな」


「正気か貴様等っ! 止めろっ! 止めろっ!!」


 英雄とフィリアの本気を悟ったローズは、しかし近づけば二人の死を早めるだけで。

 ただ、力なく膝から崩れ落ちる事しかできなくて。

 そして血塗られる予定の新郎は、義姉に最後の一言を。


「残念だねぇ、もしかしたらフィリアのお腹の中には子供が居るかもしれないのに」


「……うん? ああ、そう言えばあの日から避妊しいなかったな。なら出来ていても不思議ではない。――すまないな、ちゃんと産んであげられなくて」


「そうだ栄一郎、天魔! みんなで相談して、いるかもしれない僕らの子供の名前を考えておいてよっ! そんでもって墓石に刻んでおいてね!」


 その瞬間であった。

 学校中に響く大声が、高らかに叫ばれて。


「~~~~~~~~っ!! わかったっ! わかったからっ!! 二人の結婚を認めるっ! 祝福するっ! 奪ったモノは全て返すからっ!! だからもう止めてくれえええええええええっ!!」


「ようしっ! 録音しておいた栄一郎っ! ちゃんと撮れてる天魔っ!」


「ばっちりだぜ!」「完璧でおじゃっ!」


「うむ、それは重畳。では最後に一つ頼まれてくれるか?」


「そうそう、ちょっと問題が発生してね」


「問題? まだ何かあるでゴザるか?」


「まだ何かあんのかよ? 面倒なのはもう御免だぜ?」


 すると二人は剣を杖の様に二人で持って。


「実はね、マジで死ぬつもりだったから」


「安心して、私も英雄も足と腰が震えていてな」


「もう一歩も動けないんだ、――だからちょっと助けてくれないかな?」


「ぬおおおおおおっ!? ヤベェぞ栄一郎っ!?」


「ローズ先生っ!? ――もダメでゴザるな、ロダン先生、下にいるご両親達を呼んできて欲しいでゴザるっ! 念のために下のクッションも敷き直して」


「その辺りはロダン先生に任せろよ栄一郎っ! この安全ハーネス俺に着けるの手伝ってくれっ!」


「よしきたっ!」


「出来るだけ早くしてね? 実は手も震えてきて、剣を落としそうなんだ」


「そうだぞ? このままだと予定通りに死んでしまうからな」


「ええいっ! ウルサイでおじゃっ! 黙ってまっとけバカップル!!」


「落ちるなよっ!? 絶対に落ちるんじゃねぇぞ令和最大のバカップルどもっ!!」


 結局、英雄とフィリアが救出されたのは。

 それから十分後だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いやー死ななくてよかった! [一言] やっと折れたかローズ義姉さんよぉ なかなかしぶといじゃねぇか
[一言] こうするしかなかったか・・・
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