第92話 ラプンツェルの延び縮みする髪
学校の裏門にリムジンで乗り付けたフィリア一同、彼女達はローズを先頭にぞろぞろと門の中へ。
「それで、桐壷が居るのは体育館だったか? 挨拶の一つぐらいは許すぞフィリア」
「いや、もうそろそろ始まる頃だ。客席に行こう」
フィリアの言葉を裏付ける様に、放送部のアナウンスが。
然もあらん、ローズが到着すると同時に式は開始されるようになっているのだ。
八人の黒服達に護衛されながら、彼女たちは校庭に赴いて。
「あ、ローズ先生だ」「あれ? 這寄さんって一緒じゃないの?」「というか隣の子って誰だ?」
「ふふっ、変装してきて良かったな。目立ってはいるが、誰もお前とは気付いていない。日本人は黒髪ばかりだからな、黒髪を隠すなら黒髪の中か」
「ええ、本当に。――変装してきた甲斐があったと言うものだ」
――その瞬間、空き缶の様な何かが彼女たちに投げられ。
黒服達は一斉に警戒、及びローズ達の盾となるべく即座に動いて。
「グレネードッ!! 敵襲っ!! ――ごほっ、ごほっ、煙幕だっ! ローズ様をお守りしろっ!」
「ゴホッ、やはり仕掛けて来たかっ! 私は良い、フィリアを拘束しろっ!」
『ぴんぽんぱんぽーん、今の歓迎の挨拶だよローズ義姉さん! 喜んでくれたかなっ?』
「おのれ小僧っ!! 私の剣を持てっ! たたき斬ってくれるっ!」
『なお、この放送は録音です。……あれれー? 隣のフィリアは何処に行ったのかなぁ?』
「っ!? おいフィリアはっ!? フィリアはどうし――……なんだ、居るじゃないか。はっ、失敗したな小僧、口ほどにも無い」
「大丈夫ですかフィリア様、お怪我は…………っ!? 違いますローズ様っ!?」
「はーい残念でした、可愛い可愛い愛衣ちゃんでーすっ!」
「やはり裏切っていたかっ! フィリアは何処にっ!?」
「ローズ様あそこにっ! 黒服が連れて避難させている様ですっ!」
「ええいお前の目は節穴か未来っ! あの黒服はウチの護衛じゃないっ! 奴らの偽装だっ! 捕まえろお前達っ!!」
ローズは即座に指示を飛ばすが、その途端。
『じゃあみんなっ! 時間稼ぎお願いするよっ!』
「おっしゃああっ! お祭り騒ぎだああああ!」「あの二人の愛はワタシらが守るっ!」「護衛がナンボのもんじゃっ! 部活動の臨時予算はウチらが貰ったぁっ!!」「阻止したら越前くんと机くんが全裸でカラみあってくれるのっ! だからここで止めるっ!」
クラスメイトのみならず、全校生徒がローズ達に立ち向かって。
「小僧おおおおおおおおおおおっ!! 卑怯だぞ貴様アアアアアアアアっ!!」
『卑怯とは侵害だなぁ。――あ、お帰りフィリア。ドレスあるから早く着てね。という訳でみんな後十分ぐらい粘ってね!』
「人使い荒いヤローだぜっ!」「普通、相手の家族に反対されたぐらいで生徒全員巻き込むか?」「でも報酬でるじゃん? 面白いじゃん?」「お祭り騒ぎに乗らない訳がないんだよなぁっ!!」
「いやー、愛だね」「愛だわ」「わたしのカレシも、こんな風に愛してくれたらなぁ」「あの二人には合コンをセッティングしてくれた恩があるっ! イケメン彼氏との出会いをありがとうっ!」「え、何それずっこいっ!?」
そして。
訓練を積んだプロフェッショナルとはいえ、相手は高校生。
本気も出せず、しかも多勢に無勢である。
「ダメです、相手が多すぎて――うわああああああ」
「ローズ様申し訳――――や、やめろおおお、俺には故郷に残してきた幼馴染みがっ!?」
「ああっ! アイツ女子高生にお持ち帰りされやがったっ!? 顔かっ!? 世の中顔なのかっ!?」
「おーい君たちっ! オレは二十代にして年収一千万で、出世株だぞっ!」
「しまったっ!? その手があったかっ!」
「貴様ら真面目にやれっ! 減給するぞっ!! というか全員の志気が低いっ、どうなっている未来っ!!」
「いえローズ様? あのお二人は屋敷の者からも応援されてますし。ぶっちゃけ最初からローズ様はアウェーっていうか。この件に関しては、奥様からも好きに動けと」
「聞いてないぞっ!?」
「言うなと言われてますので」
しれっと述べた未来に、ローズは地団駄を踏んで。
『はーい、黒服達は拘束した? え、何人かが体育倉庫や保健室に連れ込んだ? はー、それはご愁傷様? まあいいや! こっちは準備できたよっ! ご苦労様!』
英雄がそう言った途端、生徒達は散っていく。
残されるは、ローズと未来。
――次の瞬間、正門から車が入り。
「あら、もう始まっていましたの?」
「だが本番には間に合った様だ」
「やっほーローズ、遅れたみたいだねゴメン」
現れるのは、ローズの愛する夫と両親。
『やあやあ、皆さん! やっと揃ったねっ! では屋上を見てよ! あ、栄一郎。アチラにマイク渡して』
全員が顔を見上げると、そこには白いタキシードの英雄と、純白のウェディングドレスのフィリアが。
そして隣には謎の設備も。
「ささっ、どうぞマイクでゴザる」
「……チッ、やはりそっちに着いたか机。まあいい、――『小僧っ! フィリアのウェディングドレスを選ぶのは私の筈だったのにっ!!』」
『ふふっ、綺麗よフィリア』
『ところで英雄、オレはローズが認めなければダメだと言ったが。キミは何をするつもりなんだ?』
『良い質問ですねっ! そんでもって、みんなにも言ってなかった謎のマシーン起動! ウイーンゴゴゴゴ』
『いや英雄? 効果音を自分で言う必要なかったのでは?』
『いや、だってみんなには聞こえないじゃん?』
謎の設備は、プールの飛び込み台の様な何かの形になって。
『では単刀直入に言いますっ! ――僕らの仲を認めてくれないと、ここを飛び降りて死ぬ!!』
『という訳だ、すまないが私は愛故に一緒に死ぬ。さあ姉さん、返答は如何に?』
ローズに全員の注目が集まる。
誰もが例外なく二人の言葉は嘘だと考えた、ローズには嘘だという確信が持てなかった。
(クソっ、追いつめすぎたっ! いや騙されるなっ! ブラフに決まってるっ! 小僧が本当にフィリアを愛しているなら、死など選ばない筈だっ! ――だが、だがっ!)
迷うローズの額に、脂汗がにじみ出る。
マイクを握る手は、ワナワナと震えて。
「――貴女が決めなさいローズ。あの二人を生かすも殺すも、全て貴女次第よ」
「母さんっ!?」
「いやカミラ? ちょっと無責任過ぎやしないか?」
「あらユーリ、あの二人の覚悟が分からないの? ええ、あの子は私以上に重い子よ? 下手に止めたらこっちに被害が来ると思わない?」
「被害も何もっ! 我が子だぞっ! 自殺しようとしてるなら止めるべきだっ!!」
『ああ、義父さん? お気持ちはありがたいけど、こっち義姉さん以外がこっち来たら飛び降りるよ? まあ、そもそも。親父とお袋の妨害を突破出来たらの話だけど』
『おい王太っ!? お前より酷いじゃないかっ!? 息子の教育はどうなってるっ!?』
『あーテステス、こちら英雄ファーザー。なあユーリよぉ、それ自分の娘達を見て言えるか? 俺は言えるっ! 流石は我が息子っ! 後の責任は取ってやるから存分にやれぇっ!』
『王太テメェっ!? ちょっと待ってろっ! 今すぐそっち行くから待ってろっ! 学生時代の借り、纏めて返してやるぞっ!!』
「父さんっ!? 乗らないでっ!?」
「じゃあ私も着いて行って、こころと喧嘩してくるから。後はロダンと相談して決めなさい」
「母さんまでっ!?」
『こころ聞いてる? 貴女に恨みはないけれど、面白そうだからぶん殴りに行くわっ!!』
『その挑戦、受けて立つ』
「何なのだこの事態はっ!! フィリアの生死を放置して喧嘩しに行く親があるかっ!!」
『その言葉だけは、僕も同意しちゃうね』
『お前が言うなっ!!』
ローズが頭を抱えて叫ぶ一方、天魔と愛衣は客席を回って。
「はいはい! トトカルチョだよーーっ! 一口食券一枚からっ!」
「バカップルVSローズ先生は、バカップル優勢ですっ! 親の喧嘩は、フィリア先輩のお母様が人気ですよっ!! いやー、ハリウッド女優のナマ喧嘩が見られるって贅沢ですねぇ!!」
なお、このトトカルチョの利益で結婚式イベントの費用の半分を賄う作戦である。
閑話休題。
そんな騒ぎなど気付かず、ローズは悩みに悩みまくって。
『義姉さん、まだ答えでないの? そろそろ飽きてきたんだけど』
『早めに結論を出してくれないと、足が滑るかもしれないぞ?』
『ああああああっ、もうっ!! 認めん認めん認めん認めんぞっ! 騙されるものかっ!!』
『あ、そう。残念だね』
『では、さらばだ』
は? と誰かが呟いた。
刹那、誰もが目を丸くして屋上を見上げて。
――英雄とフィリアが落下したのだ。
『フィリアああああああああああああ…………はい?』
『いやっほおおおおおうっ!! なぁーーんちゃってっ! はははっ! 騙された? ビックリした? 腰抜かした?』
『ふふっ驚いたか姉さん、今のは冗談だ。――今のは、な』
地面に血の花が咲く悲劇を覚悟した瞬間、びにょ~~んと二人の背中からゴムが。
そして何度か上下して、するするゴムが巻かれ飛び込み台に戻っていく。
『どういうつもりだ小僧っ! こんな事で認める訳がないだろうっ! もう絶対に許さないからなっ!!』
『いやいや、誤解して貰っちゃあ困るよ義姉さん。今のは警告さ。――フィリア?』
『うむ、そしてこうして……命綱とゴムをぽいっと。認めてくれないと、次こそは本気で飛び降りる』
『という訳さ、中々のデモンストレーションだっただろう? じゃあ今度は直接返答して来てよ、もしかしたら微粒子レベルでフィリアを奪えるチャンスがあるかもよ?』
『小僧っ! そこを動くなよっ! 絶対だからなっ!』
ローズはそう言うと、夫に般若のような形相で。
「ロダンっ! 私の車から剣をもって来てくれっ! 私は先に行くから追いついてこいっ!!」
「わかった、すぐに行くよっ!! ……まさかこんな方法で来るとはなぁ。ああ、屋上に行くのが怖いよ。でもローズを一人では行かせられないってね」
走り出すローズとロダンを確認し、英雄とフィリアは右の拳を合わせて不敵に笑った。




