第90話 ロミジュリ大作戦
次の日の深夜である。
結婚式イベントの準備は、着々と終わりに近づいていた。
英雄のが新たに希望した仕掛けも、どうにかこうにか設置が終わって。
屋上にはブルーシートで覆われた大きめの物体と、女装済み英雄と栄一郎。
「……マジでやるのかにゃ? 一歩間違えば。拙者達は大ダメージでゴザルよ?」
「あ、そこは僕達の心配じゃないんだ?」
「当たり前でゴザルっ! 出来ることなら、今回ばかりは付き合いきれねぇぜ、とか、貴様にはほとほと呆れ果てた、降りさせてもらう。ってクールに去って、美味しいところで登場したいぐらいでおじゃっ!!」
「良いポジションをお望みだね栄一郎、しかし今の君は特撮や女の子向けの悪の組織の幹部なんだ」
「ははぁ? つまり物語後半で、主人公達に情が沸いて仲良くなるも、上の命令に従って敵対して死ぬ。お涙頂戴ポジションでゴザルな?」
「その場合だと、主人公はローズ義姉さん達って事になるけど良いの? 今なら、酷い男に騙されてる美少女を救うって言う大義名分があるけど……」
「残念ながら、我輩の好みは年上でゴザルからなぁ……」
「義姉さんは年上だけど?」
「寝取りも寝取られもノーセンキューでゴザル。拙者もダークサイドの人間でおじゃるから」
「その点、義姉さんもダークサイドだし。うーん、これってもしかして、仁義無き戦い?」
「アウトレイジかもしれないでゴザルな……、じゃあ拙者。冒頭で殺されて抗争の発端となる役でおじゃっ!!」
「じゃあ僕は、オジキの仇を取って死ぬ若頭!」
「おいおい、お前らない洒落にならない話してんの? というか俺も混ぜろって」
「頼んでた事は終わった?」
「ばっちりだ、お前こそトチるんじゃねーぞ? んで俺の役は…………」
「残念だがそれは後日にしてくれ越前、――そろそろ次の一手を打つ時間だ」
「やあフィリア、こっちの準備はバッチシだよっ!」
「…………君はどうしてこう、奇想天外な事を。少し姉さんが可哀想になってきたぞ?」
「衣食住とお金と奪われて、愛する妻まで奪われそうになってる男のやる事にしては。とっても優しいと思うんだけどなぁ。ちな、栄一郎と天魔ならどうする?」
「俺? 初手で愛衣ちゃんを差し出すぜ。同じシチュなら邪魔してくる相手が栄一郎だろ? 愛衣ちゃんなら栄一郎をぶっ殺してでも、俺のトコに帰ってくるだろ」
「愛衣ならやりかねないから、言うなでおじゃっ!? まあ、拙者なら降参して反撃するでゴザル。その前に茉莉は拳で殴りかかりそうでおじゃるが」
「あれ? 徹底抗戦しないんだ?」
「バカだな英雄は、この状況で反撃に移るのは君ぐらいだ。――さ、行くぞ! 派手に喧嘩してこようじゃないかっ!」
「だねっ! ああ、殴っても良いけど顔は止めてね? 出来れば寸止めでお願い」
「うむ、思いっきりやれという事だな。理解したぞ」
「違うよっ!? まぁいいや、じゃあまた後でねっ!」
そして二人は別々のルートで駅前に向かい。
「(こちらロミジュリ・アルファ、メイドと執事の接近を確認)」
「(こちらロミジュリ・ブラボー、サングラスの黒服の男達も多数接近を確認)」
「(こちらロミジュリ・デルタ、這寄先生と這寄さんのメイドさんがアパートを出ました!)」
「(情報ありがと、でもロミジュリって何? 僕、そんなコードネーム付けた覚えはないけど?)」
「(ああ、それは私のアイディアだ。今の私達にぴったりではないか?)」
「(えー、ロミジュリって悲劇でしょ? 僕らには似合わなくない?)」
「(英雄はやりすぎるからな、マイナスなコードネームでバランスを取っておかないと)」
「(えー、こちらロミジュリ・リーダー。とっとと始めろ、くれぐれもしくじるなよ? アタシの立場がヤバくなるんだからな?)」
「(はーい、茉莉センセ)」「(任せてくれ跡野先生!)」
「(名前で呼ぶなっ! ロミジュリ・リーダーと呼べっ!)」
茉莉の文句はさておき、途中で合流した二人は駅の改札の前で。
それまで仲良く握っていた手を振りほどき。
「見損なったぞっ!! 姉さんに反対されたくらいで君は私を諦めるのかっ!!」
「諦めないよっ! ただ少しの間だけ、遠くに逃げようって話じゃないかっ!! どうして分かってくれないんだっ!!」
「それを諦めるというんだっ!! 英雄は本当に私を愛しているのかっ! この顔と体と、私の実家の金が目当てなんじゃないのかっ!」
「僕の愛を疑うのっ!? フィリアってば僕の何を見ていたんだっ! あんなに尽くしたのに、なんで悪く言われなきゃいけないんだっ!!」
「何をっ!!」
「何だよっ!!」
突如始まったカップルの喧嘩に、周囲の人々は好奇の視線で。
中には足を止めて傍観する者も。
――そして静かに包囲網を作る、メイドと執事と黒服。
「はっ! そうかいそうかいっ! 君にとっちゃあ、僕なんて地位も名誉も無い庶民で平民で、いつでも切り捨てられる遊び相手だったんだねっ!!」
「お前こそっ!! 私にタカるだけタカって! 財布が付いたダッチワイフだったんだろうっ! なんて男だっ!! この女の敵めっ! どうせ一緒に逃げようなんて、行った先には私の家の者が待ってるんだろう!? はっ、幾ら金を積まれたんだ!!」
「よく言うよっ!! 君こそ実家に帰ったら、イケメンのボンボンの婚約者でも用意されてるんだろう? とんだビッチだなっ!!」
「貴様っ!!」
「何だよクソオンナっ!!」
二人はメンチを切って睨みあい、その姿に包囲が完了しつつあるローズサイドも困惑を隠せない。
「(こちらロミジュリ・エコー。アチラさん包囲完了、……戸惑ってますね?)」
「(普段の姿見てても、ちょっと信じちゃいそうだわ)」
「(むふふっ! フィリアさんを男にして、悪い脇部くんとの、何か爛れた関係のBL! 新しいネタが沸いてきたっ!!)」
「(ロミジュリ・ブラックレイディ先生? 出来たら机君との三角関係も追加でオネシャス!)」
「(テメーら真面目にやれっ! あとアタシにも完成したら一部くれっ!)」
無線から聞こえる声に、思わずツッコミたくなる英雄をフィリアであったが。
それそろ茶番も終幕である。
「もう貴様とは別れるっ!!」
「僕の方こそ愛想が尽きたよっ! ……別れる前に一つ良い?」
「なんだ? 謝罪の言葉は受け付けないぞ?」
「そうじゃなくてさ、――――別れる前に、ラブホ行って一発ヤらない? 君ってばツラとカラダだけは最高だったからね!」
「この女の敵がっ!!」
「ぐぼぁっ!? わりとマジで痛い腹パンっ!? ぐぬおおおおおっ!」
「このっ! このっ! このっ! お前と恋人になったのが人生の汚点だっ!!」
「追撃っ!? あだっ!? 痛いっ!? そこを踏まえれたら女の子になちゃうっ!?」
倒れた英雄に、革靴の踵でゲシゲシと蹴るフィリア。
その最後の一撃が放たれる前に、未来が慌てて飛び出してきて。
「ストップっ!? ストップですよお嬢様っ!?」
「ああ、未来かっ! ちょうど良いところに来たっ! 姉さんの所に帰るぞっ!」
「え、ええっ!? 英雄様はっ!?」
「そんなバカほっとけっ! もう恋人でも何でもないっ! 訴えても慰謝料なんて払うなよっ! むしろ先に訴えてやるっ!!」
「お、お待ちください! 車を回してきますのでっ!」
「ち、ちくそう…………」
そしてフィリアと未来の後を追って、困惑したままのメイド執事混合部隊は移動を始める。
「(よし、ロミジュリチーム! 奴らが離れ次第、脇部を回収するっ! ブラックレイディ、身代わりの準備は出来ているな? エコーはそのバックアップだっ、手筈通りに動けっ!)」
「(アルファ了解)」「(ブラボー了解)」「(チャーリー了解)」「(エコー了解)」「(ブラックレイディ了解)」
そして、英雄が回収されトイレで女装。
クラス一番にして学校一番の同人BL作家が男装し、英雄のフリをしながら駅を去り偽装工作完了。
――未来が手配したリムジンの中で、フィリアはローズと対面して。
「しかし驚いたな、お前が小僧と別れるなんて」
「危機に直面して、醜い本性が出たんだ。――悔しいが、姉さんの言うとおり英雄……いや、あのバカは私の運命の人では無かったようだ」
「お労しやフィリア様……」(本当に愛想尽かしたんですかね?)
「ふふっ、お前が私の所に戻ってきてくれて嬉しい」
「ええい、ベタベタするな姉さんっ! それより、アメリカに帰るんだろう? 何時帰るんだ?」
「おおっ、本当に一緒に帰る気になったのかっ!」
「今回だけだ、だが今すぐにというのは嫌だ」
「というと? 小僧と別れた今、やる事があるのか? 次の学校も日本にするのか?」
「次はアメリカで良い、――姉さんは聞いていないのか? 私達がしようとしていた結婚式のイベントが、明日あるんだ」
「む? 聞いていないが……しまった、連絡が入っていたな。まあ良い、いつでも辞めれる契約になっている」
「フィリア様、お遊びの結婚式に未練がおありで?」
「さっぱりない、むしろ出るとバカの関係者に会いそうで嫌だ。……だがな、クラス以外で一番仲の良かった桐壷という女子が居るんだ」
「たしか、風紀委員長だったかソイツは?」
「ああ、彼女が恋人とそのお遊びに出るそうだ。どうせこれっきりの付き合いだし、花嫁姿を見ておこうと思ってな」
「それからアメリカに帰ると?」
「ほんの少しだ、目立たないように変装もする。ダメか? なら私は日本に残る、勿論、バカとは遠く離れた県だが」
「ふむ……」
(さて、どうしましょうか)
考え込むローズと同様に、未来も悩んだ。
彼女の見立てでは、先程の喧嘩は茶番――それにしては本気で蹴りつけていた気がするが。
ともあれ、フィリアの味方をするか、ローズの味方をするか。
「…………ローズ様、少しぐらいなら良いのではありませんか?」
「ふむ、詳しく言え」
「英雄様とフィリア様の罠の可能性もありますが、もし本当の場合、お二人の仲に禍根が残る可能性があります」
「ああ、そうだな。私も小僧と別れたなどと、百パーセント信じている訳ではない。――カメラの映像では本気で殴っていたから、半信半疑だが」
「ほほう? 姉さんは私を疑うと?」
「ああ、疑うね。……だが、仮にお前が小僧とままごとの結婚式を挙げたとして、何が変わる? 今の小僧に何が出来る?」
「ええ、ですので。フィリア様のご希望を叶えても良いのでは、と。周囲にSPを配置しておけば、学校の時の様に逃げられる事は無いでしょう」
未来としては完全に罠で、この窮地でやらかすのが脇部英雄だと確信していた。
(フィリア様が選んだ男で、フィリア様を愛する男なんですよねぇ……、ローズ様はロダン様と交際なさる前は、何度も出し抜かれた事をお忘れなのでしょうか? 英雄様はロダン様より厄介だというのに)
とはいえ、言わぬが花である。
フィリアと英雄が勝利した場合には、この指摘をしなかった事こそ援護だと言い張るつもりだし。
ローズが勝利した場合には、それこそ何も言わなければ良いのだ。
「よし、フィリアの希望通りにする」
「それでこそ姉さんだっ! だが礼は言わないぞ、姉さんが邪魔しなければ私は偽りとはいえ、夢に浸っていられたのだからなっ!! なあに、いざという時を心配するなら、姉さんは剣を持って行けばいい。未来、忘れずにな!」
「宜しいのでローズ様?」
「ふん、剣を持って行けなどと……、良いだろう用意しておけ未来。杞憂ならばそれで良し、小僧が何か企むなら片手一つぐらいで勘弁してやろうではないかっ!!」
「話がまとまった事ですし、一度帰りましょうか。――ローズ様、英雄様を追跡していますが取りやめますか? どうやら、ゲームセンターで寝泊まりできるように頭下げている様ですが」
「…………追跡と監視は怠るな。油断するんじゃないぞ」
「了解しました」
部下が追跡しているのは、絶対に偽物だと未来の勘は囁いていたが。
(何するか知りませんが、上手くやってくださいよ英雄様……)
大事にならなければ良いと、未来は儚い祈りを捧げた。




