第89話 リ・ユニオン
英雄がとフィリアが姿を消してから数時間以上が経過していた。
ローズは未来達に命じて、四方八方を探し尽くしたが。
目撃情報は公園に入った後から途切れ。
「ええいっ! まだ見つからないのかっ!! こうなったら警察の手を借りて……いや、それでは要らぬ面倒が……」
(あー、これはダメなパターン入りましたね。フィリア様だけなら問題無かったでしょうが)
「何ィっ!? 脇部王太が帰国するだとっ!? 何時だっ! ええい、今度は何だっ!? はぁっ!? フィリアの会社が脇部の差し金で買収完了寸前だとぉっ!? チィっ!? 何が起こっているのだっ!!」
「僭越ながらローズ様、判断を誤りましたね。だからあれ程、英雄様を懐柔してからの徐々にフィリア様と引き離す作戦が一番だと言いましたのに」
「くっ、それでは迂遠すぎるっ! 食料も住むところも! 協力者まで排除したのに! 道路も監視させて、監視カメラも買収済みなのにっ!! どうして見つからないっ!! 奴はどこで何をしているんだっ!! フィリアは目立つっ! 何故フィリアも発見できないっ!!」
「落ち着いてください、もう一度最初から探し直しましょうローズ様。手持ちの資金はすぐに尽きる筈です、誰かに匿われているとしても。数日すれば我らならば特定出来ます」
「…………待てと言うのか?」
「勝利目前が一番脆いと言います、今は油断無く獲物がかかるのを待つべきかと」
「仕方無い、か」
英雄とフィリアの部屋の中、憎々しげに窓から延びるロープを睨むローズ。
澄ました顔の未来は心の中で、ため息を一つ。
(時間を与えたら英雄様とフィリア様は……いえ、そもそも逃亡を許してしまった時点で)
未来には、二人がどんな逆転劇を考えているかさっぱり予想がつかなかったが。
次に姿を見せた時こそ、この事態の終わりの始まりであろうと。
敬愛する主人とその伴侶の勝利だと、確信をしていた。
一方その頃である。
一度は帰宅したが、茉莉のリクエストでコンビニスイーツを買って帰ってきた栄一郎であったが。
玄関に入るなり、違和感に気付いて。
「知らない靴だな。誰か来てるのか? おーい、茉莉――――っ!?」
「やあ栄一郎、僕の分のポテチはあるかな? のり塩があれば良いんだけど」
「遅かったな机、私の分のコンソメ味はあるか?」
「……すまん栄一郎、助けてくれ」
「お、おお、おおおお、おおおおおおっ!!」
「お? 何が言いたいの栄一郎? おっとっとの方が好き?」
「いや、大判焼きの方が好きという自己主張かもしれないぞ?」
「アタシは、お姉ちゃん大好き! だと思う」
「お前は何やってんだ英雄っ!? というか茉莉もっ! よくそんな格好で暢気にしていられるなっ!」
「ふふーん! では月並みだけど言わせて貰うよっ! 茉莉センセの命が惜しければ、僕の言うことを聞いてね!」
「これは越前の時のような玩具ではない、見覚えがあるんじゃないか?」
「ウチの果物ナイフだって事ぐらい見れば分かるっ! そもそも何で女装してるんだお前っ!! そして這寄は何だそのレディース姿はっ!! 頭おかしくなったのかっ!?」
栄一郎が叫んだのも然もあらん。
英雄はフィリアと交換した女子の制服を来て、何故か銀髪のウイッグ。
フィリアは金髪をリーゼントにして顔にはサングラス、衣服はというと喧嘩上等と背中に刺繍がしてある白い特攻服、――コテコテのヤンキー姿。
「詳しい経緯は省くけどさ、最初は単に制服を交換しただけだったんだよ」
「だが、こんな事態だ。それだけでは不安だろう?」
「だからアパートのお隣のコスプレ大好き小池さんに、衣装を借りたんだ」
「純情暴走族の甘い罠というBL漫画の主人公のコスプレだ、似合っているだろう?」
「知らねぇよそんな漫画っ!? というか誰だよ小池さんっ!!」
「ええっ、知らないの小池さんっ! ウチのクラスの小池君のお爺ちゃんじゃないかっ!!」
「どんな爺さんだっ!? というかクラスメイトの親戚関係まで把握してねぇよっ!?」
「いやー、ローズ義姉さんも徹底が甘かったね。アパートの周囲の交流関係まで潰されてたらどうしようかと思った」
「ああ、皆が籠絡されていたから。てっきりダメだと思っていたが」
「いやー、危険を犯して突撃してみるもんだね」
「…………そうだよなぁ。お前ってそういう奴だよなぁ」
英雄とは二度と敵対関係にならないと、堅く魂に刻んだ栄一郎であったが。
「それで? 茉莉を人質に取って拙者に何をさせたいでおじゃ?」
「口調を取り繕う冷静さは戻ったね?」
「取り繕うと言っていいのか? まあいい、英雄から話す前に私から忠告だ」
「忠告? なんでおじゃ」
「今の英雄はダークサイドの力に目覚めている、――逆らうと尊厳を喪われるだけマシと思え」
「これはかなりマジな忠告だ、アタシはコイツらに従う」
「…………マジ?」
「酷いなぁ、今の僕は光と闇のパワーが合わさって最強に見えるだけさ」
「光? もしかして英雄殿、普段の自分を光属性と考えてたでおじゃ? あれで?」
「ええっ!? 違うのっ!? 普段の僕ってば光そのものじゃないのっ!?」
「私にとっては光だが、端から見れば混沌属性だぞ?」
「教師からも同じ見解だな」
「親友としても同じだ」
「そんなバカなっ!? 清く正しく美しい僕がっ!?」
「本当に清く正しく美しかったら、風紀委員に睨まれないでゴザルよ」
「それもそうだ、じゃあ改めて言うよ。――今回だけで良い、僕に全てを捧げてよ栄一郎」
「見返りは? でゴザル」
「僕らが勝利したら、ローズ義姉さんより一段上の報酬をフィリアが用意する」
「勝算はあるでおじゃ?」
「義姉さん次第だけど、確率は高いって確信してる」
「失敗した時のデメリットを述べるでおじゃ!」
「栄一郎も含めた全校生徒がトラウマになるぐらいかな? それと……あー、茉莉センセや校長センセに迷惑かけちゃうね」
「…………気になる事は多々あるでゴザルが、どう考えても何時もなら選択しない手では?」
「言っただろう? 僕はダークサイドの力を手に入れたって。そもそもどうやって入ったと思う? このマンションの管理人を誘惑して」
「そして私が隙を突いて鍵を盗んできた」
「ヤベーぞコイツ等、物音一つ無しに侵入して。気付けば首もとにナイフだ。抵抗する暇もありゃしねぇ」
「…………成程でおじゃ。しかし何故、降参しなかったでおじゃ? それが一番穏当で、後の勝算も悪くない手であったでゴザルよな?」
瞬間、空気がドロリと淀んで。
その発生源は、銀髪の美少女もとい英雄。
「栄一郎のバカっ!? 脇部の地雷だぞソコはっ!?」
「やれやれ、最初に言っておくべきだったな。よし英雄、ナイフは私が変わろう」
そして英雄は表情の抜け落ちた顔で、眼孔だけは爛々と輝き。
銀髪美少女という格好が、その狂気とも呼ぶべく雰囲気を増長させる。
「ねえ栄一郎……、何で僕らが義姉さんにさぁ、降参しなきゃいけないんだい?」
「そ、それは……」
「ふふふ、そんなに怯えないでも良いんだよ栄一郎。こんなに震えちゃって……」
「ひゃおうっ!? 何でおじゃるその手つきっ!? 色気がどうこうじゃなくてっ! ああっ、上手く言えないが変な扉を開きそうな仕草をするんじゃないっ!!」
「大丈夫さ、君が僕を望んでも。それは僕という魅力が優れ過ぎていたってだけ。男相手は初めてだけど、天国に行ける快楽は保証するよ」
「俺が大丈夫じゃないっ! おい這寄っ! 暴走してるだろコイツっ!!」
「残念ながら、ダークサイドに堕ちた事で制御を完璧にしたみたいでな。お前が下手を打つと私にまでとばっちりが来るから気をつけてくれ」
「僕としても浮気はしたくないんだけどさ、勝利する為なら仕方ないよねって。大丈夫だよ、君との友情は壊れちゃうけど、その変わりに愛が産まれるさ。茉莉センセには悪いけど、第二婦人にするよ」
「助けて茉莉っ!?」
「スマン、人格変わるレベルでこっちに被害でそうだしムリだ。とっとと全身全霊で協力するって言っておけ。――――ローズ先生のバカめ、問題児を怪物に進化させやがって」
「私から言うとだな、英雄は愛の重さに目覚めたから。…………正直、この一件が終わるまで制御出来ないと思うんだ」
「そこは頑張れよ恋人っ!?」
「私では流されるのだっ! そもそも此処に来る前は心中する寸前だったのだぞっ! 英雄が正気に戻らなければ今頃は訃報が入ってる!」
「つまる所さ、義姉さんがエゴで僕からフィリアを奪うのなら。僕らもエゴで全てを踏みにじるしか無い訳じゃん?」
「ひ、英雄の常識がっ!? 最後の一線が無くなってるっ!? …………――――そうだっ! あははっ、言い忘れてたぜ英雄っ! 実は裏切ったフリしてお前らの味方をするつもりだったんだっ! 親友として是非とも協力させてくれっ!!」
青い顔をした栄一郎は、手のひら大回転でうわずった笑い声。
もはやローズとの取引がどうのと言っていられない、英雄に敵対、即ち人生終了まで見えている。
「ありがとう栄一郎、ああ、男に目覚めたなら言ってね? 僕で良ければ相手するから」
「いやー、拙者は茉莉を愛しているからな! 万が一、億が一にもあり得ないでおじゃっ! なっ、そうだろう茉莉っ! 愛してるでおじゃっ! 愛してるから茉莉っ!!」
「はいはい、見捨てないから落ち着け栄一郎。――それで? アタシ達は何をすりゃあ良いんだ?」
「じゃあ校長先生に連絡取って、それから天魔と愛衣ちゃんにも連絡かな」
「校長にも? あー、学校を巻き込むとか言ってたなオマエら」
「簡単に言えばね、――結婚式のイベントをしよう! 具体的に言えば明後日ぐらいに!」
「という事だ、忙しくなるから早く動くぞ」
「了解でゴザルっ!」
「アタシの役目は連絡係と移動手段だな? 今すぐにでも動こう」
英雄とフィリアの反撃が今、始まったのだった。




