第85話 包囲殲滅陣
「――ぜぇぜぇっ、に、逃げ切ったっ!」
「鍵をかけるっ! そしてチェーンもだっ! こ、これで一安心だっ! まったくっ、しつこい奴らめっ! 私たちは逃げ切ったぞっ!!」
おおよそ一時間の逃走の後、フィリアと英雄は愛しい安アパートへ無事帰宅して。
二人とも、靴を脱ぐと早々にゴロンと寝転がる。
然もあらん。
運動部員でもない二人は、特段に鍛えているという事は無く。
肉体的素質はともあれ、体力は平均そのもの。
二人はのそのそと腹這いで移動して。
水分を補給したら、無言で休憩を取る。
そして一時間後。
「…………おい英雄、不味い事になった」
「奇遇だねフィリア、僕の方もバッドニュースがあるんだ」
「ふむ、喜ばしい話はないのか?」
「君こそ?」
「仕方ない、では英雄から話してくれ」
「では率直に、テレビで取り上げて貰うって話あったじゃん? どーもローズ義姉さんが圧力かけてポシャったみたい。ついでに僕の各種アカウントが凍結してる。生きてるのは通話とメールアプリだけだね。ついでに銀行口座が凍結された」
「奇遇だな、私も銀行口座が凍結された。キャッシュカードもだ。さらに会社が義姉さんに乗っ取られてる状態だ。詳しい事は省くが、これを解決するにはアメリカに行って直接解決するしかない」
「……」「……」
見つめ合う二人の顔に、冷や汗がダラダラ。
「どどどどどど、どうしようフィリアっ!? バイト代入るのまだ先だし。財布の中は千円しかないよっ!?」
「私も同じだっ!! 電子マネーも銀行口座も全部奪われたっ!! 一週間暮らせるかどうかも怪しいぞっ!!」
「あーもうっ!! 追ってが栄一郎達だけって事を疑問に思うべきだったっ!!」
「家の者を使わないのはこういうワケかっ!! 私達を兵糧責めにするつもりだなっ!!」
「やり方が大人げないよ義姉さんっ!! ガチだよっ! どう対策すれば良いんだいっ!!」
「くっ、こうなったら未来を呼ぶしかない」
「そうだね……未来さんに迷惑かけたくなかったけど。仕方がないか、じゃあジュースでも飲んで落ち着こう」
「ああ、ポテチを食べてリフレッシュだ」
そして台所に向かった英雄とフィリア。
しかし。
「れ、冷蔵庫の電気がっ!? まさか電力会社までっ!? ――テレビが付かないっ! スマホも充電できてないっ!!」
「そんなバカなっ!? この家の食料が丸ごとなくなっているぞっ!!」
「大変だっ! 水道も止められてるっ!!」
「…………」「…………」
再び顔を見合わせる二人、その顔は冷や汗がダラダラダラ、真っ青になって。
「ねえフィリア? もしかしてさ」
「言うな」
「僕たちってば、完全に詰んだ?」
「言うんじゃないっ!! ぬおおおおおおおおおおおっ!! どうすれば良いんだああああああああっ!?」
「結婚式で使おうとしてた策は潰された、衣食住も壊滅状態」
「いや、まだ二つだ! 八方塞がりじゃないぞっ!」
「生きるために致命的なモノが欠けてるんだよっ! 君ってば隠し財産とかないのっ!?」
「それも含めて凍結されたのだっ!! どこまで大人げないんだあの人はっ!!」
「くっ、こうなったらマンガとか売れるものは売って。せめて次のバイト代が出るまでは…………」
「――――こ、ここまでやるか?」
「え、まだ何かあるの?」
本棚の前でがっくり項垂れたフィリア、怪訝に思った英雄が本棚から本を取り出すと。
「フェイクじゃんこれっ!? 僕らの本は何処に行ったのっ!? カバーだけ本物で中身白紙とか手の込んだ事しやがってっ!!」
「も、もう終わりだ…………。いや待てっ! 義母さんと義父さんが残ってる!」
「親父とお袋っ! よし今すぐコール!!」
『留守番メッセージからコンニチワ、全世界の脇部王太だ! このメッセージが流れてるという事は、多分、二、三日は忙しくて電話に出れな――』
「おーう…………」
「繋がったか英雄っ!?」
「ダメだ、数日は電話にでれないって留守番メッセージが。メール送ってみるけど、間に合うかなぁ……」
「まだだっ! まだ未来が残ってる!」
「そうだねっ! 未来さんが来てくれれば――」
だが二人の言葉は震えていて。
ここまで手を回して、果たして未来が無事なのだろうか。
「どうしようフィリア、未来さんまで捕まってたら……」
「裏切りこそ絶対に無いだろうが、…………姉さんの手が回って…………ああっ、もうダメだっ!」
「あれもダメ、これもダメ、ウチの親には連絡繋がらない、未来さんもヤバイっ! …………火を持ってきてフィリアっ! こうなりゃ最後の手段だっ!」
「火? マッチもライターも無いし、コンロも点火しないが。そもそも何をするつもりだ?」
「絶対絶命の窮地、なら逆に考えるんだっ! もうこのアパートも燃やしてしまえって!」
「その後は?」
「取りあえず、人生五十年って敦盛でブレイクダンスする。君はラップで歌詞をお願いね?」
「英雄はトチ狂ったっ!? 家まで失ったら本当に本当の終わりではないかっ! 殿中でゴザル英雄殿っ!」
「栄一郎みたいなコト言わないでっ! 取りあえず燃やして踊るよっ! 冬なのに暖房なくて寒いんだって!」
「せめて踊るだけにしろっ! 家まで燃やすなっ!」
「フィリアだって燃やしたじゃんっ! 僕が燃やしても良い筈だよっ!」
「冷静になれ英雄っ!! ほうら、私の胸に飛び込んでおいで!」
「え、何この状況でサカってるのフィリア? 今の状況分かってる?」
「急に冷静になるなっ!! 元はといえば君が混乱していた所為ではないかっ!!」
「…………戦国時代の人生って、五十年しかないってホントかなぁ~~」
「踊るなっ!」
「踊る以外に何しろって言うのさっ!! ナイナイナイ、ナイ尽くしだよっ!」
頭を抱えて叫ぶ英雄に、フィリアは苦渋に満ちた表情で。
「――負けを、認めよう」
「それで?」
「そうなれば、私たちから取り上げた全てを返すだろう」
「でも君はアメリカに連れて行かれるよね? 一番大事な者を奪われる結果だよね?」
「…………だが、もしそうなっても。英雄は私を助けに来てくれるだろう?」
懇願するような上目遣いに、英雄は愛するフィリアを抱きしめて。
「今っ! そんなもしもの事なんて考えたくないっ! 絶対に僕は諦めないぞっ! 確かにローズ義姉さんに敗北を認めれば今は助かるさ! そして君を助けに行くという次のステージが開ける」
「道は、もうそれしかない」
「駄目だっ、絶対にだっ! 僕らが何をしたっ! ローズ義姉さんに攻撃したか? 何かを奪ったか? 答えはノーだっ! 僕と君との愛を義姉さんのエゴで潰されてたまるかっ!! 僕は絶対に敗北なんて認めないっ!!」
「英雄……」
強く、強く抱きしめられて。
フィリアは英雄の胸に顔を埋める。
「…………すまない、弱気になっていた」
「しょうがないさ、僕だって不安だ」
「でも、諦めないんだろう?」
「だってフィリアはさ、僕と離ればなれになってもずっと僕の事を諦めずに想っていてくれただろう? 再会して気づかない僕を、それでも諦めずに好きでいてくれたでしょ? ……ならさ、今は諦める時じゃない、敗北する時じゃない」
そして英雄は笑って。
「住む家は残ってる、未来さんも無事かもしれない、んでもって――知ってる? 意外と雑草って食べれるんだよ? それでもって、この近くには釣り堀があって。僕はそこの店主と仲良しだ」
「成程、まだ希望は残っていると?」
「そうさ、――ああっ、そうだよ! まだ叔父さんが残ってるっ! 僕が頭を下げて、叔父さんからお金を借りるか、食事だけでも奢って貰うよ!」
「君がよく通ってるゲームセンターの店主っ!! そうか近くに親戚が居たかっ!! おおっ! それは盲点だった! ……いやしかし、姉さんの魔の手は迫っていないか?」
「いや、下手に手を出したら。今頃は僕らはロミオとジュリエットしなきゃいけないと思うんだ」
「…………成程、地位や財力はないが。行動力とコネクションと才覚で大惨事を起こすのが君の一族だったな」
「言い方が引っかかるけど、まあ概ねその通りだね! よし、じゃあ反撃の手段を考えないとなぁ……」
「ああ、何とかして、姉さんに認めさせるか諦めさせるかしないと」
「認める……何をもって認めさせるかがネックだね。諦めさせる方法なら何通りかあるけど」
「あるのか?」
「うん、準備に時間が欲しいし。栄一郎達が奪われてるもんなぁ……、今の所は失敗して捕まる可能性の方が高い。何かを作るにしても、カッターやハサミはおろか包丁まで持って行かれちゃってるし」
「出歩けば捕まりかねないからな……未来の到着を待つしかないか」
「そうだね、早く来てくれないかなぁ」
その瞬間であった、呼び鈴がピンポーンと鳴って。
アイコンタクトを一つ、フィリアは窓の外を伺って英雄はドアの覗き穴を。
「うん、未来さんだけだ」「こちらも不審者は発見出来ず」
となれば。
「待ってたよ未来さん!」
「よく来てくれた未来っ!」
「――お待たせいたしましたフィリア様、英雄様」
二人は未来の来訪を、心から歓迎した。




