第84話 ウンコーー!!
結局の所、英雄とフィリアは教室から一歩も出られなかった。
それぞれ天魔と愛衣に、うつ伏せで空いている手は二人とも茉莉に押さえられて。
いかに英雄とはいえ、準備無しに物理法則への対抗は出来ない。
そして、ローズと共に栄一郎が姿を表し。
「畜生っ!! 裏切ったね栄一郎っ!! 何を吹き込まれたかしらないけどっ! 僕らは親友だろうっ! 天魔もっ! 僕に着いた方がお得だぞ多分!!」
「多分って言うなっ!? そこは言い切ってくれ英雄っ!?」
「すまぬな英雄殿……、親友だからこそ――拙者はケツの穴が惜しいのでおじゃ」
「うわああああんっ! 一歩出遅れたっ! やっぱ栄一郎を最優先にすべきだったんだよっ!!」
「女装の事で話がしたかったのでゴザろう? まあ、どの道。一回や二回で済む話ではなかったでおじゃ」
「うん? どうしてさ? 僕はもうフィリア以外の前で女装しないって誓うよ」
「その言葉、数時間早く聞きたかったでゴザル……いや、聞いた所で不信感はあったでにゃあが」
「なんでっ!?」
心外だと憤慨する英雄に、栄一郎達はおろかフィリアまで呆れた視線を。
「英雄殿? もう少し普段の行動を振り返るでゴザル?」
「そうだぞ英雄、そんな事言ってさ。お前は理由さえあれば、楽しそうだからって実行するだろ。――ところでコイツの女装ってそんなにヤバいの?」
「残念ですが当然ですね……、マジなんです兄さん?」
「アレのヤバさはアタシからも保証しよう、人格変わって見えたからな……」
「すまない英雄……、フォローする言葉が出てこないのだ。不甲斐ない私を許してくれ……。それはそれとして、少しは自重しろ?」
「集中攻撃っ!? みんな酷くないっ!?」
「くくくっ、ふははははっ!! 大した人望だなぁ小僧っ!! こうなってはお前は手も足も出まいっ!!」
「そりゃ物理的に重石が乗っかってるからね、けどローズ義姉さん? 何が目的なの?」
「学校では義姉さんと呼ぶな、やり直し」
「ではローズ先生、これで結婚式のイベントを邪魔したつもりかっ!!」
「目的が分かってるなら聞くな、――ああ、だが今の私は機嫌が良い。許してやろう小僧、思う存分悔しがれっ!!」
「ちっくしょおおおおおおっ!! 流石はフィリアと血が繋がってるだけあるねっ! 僕の周囲から攻めるとかこの陰険姉妹っ!!」
「おいっ!? 流れ弾が飛んできたぞっ!?」
「ええいっ、私はともかくフィリアまで悪く言うとは許せんっ!!」
フンガー、といきり立つローズに栄一郎はどうどうと宥め。
「冷静になるでおじゃ、これはローズ先生を怒らせる精神攻撃でゴザル。そして這寄女史も巻き込む事で、そうと悟らせぬカモフラージュにして、彼女が何か行動を起こす為の目眩ましでもあるでおじゃ」
「言わないでよ栄一郎っ!? やりにくいじゃないかっ!! というかマジで裏切ったんだねっ!」
「ああ、今の拙者は英雄殿の敵でゴザル」
「俺も居るぞっ! この越前天魔は故あれば裏切るのさっ!!」
「ごめんなさい英雄センパイ、フィリア先輩。わたしったら天魔くん優先なんで」
「脇部、這寄……大人はな、権力と金には勝てないんだ……」
次々と放たれる仲間達の裏切り宣言に、英雄としてもショックは隠しきれない。
「ふん、ほら言っただろう英雄。姉さんと無理に話し合おうとするからこうなるんだ。姉さんなんて無視して、結婚できる日まで逃げれば良かったんだ」
「うーん、否定したいけど。今の状況じゃあ否定できないなぁ……」
「ぐぬぬっ、何て事を言うんだフィリアっ!? 私への愛は無いのかっ!!」
「こういう事態にしておいて、家族としての縁を切らないだけ優しいと思いませんか?」
「残当でおじゃ」「だよな」「残念でもないし当然ですね」「……ノーコメント」
「ええいっ!? 貴様等どっちの味方だっ!!」
「ふっ、体は自由に出来ても心までは縛れると思うなでおじゃっ!!」
「利益無かったら英雄を助けるぞ?」
「所詮、わたし達は雇われですから」
「なんつーか、脇部に関する事だけポンコツになる所は姉妹って感じがすると思うぜ?」
背後からのフレンドリーファイアに、ローズはムキーと歯ぎしり。
そして英雄をビシっと指さすと。
「ええいっ、ならば言おうではないかっ!! 潔くフィリアと別れろ小僧っ!!」
「嫌だ! 他人に強制されて別れるもんかっ!!」
「そうだぞ姉さんっ! 横暴が過ぎるっ!」
「ハンっ! 負け犬と遠吠えにしか聞こえないな! ではもう一度問う! 別れる気はないのかっ!」
「絶対にないっ!!」
「言ったな? 吐いた唾は飲み込めないと知れ小僧っ!」
するとローズは会心な笑みを浮かべて。
「では、――私は今すぐフィリアをアメリカに連れて帰るとしよう。向こうで頭を冷やせフィリア、お前にはもっと美しい、相応しい相手が見つかる筈だ」
「っ!? しまった!! それが目的っ!! 義姉さんってばここまで計算してたっ!?」
「この為の手錠かっ!! 畜生っ!!」
「机兄妹、手錠は私が変わろう。他は小僧を押さえててくれ」
「はいはーい、わたし腕押さえまーす」「わかったでおじゃ」「はいはいっと」「じゃあアタシは足を押さえておく」
「どうする英雄っ!! このままでは私はっ!!」
「どうするって言ったってっ!?」
悲痛な叫び声を出す英雄、しかしその瞳の奥に光を見たフィリアは悔しそうな顔を崩さず機を伺って。
「くっそうっ! 離せっ! 離してくれみんなっ! うおおおおおおおっ!!」
「暴れるだけ無駄でおじゃよ」
「そうだぜ英雄、ここは素直に負けとけって」
「ちっくしょおおおおおお…………――――あ」
「どうしたんです英雄センパイ?」
「ご、ゴメン愛衣ちゃん。茉莉センセ……後生だからマジで離れて?」
「青い顔して、いったい何を企んでるでゴザル?」
「他の奴らは騙せても、俺らは騙されねぇぞ?」
「い、いやっ! マジでみんな離れてっ! というかトイレ行かせてっ! 脱出しようと力みすぎたから」
「…………おい脇部?」
「うんこがでるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
その瞬間、手錠で繋がる天魔以外はさっと離れて。
「お、おい? 嘘だよな英雄っ!? 逃げられねぇんだぞ俺はっ!?」
「ぬおおおおおおおっ!? マジでヤーバーイー!!」
――ぷぅ、ぶぶぅ!
汚い音と共に、異臭が放たれて。
「臭っ!? マジでおじゃっ!?」
「えんがちょっ! 絶対にこっち来ないでくださいよセンパイっ!!」
「おいマジかよ脇部っ! オマエ高校生にもなってウンコ漏らすのかっ!?」
「うんこ出ちゃうっ! 出ちゃうからっ! マジで離れてヤバイって、トイレいかせてっ!!」
「ローズ先生っ! 英雄をトイレにっ! 手錠の鍵もっ!」
「ぐっ、――な、ならんっ! ここで漏らせっ!! それか二人で個室に入れっ!!」
「もうウンコ出るううううううううううっ!」
「おいバカやめろっ!? トイレまで我慢しろっ! 立てるかっ!? 立てると言ってくれ!!」
「ぬおおおお、う、ウンコーーーーーー!!」
「立った! 英雄殿が立ったでおじゃっ!!」
「ゆ、ゆっくり急いでトイレに行ってください! ドアはわたしが開けますからっ!!」
「なあローズ先生、せめて越前の為にも手錠の鍵を貸してくれないか? アタシが責任持って付け直すから」
「う、うむ。そうだな……」
ローズが手錠の鍵をポケットから取り出した刹那の事であった。
(教室のドアは空いているっ、英雄の隣は越前だけだっ! そして全員の注意が英雄に向いているならば――――っ!!)
カシャンと音が一つ、その直後に。
「受け取れ英雄っ!」
フィリアが投げるは、英雄の母から託されたナイフ。
剥き身の状態のそれを、英雄は器用に正しく柄を掴んでキャッチ。
そのまま天魔の首筋に当てて。
「嘘だろっ!?」
「ナイスだよフィリア! 信じてたよ! ――ははっ! これで形勢逆転だね!」
「ぐあっ!? フィリアっ!? お前いつの間に!!」
「備えあれば憂いなし! 手錠をヘアピンひとつ、片手で開ける技術は拾得済みだっ!」
フィリアはローズをドンと押すと、英雄の隣に駆け寄る。
「ウンコは演技だったでおじゃっ!?」
「残念ながら半分マジ、だから後少し遅かったら身が出てたよ」
「あー、だからオナラが臭かったんですねぇ」
「おい脇部? オマエ捨て身過ぎないかっ!?」
「やってくれたな小僧っ!!」
「勝利の寸前こそ油断が生まれるってね。月並みだけど全員一歩も動かないで! 動いたら天魔が死ぬよっ!!」
「騙されるなでおじゃっ! ハッタリでゴザルっ!」
「けど兄さんっ! あのナイフはフィリア先輩が持っていたんですよっ!?」
「しまったっ!? 這寄女史のナイフなら本物でゴザルっ!!」
「ふ、ふん! だが親友の命を奪う事はしないっ! そうだろう小僧っ!!」
「動いてみる? 試してみる価値はあると思うけど?」
「動くなっ!! マジで皆、動かないでくれぇっ!?」
そして。
「よし英雄、君の手錠も外れた」
「ありがとうフィリア、いやぁ手錠対策が役に立つ時が来るなんてねぇ」
「まったくだ。では私達は逃げるとしよう」
「足手まといを連れて、そう上手く行くと思うか?」
「うん、だからね義姉さん。こうするんだ、――えいっ」
「英雄っ!?」「天魔くんっ!」「脇部っ! 天魔っ!」
「うぎゃああああああああああああああーーーーーー………………あれ?」
「おじゃ?」「はい?」「あれ?」「は?」
天魔の喉に突き刺さったナイフは、ぐにょんと刃が柄に収まり。
呆気に取られて固まる五人を尻目に、英雄とフィリアはすたこらさっさと走り出す。
「なぁーーんちゃって! じゃあね、みんなっ!」
「ふはははっ! そのナイフは玩具だ! ありがとう義母さん! 頂いたナイフは役に立ちました!」
「………………はうぁっ!? お、追ええええっ!!」
「死ぬかと思ったじゃねぇかテメェっ!? おいコラ待て英雄おおおおおっ!!」
「これだから英雄殿を敵に回すのは心臓に悪いでおじゃ……」
「ボヤいてないで行きますよ兄さん!」
「しゃーねぇ行くしかないか……、ローズ先生。奴らの家に立て籠もられたらどうするんだ?」
「ふっ、逃亡を予想してそちらにも罠を張ってある。捕まえられるのがベストだが、無理なら追い込むだけで良い」
「了解、じゃあアタシも行ってきますよっと」
二人を追いかけ、四人も教室からいなくなり。
残されたるはローズ一人。
「少々予想外だが……ふふっ、ここで捕まっておけば、絶望せずに済んだものを。ああ、フィリアと一緒に帰るのが楽しみだ」
彼女はニタリと悪辣な顔をした。




