第81話 忍び寄る足音
ローズに勝利し、英雄は新たな力を手に入れた。
フィリアとの仲も深まって、次なる問題は、親友・栄一郎の事。
昨日会った時は、視線が会う度に尻と股間を押さえて、話を聞いたのか天魔も尻と股間を押さえて。
「おっはようみんなっ! ………………うん! やっぱ早く来すぎたみたいだねっ!」
「だから言っただろう英雄、どうする? このままここで待つか? それとも校門で待ち伏せか? おすすめはここで女装して私と共に待つ、だ」
「うん、その鞄から見える黒いドレスはしまおうね? ちょっとまだコントロール甘いから、フィリアの前以外では女装するつもりは無いよ」
「残念だ、では私は少し根回しの続きをするが……君も着いてくるか?」
「いや、昨日の様子だと栄一郎ってば逃げ出すかもだから、茉莉センセに話を通しておこうと思って」
「うむ、ではまたホームルームの時に」
「じゃあまた」
そうして歩き出した英雄であったが。
「あれ? 茉莉センセってば居ないの?」
「さっきまで居たんだけどね、待ってるかい? お茶でも出すぞ脇部」
「今朝も寒いから嬉しいけど、気持ちだけ受け取っておきます。では僕は校内探索の旅に出ますので」
「無駄に騒ぎを起こすなよ~~」
職員室より理解のある教師に見送られ、英雄はふらふらと歩き出した。
一方その頃、校舎の裏では。
「こんな所で話ってなんだローズ先生よぉ、穏やかな話って訳じゃあなさそうだが」
「教師と教師の喧嘩は御法度だぞ、もう少し穏やかにしてくれないか?」
「ハッ、どの口が言うか。職員室で出来ない話でこんなところに来るってことは。――昔は少し荒れてたんだ、喧嘩なら買うぜ?」
「そう睨むな恐ろしい」
「妹と同じで眉ひとつ動かさねぇじゃねぇ癖に、で? マジで用件は何なんだ。寒いからとっとと言え」
「では率直に、――近い内にフィリアは連れて帰る、その協力しろとは言わないが、小僧の手助けはしてくれるな」
「……脇部の奴には借りがある。それにどちらも大切な生徒だ。はいそうですかって頷くと思うか?」
「そう仰る事は予想済みだ」
「ならどうするって? 拳を試してみるか?」
ニィと牙を向く茉莉に、ローズは余裕の笑みを浮かべて。
「悪いが荒事はそこまで得意ではなくてな」
「良く言う、聞いてるぜ? 剣が使えるって」
「淑女の嗜みというレベルだ、――さて、では本題に入ろうか」
「本題?」
「ああ、先ほどのはジャブだ」
「となるとストレートでも来るのか?」
「そうだ、――今度の学内結婚式のイベント、新郎新婦での参列を取りやめて頂きたい」
「…………何が目的だ」
「目的を言えば、協力をするのか?」
「分かって言ってんな?」
「言ってみただけだ、そちらもだろう」
「だな、なら答えも分かってんだろ? ――いいえ、だ。ノーと言ってもいいぜ」
「理由を聞いても?」
「親に根回しされて、学校でも受け入れられる絶好の機会だ。逃す手は無い」
「それをしたら、君たちの関係をバラすと言っても?」
「聞いていたか? 色々と残念な事に、ウチの学校なら問題ねぇ」
「この学校以外に、と言ったら? 調べた所、腐敗は県の教育委員会まで根付いている」
「…………腐敗って言うのかアレは? 色ボケしたバカが集まってるだけだろ?」
「そのバカの一人が言うと、説得力がある」
「じゃあそのバカにも分かるように言ってくれ、何処にバラすと?」
「まず前提としてだ、机栄一郎は非常に優秀だ。こんな学校に来なくとも一流の高校に進学出来るぐらいには、金持ち学校に入学していても不思議ではないぐらいには、親に地位と金がある」
「だろうな、アタシと脇部が居なけりゃそうしてただろうよ」
「では彼の進路はどうだろうか? 有名大学に、日本で一番の大学に入る可能性すら高い、そして就職先もまた選び放題だろう」
「テメェ……」
茉莉は顔を険しくしてローズを睨んだ。
彼女はつまり、栄一郎の将来を脅しているのだ。
いかに優秀で実家の支援があると言っても、あくまで国レベル。
世界有数のグループ会社を敵に回して、どうなるかの予想は容易い。
「――もう言葉は必要ないな? 返答は如何に」
「ぐぐぐっ、すまない栄一郎…………」
「はっきり言葉にしてくれないか?」
「意地の悪い奴めっ! ええい分かったよっ! アタシは手を引くっ! だが栄一郎は自分で説得するんだなっ!」
「ほう? 説得してはくれないのか?」
「悔しいがな、アイツが脇部を裏切ると思えねぇ」
「…………チッ、小僧は人望が厚くて困る」
「妹の夫に脇部は不足ってか? ローズ先生の目は節穴なんじゃねぇの?」
「感情と理屈は違う、そして私は感情を優先する」
「はっきり言いな、自分の感情だろう糞女」
「ショタ狂いが良く吠える」
「良し決めた、ならアタシもアタシの気持ちに従うぞ? テメーの脅しに屈してやるから、その綺麗な顔を一発殴らせろっ!」
右手を握りしめ、弓を引き絞るように構える茉莉に対して、ローズはスーツの袖から伸縮性のスタンロッドを取り出し延ばして。
「やる気だな?」
「ああ、――――これで勘弁してくれっ!!」
「………………は?」
地面に突き刺したと思えば、綺麗な土下座。
そして茉莉に差し出した手には、写真が一枚。
「何だこれ…………っ!? おいっ!? これは何処で手に入れたっ!」
「小僧の部屋の机の奥で」
「不法侵入か? 犯罪じゃねーか良くやったっ! アタシの知らない栄一郎のガキの頃の写真っ!!」
「ではこれもどうぞ」
「あん? カードキー?」
「ウチの系列の高級ホテルのスイートルームのカードキーだ! 一週間は泊まれる様に言い含めてある! 勿論、机と行ってくれ。アイツは未成年だが色々と気にしないように指導してある!」
「…………顔を上げてくれローズ先生」
「ご満足頂けたか? 勿論料理もタダだ。ネズミの国だろうが海外旅行だろうが、十回まではタダでチケットを手配してやろう」
「かーっ、これだから金持ちはっ! 良し、栄一郎の説得も手助けしてやる! …………ところで、お前が脇部達に負けても有効か?」
「勿論だ、だが行っておくぞ。私が小僧に負ける事など天地がひっくり返ってもあり得ない。――もはや小僧とフィリアは『詰み』だからな」
勝ち誇るローズに、茉莉はため息を一つ。
「なあローズ先生? アンタ、脇部が憎いあまりに目が曇ってねぇか? アイツらが詰む? どうやったら詰むんだ?」
「今話せば何処かからバレるかもしれないからな、詳細は省くが、近日中にフィリアは私と共にアメリカだ」
「そこにアイツらの意志はあるのか?」
「はっ、愚問だな。小僧とフィリアが出す答えだっ!」
「……………………それはさいなんだなぁわきべは」
「ふむ? 棒読みに聞こえたが?」
「気のせいじゃねぇか? んじゃまぁどうせ、中核メンバーの栄一郎と愛衣と越前の説得もすんだろ? 協力してやるよ。――徹底的にやんなきゃな」
「どういう風の吹き回しだ? 妙に協力的になって」
「それが分かるのは、全ての結果が出てからってね。心配しなくても、脇部達の味方はしねぇよ」
「ならば良いが……、では早速だが小僧の足止めを頼む。そろそろ越前と机の妹が登校する頃だ」
「はいはい、まぁガンバんなよローズ先生」
そして二人は正反対の方向へ歩き出して。
茉莉は、ケケケと不気味な笑いを漏らす。
(分かってねぇなぁローズ先生は、脇部に対抗するなら腕力とスピードだ。……アイツにとって時間は味方だ)
そして、あの問題児が何をしでかすかは、問題の大きさに比例する。
つまり――、今回はより酷い事になるだろう。
(早く気が付かないと手遅れになるぞ脇部……いや、アイツなら手遅れからひっくり返すな。さて、どうなる事やら)
この先の待ち受ける騒動を思い、茉莉はうんざりとした反面、ワクワクを押さえきれなかった。




