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第78話 フィリアフィリア

■78 フィリアフィリア



 這寄フィリアは、ローズにとって至宝だった。

 一七年前、しわくちゃの赤子の彼女を腕に抱いた時。

 美しいと、本気で思った。


 だから良き姉になろうと、自分を研磨して。

 フィリアの背が延びる度に。

 フィリアの髪が延びる都度。

 その成長を感謝して、盛大にお祝いをした。


(フィリアは、私の全てだった)


 美しく成長する為に、運動量を考え、食事内容を考え。

 ――己もより美しくなっていったのは、嬉しい副産物であったが。

 齢を一つ重ねる事に、愛おしい妹は天使の様に成長していって。

 その金色の髪が、太陽の様だった。

 大輪の花が咲くような笑顔が、聖母のようだった。

 その指が、姿形が、偉大な彫刻家が作りし石像が塵芥に見えるほどに、――――美しく。


(だが、それが変わったのは……)


 所謂、反抗期というモノだったのだろう。

 母より母らしく、優しく厳しく接していたのが仇となったのかもしれない。

 …………フィリアは、ぶくぶくと太って。

 自慢だった長い髪も、ばっさりと切り落としてしまって。


(何が、何が悪かったのだろうか)


 そして、悲劇は起きた。

 十年経った今でも、何が原因だったのか分からない。

 愛しい妹を日本へ連れて行った父を恨めばいいのか、それとも許可を出した母を恨めばいいのか。


(私は……どうすれば良かったのだっ!!)


 日本の学校に通う事となったフィリアは、クラスに馴染めずイジメに会い。

 心に、消えない傷を負って。

 体は、傷だらけになって。

 ローズが全てを知ったのは、妹が日本から戻ってきた時だ。


(許せない……私は自分が許せないっ!! 何が愛しているだっ! 何も知らずのうのうと生きてっ! …………何が、愛しているだっ!!)


 その日から、ローズの顔から笑顔が消えた。

 同じくして、フィリアからも笑顔が消えて。

 でも何より、何より許せなかったのは。


(脇部……英雄っ! 脇部英雄っ!! 貴様はっ、何故貴様なのだっ!!)


 妹が興味を持つのは、彼女が前に進む原動力となったのは脇部英雄という少年。

 それまで埋もれていた母譲りの行動力と、父譲りの才覚を発揮して。

 その全てを、脇部英雄に使って。


 最初は小さな写真だった、日本で手にしたと思われる写真。

 そこには、脇部英雄率いる少年少女に混じり、心からの笑顔を浮かべる妹が居て。

 月日が経過するにつれ、フォトスタンドは増え。

 そればかりか、壁にポスターの様に大きな写真が。


(何故だ、何故そいつなんだっ!?)


 理由など明白だ、脇部英雄は這寄フィリアを救った。

 だが這寄ローズは彼女を救うどころか、危機すら知らなかった。

 けれどそんなもの、納得する理由になどならない。


(絶対に認めない……、絶対に、絶対にだっ!)


 フィリアを救えなかった自分が許せない。

 フィリアの心を奪った脇部英雄が許せない。

 愛しているからそこ認めるべきだ、そんな心の声は封殺されて。


 何度、彼女の部屋の写真を破棄しただろう。

 彼女が集めた情報を破棄しただろう。

 けれどその度に、フィリアの英雄への想いは強く重く深化して。


 救いなのは、ローズの気持ちをフィリアも理解していた事だろう。

 側に居ることは、そして嫌わないでいてくれて。

 しかしその分、彼女は用意周到になった。

 何度も脇部英雄の写真を破棄しても、情報を消し去っても、幾度となく元通りになって。


(こんなにも近くにいるのに……、フィリアの心は私に向いていないっ!!)


 苛立ち、苦しみ、けど感情をぶつける所が無い。

 袋小路に行き着いたローズは、自分が生きながら死んでいるように思えた。

 海の底で窒息死していくような日々。


(ロダン……)


 それが一変したのは、最愛の彼と出会ったからだ。

 彼の作り出す彫刻は、フィリアと同じくらい強い光に満ちあふれて。


(フィリアの代わりとして愛してしまった私を、ロダンは見抜いた)


 その上で、ロダンはローズを愛してくれた。

 彼のくれた言葉は、偽りの愛を確かな愛に変えて――――。


「お疲れかいローズ? はいコーヒー。先生と社長の二足の草鞋はキツイだろうけど、頑張ってね」


「…………ああ、ロダンか。少し、寝ていたか?」


「ほんの少し、三十分ぐらいさ」


「すぐに起こしてくれれば良かったんだ」


「そう? キミには休息が必要だと思ったけど?」


 ロダンの渡した暖かなコーヒーを飲み、ローズの強ばった体が緩み始める。


「日本の冬も寒いものだな」


「このアパートって結構寒いからね、今度から仕事中でもちゃんと暖房入れるように」


「しかしそれでは、眠くならないか?」


「そしたら僕がアイスコーヒーを入れてあげるよ」


「ふふっ、ロダンのコーヒーは好きだ。是非ともそうしてくれ」


「お褒めに与り光栄の極み、豆の焙煎から拘ってる甲斐があるってものさ。――魘されてたみたいだけど、どんな夢を見てたの?」


「懐かしい夢だ、忌まわしい夢、けど最後にはお前が出てきた」


「うーん、つまるところ……終わりよければ全て良し?」


「ふんっ、そうなる為の準備は完了した所だ」


「何か不穏な響きだねそれ。英雄くんを認める時が来たのかな?」


「冗談で言ってるな?」


「冗談かどうかは、ローズが一番良く知ってるじゃないか。――キミの好きにすればいい、ボクは最後まで隣で愛するだけさ」


「味方にならないが、裏切りもしない。まったくロダンらしい……夫ならば、妻の味方になるべきでは?」


「残念、義理とはいえボクはフィリアちゃんの兄だし。英雄くんも中々気に入ってきたしね」


「チッ」


「嫌そうに舌打ちしないの」


 大人げない伴侶の態度に苦笑しながら、ロダンはズバっと切り込んだ。


「それで? フィリアちゃんは、何時アメリカに連れて帰るのかい?」


「どんなに長く抵抗しても、一ヶ月は持ちまい。――それだけの準備は完了した」


「後は、英雄くんとフィリアちゃんを勝負の舞台に乗せるだけ?」


「そうだ、小僧の知識、応用力、行動力、好物、苦手な物……弱点、全て把握した」


「フィリアちゃんのは? 情報は更新しているの?」


「勿論だ。更に言うなら、こちらの工作には気づかれていない」


「まあ、気づいてたら今頃は怒鳴り込んで来るか」


「だろう? 忌々しい事だが小僧への愛はフィリアを強靱に変えた、だが小僧に愛された事でフィリアは弱くなった」


「それが愛する妹にする仕打ちかな?」


「愛するからだ、――フィリアを幸せにするのは、この私でなくてなならない」


 そうきっぱり言いきったローズに、ロダンは危ういものを非常に感じたが。

 うっすらと笑みを浮かべて、静かに頷いた。

 彼女の心を溶かすにはロダンの愛ではなく、彼女自身の心が必要で。

 どの様な結果になるにしろ、脇部英雄という不確定要素が必要不可欠なのだ。


「さてはて、ボクは更なる試練を与えるべきなのか。それとも……」


「何の事だ?」


「愛について、かな? ところでローズ、作業が一区切り付いたんだろう?」


「うむ? 何かしたい事があるのか?」


「いや、ここって壁が薄いじゃないか。そして夜は時々、隣の声が聞こえるだろう」


「率直に言ってくれないか、ダーリン?」


「いやね? ボクとしても、妹とはいえ心奪われるキミを、義弟になるかもしれない男に思考を傾けるローズを見続ける程、心が広くない訳で」


「つまり?」


「今宵だけでも、ローズの全てをボクで塗りつぶしたいと思って。――――実はこんなモノを用意したんだ!」


「………………うん?」


 じゃーんと差し出された衣服に、ローズの脳が一瞬

だけ停止する。

 ドレスのように見えたが、その割に生地は安っぽくサイズは小さい。

 そしてヘンテコなステッキも一緒にあって。


「どうだろう? ボクが四天王役するから、ローズが正義の魔法少女って事で。ジャパンってホント、クールだよねっ!」


「ええいっ!? 向こうに居た頃はスーパーヒーローで、こっちに来たら子供向けアニメのヒロインか!? どうしてそう、性癖が事故を起こしてるんだお前はっ!? だいたいこんな年増が着ても似合わないだろうがっ!! そもそも入らないだろうっ!!」


「えー、無理矢理着てるのが良いんじゃないかぁ」


「絶対に着ないぞ」


「いや、ボクの全てに賭けて着て貰うよ?」


 一時間後、深夜になろうとしてる時間。

 とあるアパートの一室には、世界征服を企む悪の怪人と、それを阻止せんと活躍する魔法少女の戦いがあった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 姉の思いも複雑なんだな そして旦那のすばらしさ [気になる点] 悪の怪人とパツパツ魔法少女の戦いの行方w [一言] 学割がwww
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