第76話 ご遠慮したい
校則改悪の危機が去って、ローズの行動も一端落ち着いたように見えた。
となれば、この隙に結婚式イベントの準備を進めるのである。
そうして休み時間に手分けして動く中、放課後になり二人は生徒指導室に呼び出され。
「話があるって何ですか茉莉センセ?」
「もしかすると机、説得に失敗したな?」
「面目ないでゴザル」
待ち受けたるは、跡野茉莉と机栄一郎。
すまなさそうにする彼はともあれ、茉莉はどこか苛立ったように。
「……まあそういう事だ、気持ちはありがたいがアタシは遠慮するぜ」
「センセの意見は分かったけど、僕らを呼んだ理由は? わざわざ呼び出すって事は何かあるんでしょ?」
「相変わらず話が早ぇーなオマエ、まあその通りだ。用件ってのは他でもない栄一郎を説得して欲しくてな、コイツ引き下がらないんだ。もう一つ言うと、こうして話し合いの場を儲けないと、這寄はともかく脇部は納得しねぇだろ」
「いよっ、流石僕らの担任だねっ! ちゃんと分かってるぅ!」
「うむ、生徒として喜ばしい事だなっ!」
「もしもしお二人とも? 拙者としては喜んでないで茉莉を説得して欲しいでにゃあが?」
「栄一郎、何回も言わせるんじゃねぇよ。アタシは結婚式イベントに出ない、絶対にだ!」
猫のようにふしゃーと栄一郎を威嚇する茉莉に、英雄は冷静に問いかけた。
「けどセンセ、理由は何? 参考にするから教えて欲しいんだけど」
「はんっ、んなもん言えるかっ!」
「栄一郎?」
「すまぬ英雄殿、拙者にもさっぱりで……」
「フィリア?」
「すまない英雄、私にも跡野先生が拒否する理由が見あたらないのだ」
「だよね、だって校内で知らない人がいない熟女好きの栄一郎に、合法的に恋仲になれるチャンスだっていうのに」
「拙者も良い案だと思ったのになぁ……。ああ~~、茉莉と合法的に学校でもイチャイチャしたいでゴザルううううう! 拙者もスクールラブしたいっ!」
「気持ちは分かるけどな栄一郎、アタシにも教師って立場と世間体があるんだぞ?」
「センセの世間体ねぇ……、こう言うのも何だけどそんなのあったっけ?」
「ああん? 脇部ぇ説教くらいたいか?」
「しかし跡野先生、そこの机と婚約状態で既に同棲している身では、なけなしの世間体も無いも同然では?」
「だよねっ! 僕らの案だと、一が零になるだけだし。どこが問題あったのかなぁ……?」
「英雄殿? 這寄女史? わりとその通りだけど、面と向かってディスらないでおじゃ?」
「フォローになってねぇぞ栄一郎っ!? アタシの世間体のどこが無いも同然なんだっ!?」
顔を怒らす担任教師に、三人は口々に。
「ショタコン」
「体育の時、童顔小柄で短パンの男子を見る目がヤバイともっぱらの噂です」
「茉莉……、拙者の子供の頃の写真を待ち受けにしてるでゴザろう? ショタ好きの元ヤンだって、とっくに学校全体の共通認識でおじゃるよ?」
「…………え、は? はあああああああああっ!? ちょっ、ま、待ってっ!? アタシの世間体どうなってんだっ!?」
「いやセンセ、今言った通りだよ?」
「まあ、不幸中の幸いというか。ウチの高校は、隠れて教師と付き合ってる者がそこそこ居るからな……」
「というか、愛が重い肉食女子に囚われてるの間違いでゴザル?」
「おい待てっ!? アタシ以外にも居るのかっ!?」
「卒業生と現在進行形で付き合ってるのを含めて、ひいふうみいよお……六人ぐらいだっけ?」
「違うぞ英雄、正確には跡野先生を含めて五人だ。内、三人がOBとだ」
「残る一人は誰だよっ!?」
「隣のクラスの担任の……誰と付き合ってるんだっけ?」
「あの人は、茶道部部長のストッキングで堕ちたと聞いたな」
「何やってるんだっ!? そんなのバレだら教育委員会が乗り込んでくるぞっ!?」
「はははっ、何を今更……。教育委員会のトップはウチのOBじゃないですか」
「PTAも卒業生が多くて、こういう時は助かるな」
「世の中腐ってやがるっ!?」
「助かる反面、複雑でゴザルなぁ……」
遠い目をする栄一郎に、英雄はニマっと笑ってカードをひとつ切る。
実の所、跡野茉莉の反対は予想出来ていた。
なので外堀は既に埋めてあるのだ。
「やっちゃってよフィリア。最初に言っておくけど、ごめんね栄一郎?」
「何その不穏な言葉はでおじゃっ!?」
「おいっ!? まだあるのかオマエらっ!?」
「では、この動画を見て貰おう」
『えー、ごほん。これを見ているという事は、バカ脇部の息子がウチの息子の嫁の説得が失敗したという事……であってるかな母さん?』
『あらお父さん、その場合。不甲斐ないのは栄一郎じゃございません?』
「おい英雄っ!? いつの間に俺の親をっ!?」
「マジで外堀埋めてるんじゃねぇっ!?」
『おいバカ息子、あの脇部の息子の迷惑をかけるんじゃないっ! これ以上、あの一族に借りを作るとか末代までアイツらのバカ騒ぎに巻き込まれるじゃねぇかっ!?』
『あらヤダわ、お父さん。もう貴方の親の代から手遅れじゃありません?』
「はあっ!? そんな時から繋がりるのかよっ!? 俺聞いてないぞっ!?」
「だよね、僕も吃驚した。ウチの家系はおっそろしいなぁ……」
『茉莉ちゃん、まだまだ若いんだから思う存分青春しなさいな。ただでさえ栄一郎とは年が離れてるんだし、この際、スクールラブしなさいな』
『ガッハッハ! 万が一失職しても、私の伝手で私立の教職を用意しよう! そのままバカ息子の嫁として専業主婦になっても良いぞ!』
「義母さん……義父さん……、なあ栄一郎? アタシはどんな顔をすれば良いんだ?」
「それ、拙者に聞くでゴザるか茉莉?」
絶妙に微妙な表情をする二人、だがまだフィリアのスマホの動画は続いて。
『本番の日には私達も見に行くからな!』
『茉莉ちゃんの親御さんも、許可を頂いたから存分にやりなさい!』
「親指を人差し指と中指の間だに入れないでくれ母さんっ!?」
「くっ、これが噂の姑からの孫の催促ってやつかっ!?」
そして動画は終わり。
「どうだい? 決心してくれた?」
「決心も何も無いでおじゃるっ!? 完全に外堀埋めてきてるじゃねぇかっ!?」
「~~~~っ!? これだから脇部はっ!? 内申点下げるぞオラァっ!!」
「茉莉センセ、これはフィリアの案なんだけど?」
「うむ、頑張ったぞ! 他にも親の反対が予想されそうなカップル、恥ずかしがって参列しそうにないカップル、全てに同じ様な事をした!」
「いやぁ、校長センセやOBさん達も手伝ってくれたお陰で捗ったよね!」
「なあ英雄殿? 這寄女史と付き合ってから行動範囲が悪化してないでゴザル?」
「ふふっ、妻たるもの夫を支えなければな!」
「くっ、だが駄目だ駄目だっ! アタシは出ないぞっ! 設営の手伝いぐらいはするがっ、恥ずかしくて出られるかっ!!」
「どうしてもでゴザル?」
「ああ、アタシの意志は絶対に変わらねぇ」
腕を組み、むすっと顔をしかめる茉莉に、栄一郎はため息を一つ。
「…………では、拙者も最後の手段を取らなければなるまいて」
「お、栄一郎も何かあるの?」
「これだけは使いたくなかったでおじゃ……、何せ、拙者の尊厳と紙一重」
「尊厳と紙一重とは訳の分からない言葉だが、興味深い続けろ」
すると彼は、茉莉に上目遣いで純粋そうな少年の声色で。
「では、――おほん。茉莉お姉ちゃん! オレ、皆と一緒にお姉ちゃんと結婚したいっ!!」
「ウワきつっ!?」「……成程?」
「ぐううっ!? ず、狡いぞ栄一郎っ!?」
「ねぇお姉ちゃん……結婚しよ? お姉ちゃんが望むなら、レディースの特効服風のドレスでもいいし……」
「え、何それ面白そうっ!?」「面白そうか?」
「そ、そんなのに負けないぞっ! お姉ちゃんは負けないっ!!」
「…………恥ずかしいけど、お姉ちゃんが望むならオレ。タキシードは短パンでもいい」
「愛してるぞ栄一郎うううううううっ! お姉ちゃん結婚すりゅううううううううううううううう!!」
「あ、うん、お幸せに」
「話も纏まったようだし、そろそろ帰るか?」
「だね、セックスするなら家に帰ってからにしなよ二人とも」
「おい待て英雄っ!? ちょっと茉莉を引き剥がすの手伝ってくれっ!?」
「ちゅきちゅき栄一郎ちゃ~~ん!」
性癖を拗らせすぎた女教師の腕を、英雄とフィリアは苦笑しながら強引に剥がして。
――そして生徒指導室の外では、立ち去る人影が一人。
「まさか、こんな弱みがあったとはな……。ふふ、実際に来てみるものだ。――――ああ、そろそろ本格的に動くとしよう」
這寄ローズは、フィリアによく似た仏頂面で口元を歪めた。




