第73話 赴任
そして三学期が始まった、となればさあ根回しだと意気揚々に登校するというものである。
とはいえ、朝一番だと出来ることは少ない。
英雄とフィリアは、アイディアを纏めた紙を校長に渡し自分たちの2のBへ。
職員室の側を通りながら、二人はほっと一息。
「いやぁ、学校始まって良かったよね! これで義姉さんに邪魔されずにイチャイチャ出来るよ!」
「ああ、部屋はいつ姉さんが入ってくるか分からないからな。学校こそ、私たちの安心の場だ!」
「それじゃあ手を繋いじゃう?」
「そうこなくては!」
その瞬間であった。
「いやー、まさか這寄くんのお姉さんが我が校の教師として赴任してくるとは! 這寄くんは我が校設立以来の天才でしてね…………」
「ふふっ、フィリアの事をそんなに誉めていただけるとは、姉として誇らしい限りです」
「…………――――うん?」「はい?」
二人は即座に、職員室のドアに耳と付けて。
待て待て待てよマジなのかと、この聞き覚えのある声は何なのだと絶句。
「ではご希望通りに2のBの副担任をお願いします、いやぁ世界でも有名な彫刻家、這寄ロダンさんに臨時講師として美術部を見てもらえるだけでなく――」
「(義兄さんまでいるのっ!?)」
「(会社はどうしたんだグループ会長っ!! 私とした事が失念していたっ! 姉さんは日本の教員免許も持っていた!!)」
「(僕らの安息の地がっ!!)」
「(くっ、こうしてはいられない。一端教室に戻るぞっ!)」
「(らじゃった!)」
二人はドタバタと盛大に足音をたてて猛ダッシュ、息継ぎなしに階段を駆け上がり二階の教室へ。
そしてドアが壊れんばかりに開くと。
「なんでだあああああああああああああっ!!」
「悪夢だっ! どうしてこうなったのだっ!! 大人げないにも程があるだろう!!」
「っていうか君んチの家族はスペック高過ぎだよっ!? 他に忘れてる事はないよねっ!?」
「――糞っ、母さんは調理師免許や栄養士の資格を持ってる! 父さんは……いや、あの人は副社長だな。この手の資格は無い筈だ」
「となると、義母さんもコッチに来てるっ!?」
「…………いや、それは無いだろう。父に仕事のしわ寄せが行っている筈だし。となれば母さんは嬉嬉として秘書をしている筈だ」
「ああうん、それは間違いないね。義母さんが義父さんの側を離れる訳ないし」
「だが英雄、これはとても困った事になったぞ?」
「だよね、超絶困った事になったよ」
「「イチャイチャ出来ないっ!」」
「いや、しなくても良いでゴザるよ?」
「ふわっ!? 栄一郎、何時からいたのっ!?」
「教室に来るなり叫んだのはお二人でおじゃ、拙者は最初から居たでにゃ」
呆れた顔の栄一郎に、英雄は即座に駆け寄ってその右手を両手で握り。
「助けてくれ栄一郎! 君には正月の事を教えておいたけど、例の義姉さんが今日から僕らの副担任になるみたいなんだっ!!」
「是非とも知恵を貸して欲しい、例の話も聞いているな? このままだと其方にも支障が出る可能性が高い」
「事情は聞いているでおじゃるが……、そこまでピリピリする事でゴザルか? いつもの様に話し合えば良い案件でおじゃろう?」
「残念だけど栄一郎、話し合って解決するなら僕は全裸でフィリアの実家から脱出してないさ」
「結婚の挨拶でどうしたらそうなるでゴザルっ!?」
「一緒に全裸で立ち向かってくれた親父の勇姿……、僕の記憶にばっちり焼き付いているよ……」
「ああ、あれは悪夢だった。まさか父まで全裸になるとは……」
「英雄殿、英雄殿、そんな面白イベントがあったなら是非とも今度は呼んで欲しいでおじゃ」
「流石親友! そう言ってくれると信じてたよ!」
「頼むから止めろ! 結婚の挨拶を何だと思ってるんだっ!!」
「あ、珍しく這寄女史がマジ凹みしてるでおじゃ……」
「いや栄一郎、僕も凹んでたからね?」
バカップルがずーんと凹みだしたので、栄一郎は咳払いを一つ。
話題を戻す、彼は気遣いの出来る男なのだ。
「それで、イチャイチャ出来なくなるという話でにゃあね。我輩思うに……これを機に、教室でイチャつくのは止めたらどうでゴザル?」
「私に死ねと言うのか!?」
「だよねぇ……実は僕も、前から少し思ってた」
「英雄っ!? この裏切り者めっ!!」
「意見が割れたでゴザルが?」
「なら話し合おう、どうかなフィリア? イチャイチャのラインを決めておくってのは」
「成程、それは良い考えだ」
「では拙者も案を出すでゴザル」
三人は数秒考えた後、同時に口を開いて。
「校内ではセックスをしない」
「教室ではキスは禁止って感じ?」
「手を繋ぐまでゴザル……ってお二人さん? 本気で対策する気あるでおじゃ?」
「フィリア? 僕たち学校でセックスした事ないよね?」
「英雄こそ、キスを禁止するとは酷いじゃないかっ!?」
「拙者の案は?」
「論外だ」「せめてお姫様抱っこはしたいな」
「せめて少しぐらい考えても良いでゴザルよ? 這寄女史の姉君の事はよく知らないでゴザルが、授業中で無い限り、ある程度はお目こぼしするのでは?」
フィリアは難しい顔をし、英雄は掌をポンと叩いて。
「じゃあこうしよう! ホームルームが始まったらイチャイチャして、ダメなラインを見極めるんだ!」
「おおっ! なんて冴えた方法なんだ英雄! 私は君が誇らしい!」
「ええ~~、そうでゴザルかぁ?」
「まあ見てなって栄一郎! 怒られたらフォローよろしく!」
「今回はよろしくされたくないでニャ」
という訳で、ホームルームが始まり。
教室に入った茉莉は、二人を見るなり露骨に嫌そうな顔を。
「…………おい、そこの馬鹿二人? ホームルームだ、紹介したい人が居るからとっとと離れろ」
「待ってくれ跡野先生、これには深い訳があるんだ」
「…………一応聞くが、そのお姫様抱っこに関係した話か?」
「茉莉センセ、実は学校で何処までイチャイチャして良いかって話になって」
「だからって、ホームルームでイチャつく馬鹿が居るか!! とっとと席に戻れ這寄!」
「くっ、何て悪辣な教師なんだっ! 僕たちの愛は負けないよっ!!」
「英雄……今日の君は一段を輝いて見える……っ!!」
「常識に負けてるんだよ気付けっ!? ああもう知らんっ!! どうぞ這寄先生っ!!」
ヤケッパチな叫びの直後、スーツ姿のローズが教室に入って。
事情をそれとなく察したクラス全員が耳を塞ぎ。
「小僧~~~~っ! 私のフィリアから離れろおおおおおおおおおおおっ!!」
「へっへーん、はいフィリア。んちゅー」
「では私もお返しにんちゅー」
「くのおおおおおおおおおっ!? 十年以上も私はほっぺにチューして貰ってないのにいいいいいいっ!!」
「いえーい見てた栄一郎! 天魔! 僕らの勝利だ!」
「拙者にフらないでっ!?」「俺にフるなよっ!?」
「今すぐフィリアから離れろ小僧!! この聖剣一メートル定規で叩き斬ってやるううううう、びええええええんロダンんんんん、小僧が虐めるうううううううううううううううう!!」
「うおっ!? おい机っ! 越前! 脇部を今すぐ引き離せ! 女子どもは這寄とローズ先生を止めろぉっ!!」
「裏切ったな栄一郎天魔っ! 離せっ! フィリアとイチャイチャしながら放課後まで授業受けるんだい!」
「目的を見失ってるでゴザルよっ!?」「はいはい、離れような令和最大の馬鹿野郎」
「ぬおっ! 英雄とは離れないぞっ! 英雄っ、英雄っ!? 嗚呼、なんという事だ! 悲劇な私たちっ!! というか誰だっ!? 胸を掴むな、尻を掴むんじゃないっ!?」
「うわ、這寄さんの腰ほっそっ!?」「胸柔らかっ!」「お尻掴みやすいわぁ」「髪サラサラ、一度触ってみたかったんだぁ」
「フィリア、カムバーック!」「英雄っ! アイルビーバック!」
「テメーらバケツ持って後ろに立ってろ! ローズ先生もだっ! 誰かバケツに水汲んでこいっ!!」
「私もかっ!? 何故だっ!?」
そうして、ホームルームが終わりそのまま一限目が始まったが。
茉莉の担当だったので、次の休憩時間まで三人はバケツを持って立ったままだった。




