第65話 誰よりも美しい人
もうすぐ夕食の時間だ。
そしてそれは、フィリアと英雄は双方の家族を挨拶をすると言うことであり。
服装チェック良し、今日はまだキスしていないので英雄の唇にフィリアの紅が付着してるなんて事もない。
なら最後の準備として、やることは一つ。
――トイレに行っておこう。
二人はフィリアの部屋を出て、廊下の突き当たりへ。
「わーお、フィリアんチってばトイレが男女別な訳? しかも家族の部屋にも一つづつあって、…………あれ? それじゃああの部屋のを使えば良かったんじゃ?」
「ふむ、私なりに気を使ったのだが。全方位を全裸に近い君の写真に囲まれてトイレを使いたかったか?」
「心遣いありがと、涙が出そうだよ」
「それは良かった。ああ、念のために言っておくが、用を足し終わっても勝手に探検などするなよ? 屋敷の中で迷って遅刻したという事態にならないように」
「ははっ、流石の僕も今は探検なんてしないさ。明日、案内してくれますかフィリアお姫様?」
「ああ、勿論だ」
「じゃあまた」
トイレの中に入ると高級デパートの、或いは高級ホテルなトイレ。
全部大理石で作られていそうな、汚れや染みなどが存在する訳もなく。
異臭など以ての外、むしろ爽やかな花の香りすらして。
「これ、トイレットパーパーも高級品なんだろうなぁ…………ふぃ~~」
英雄は高級感に臆すことなく、実にリラックスして放尿開始。
「お隣、失礼しますわ」
「ああ、これはどうもご丁寧に………………うん?」
「どうかしましたか? 何か私に変な所でも?」
「………………え、え? はい? ううーん?」
小をしながら、英雄は隣の人物を凝視した。
然もあらん。
その人物は、もしかするとフィリア以上に美しかった。
豊かな銀髪の、怜悧な美貌を持った『ドレス』姿の。
壮年だと思われる彼、或いは彼女はドレスの前を託し上げると、英雄が目を丸くする様な立派な逸物で放尿を開始して。
「ま、負けてない筈――じゃないよっ!? え、ええっ!? 誰!? 誰なんですっ!? 僕聞いてないよっ!?」
「貴方がフィリアの恋人、脇部英雄君ね。王太とこころさんが先ほど到着したそうよ」
「これはご親切に、後で会いに行きます……じゃなくてっ!? マジで誰なんですかっ!? というか男っ!? 男なんですよねっ!?」
「この格好は紛らわしかったわね。小便しながらで申し訳ないけれど。私は這寄勇里、フィリアの父だ」
「初めまして義父さん! 正直な話、こんな所で挨拶するって思ってなくて困惑してるんですけどっ!? 率直に言って女装趣味がおありですかっ!? ちょっと離れて貰っても良いですかねっ!?」
「英雄君、トイレから出るのは良いが。まだ手を洗っていないぞ? そしてチャックも上げていない。」
「おっとこれは失礼。ありがとうございます。――チャックオッケー。んでもって、会ってそうそうこんな事を言うのも何ですけど」
「ふむ、何でも言ってくれ婿殿」
義父と並んで手を洗う英雄。
よく見れば、彼は義父との距離を最大限離そうとしていて。
「では遠慮なく。…………女装は苦手なんで、食事の時は着替えてくれますか?」
「大丈夫だ、これはカミラの趣味でね」
「義母さんのっ!? 知りたくなかったよそんな趣味っ!?」
「すまないな、事あるごとにアイツは俺を女装させようとするんだ。今回は映画の稽古相手として雰囲気を出したいと」
「…………苦労しているんですね義父さん」
「はっはっはっ、大変申し訳ないが。これからは英雄君。いや、英雄もそうだぞ?」
「フィリアバリアーは効きますか?」
「効くと思うか? あの人種相手に」
「ですよねーー……トホホ。僕、女装を見るのも苦手ですけど。着ると蕁麻疹が出るんだけどなぁ」
「女装にトラウマでも?」
「はい、過去にちょっと苦い思い出があって。テレビとかは大丈夫なんですけどねぇ」
手を洗うのも隣同士なら、温風タオルでブオオーンと乾かすのも隣同士。
二人はあらためて握手を交わす。
「時に英雄、実は言っておきたい事があるんだ」
「何でも言ってください義父さん!」
「では遠慮なく、――――娘はやらんっ!!」
「男の姿に戻ってから言ってくれます?」
「男の姿に戻ったら、俺と剣で決闘となるが良いか?」
「どうしてそうなるんですっ!? 義姉さんといい何なんですかっ!! 結婚を歓迎してないなら事前にそう言ってくださいっ!! そうすれば決闘の対策が出来たのにっ!!」
「ふっ、それだよ英雄」
「それって何ですか?」
「俺とてフィリアに恋人が出来、結婚寸前という事態を歓迎し喜んでいる。――その、ローズもフィリアも妻の過激な所を受け継いだみたいでな」
「過激とはまた遠回しな言い方ですね」
「くっ、それを言うな! 同じ拉致監禁された仲じゃないか!」
「義父さんも拉致監禁されたんですかっ!?」
「そうだっ! 王太に助けられなかったらローズが産まれるのが三年は早くなっていたぞっ!!」
「え、親父と知り合いなんですか?」
「聞いていないのか? 大学時代からの親友でありライバルだ。というか、英雄達が零歳児の時。一度会っている事は知らないのか?」
「小学生の時が初対面だと、もう少し言うと高校の時に始めて会ったと最近まで思ってましたし」
「……………………君には苦労をかける」
「ハグするのはドレス脱いでからにして? 僕、失神して倒れちゃいますから」
「そんなに女装がトラウマなのか? いや、そうなのだろうな。こうしている間だにも蕁麻疹が出てきている。――今日は延期して病院に行くか?」
「いえ、心因性なので。脱いでくれたら大丈夫です」
「そうか、では脱ごう」
「今脱げとは言ってませんよっ!?」
吃驚した英雄を無視して、勇里は手早くドレスを脱ぐとトランクス一丁に。
靴下と靴が女物なのはご愛敬。
「ふっ、俺も若い頃は王太の騒動に巻き込まれて。よくパンツ一丁で大学中を走ったものだ……」
「何やってんだ親父っ!? というか良くそれで親友やってますねっ!?」
「彼と出会うまで、真面目が取り柄だと思っていたのだが。そうじゃなかった、――それだけさ」
「パンツ一丁でカッコつけないでくれます? あとウイッグ付けっぱなしで妙な色気があるんですけど?」
「では行こうか婿殿、君のお父さん。王太に会いに!!」
そのまま堂々を歩きだす義父を、英雄は引き留めた。
いくら英雄のトラウマに配慮した結果とはいえ、あんまり過ぎる格好だ。
で、あるならば。
「――待ってください義父さん。このまま貴方をトイレの外には行かせません!!」
「ではどうするんだ?」
「こうします! ――脇部英雄っ! キャストオフ!!」
「おお! 俺に恥をかかさないように君もトランクス一つになるとは!!」
「へへっ、これで恥をかく時は一緒です義父さん」
「思い出すなぁ……。大学の時、カミラに空き教室で襲われて、パンツ一丁で王太に助け出された事を。その時の彼も、俺だけに恥はかかせないとトランクス一丁に…………」
「それ感動エピソードなんです?」
「実はその事で王太に聞きたい事があるんだ、君は何故助けに来てくれた時、服が殆ど破けていたのか」
トランクス一枚で神妙に言う壮年の男に、トランクス一枚の少年は神妙に告げた。
事情は良く知らないが、父親の事だ。
そして勘が正しければ、もう一人関わっている筈で。
「その事件、義母さんは追いかけてきませんでした?」
「当然追いかけてきた」
「つかぬ事をお聞きしますが、義母さんは僕のお袋と仲がよろしい?」
「出会った瞬間、固い握手を交わし。義姉妹の誓いを立てていた」
「…………目を反らしている事実があると思いませんか? あるいは脇部一族の奇妙な縁をご存じない?」
「………………俺がな、俺がいるとな。君のお袋さんは普通の女性に見えたんだ。カミラと違って杜撰な証拠も残さないし」
「…………」「…………」
奇妙な沈黙が男子トイレを支配した。
パンツ一丁の男達は、女達の重力に魂を引かれる錯覚を得て。
「前言撤回だ英雄、――まだ間に合う」
「駄目です義父さん。こんな事を言いたくないんですが…………もう一線を越えてます」
「そうか…………俺は、怒るべきなのだろうな。だが不思議な事に、若干の嬉しさと大きな憐憫と多大なる謝罪の気持ちしかないんだ」
「僕も……僕も、将来そう思うんでしょうか……」
「英雄っ!」「義父さん!!」
二人は漢泣きをして抱き合って。
「さあ行くぞ! 結婚の前祝いだ! あと流石に避妊はしてくれよ! お酒も出るだろうが未成年だから決して飲まないように! 酔って避妊せずセックスしたら俺みたいになるぞっ!!」
「はい義父さんっ! 心に誓います! 酔って避妊せずセックスしませんっ!!」
そして腕を組んで男子トイレを出た所で。
「――――おい、おいっ!? なんで英雄と父さんが裸でトイレから出てくるのだっ!!」
「ああ英雄、もう勇里さんと仲良くなったのね。学生時代を思い出すわ」
「お袋っ!? フィリアっ!?」
「こころさんっ!? フィリアっ!?」
廊下で待っていたのはフィリアと英雄の母、脇部こころであった。




