第49話 風紀を乱す者
栄一郎が顔をボコボコにされて数日、英雄とフィリアのシュガーアタックにも皆が慣れた頃。
やれ越前天魔と机愛衣の恋仲はどうか、やれ冬休みはどうするだの。
クラス全員で、スーファミボンバー大会を開いた事以外は平穏そのものであったが。(なお、最下位は集中攻撃をくらった英雄、優勝者は乱入した数学教師)
「ご用改めだ神妙にしろお前達っ!!」
「風紀委員のガサ入れだっ! 逃げるでおじゃっ!」
「おい隠せ隠せっ!」
「伊良部っ! お宝は君達に任せたよっ!!」
「頼んだぞ英雄っち!」「この洋モノは死守してみせるっ!」「二次元も三次元も世界はエロで出来ているんだっ!」「それでも――守りたいエロがあるっ!!」
敵もさるもの、一瞬にして教室の扉や窓など全てを封鎖したが。
それでこの男子達の行動を、止められる筈が無い。
傍観者のふりをして、自分たちの拘束違反ブツを渡し援護する女子達の支援を受け。
四方八方に蜘蛛の子を散らすように、ロマン開拓者達は逃げていく。
「ええいっ! 相変わらずだなこのクラスはっ!!」
「ダメです委員長! 逃げられましたっ!!」
「チッ、お前達はそっちを追え。ダメだったら今日は帰っていいぞ」
「了解しました!」「追え追え!」「今日こそは逃がすなっ!」
封鎖に必要な最低限な人員を残し、風紀委員長はクラスの女子を解放。
しかして、英雄、栄一郎、天魔の三人は逃がしてくれない。
「……あれ? フィリアも帰って良かったんじゃない?」
「ふふ、つれない事を言うな。大事な君のピンチだ、私も居なくてどうする」
「くっ、拙者も呼ぼうかなぁ……」
「お前は止めとけ栄一郎、つーか呼びたいのは俺の方だっての。こんな甘ったるい感じじゃねぇけど、居ると嬉しいもんなぁ」
「……こないだ協力して貰ってなんでゴザルが、我輩、まだ愛衣とエテ公のこと認めてないでおじゃよ?」
「ホントメンドクせぇなお前ら兄妹っ!?」
「あ、エテ公。僕は応援してるよ?」
「ふむ、そうなのか? 私は様子見だが」
「脇部と這寄まで参戦するんじゃねぇっ!? 俺と愛衣ちゃんとの問題だっての!」
「だよね、困ったら言ってね」「言うでゴザル、すぐに邪魔しにいくでおじゃ」「越前、女の子は壊れ物なんだ大切にエスコートしろ」
「――なあ、そろそろワタシの用件を聞いて貰っていいか?」
むすっとした声の主、風紀委員長に四人の視線が集まった。
委員長もとい彼女、桐壷風花は神経質そうに教卓を人差し指で叩いて。
「うーん、今日もパリっと決まってるね桐壷さん!」
「ボブカットが今日も似合ってるでおじゃ」
「いよっ、スレンダー美人! ミスコン二年連続4位の美しさは伊達じゃねぇぜ!」
「ええいっ! そんな見え透いたお世辞で誤魔化せると思ったか! この問題児達めっ!」
「英雄、彼女の前で他の女を誉めるな。机、越前、それぞれ相方に報告させて貰うぞ」
「ほわっ!? 勘弁にゃ這寄女史っ!? 拙者愛想尽かされたら死ぬぅっ!?」
「後でポテチ奢るから、マジで止めてくれぇっ!? 意外と独占欲強いんだよアイツっ!? 何がお試し期間だっ!! 勝手に彼女面しやがって! 嬉しいけど束縛されたくねぇっ!!」
「あー、なるなる。今一番効く二人の弱点ってそれか。ナイスだよフィリアっ!?」
「英雄、君は反省しろ」
「…………なあ、茶番は済んだか? ワタシの話を聞いて貰っても良いか?」
「めんごめんご、桐壷さん。それで、何の話? 僕らは校則違反なんて何一つ証拠を残してない善良な生徒だよ?」
「そうそう、我輩達が証拠を残す筈が無いでおじゃる」
「ふっ、俺達の隠蔽能力を恐れぬならばかかってくるがいいっ!!」
「桐壷委員長、ウチのバカ共がすまない」
「いえ這寄さん? 関係ないって顔しているが、貴女も最早彼らの一員ですからね?」
「何っ!? ――そ、そうか。私も英雄と同じか……、えへ、えへへ」
「うおっ、おおー……。かの姫君が脇部のあんちくしょうに完全籠絡されたという話は、本当の本当だったか……、脇部英雄! 恐ろしい子っ!!」
以前の鉄面皮であった頃しか見たことが無かった桐壷は、フィリアの変貌ぶりにたじろいだのも一瞬。
ゴホンと咳払いを一つ、本題に入った。
「……まあいい、今日は校内でも随一の問題児どもに、聞き込み調査をしに来ただけだ」
「ガサ入れしに来ただけにしか、見えなかったけど?」
「お前達のクラスに来るなら当たり前だろう? 知らないとは言わせないぞ、脇部英雄。お前が入学してから校内の全裸事件率が三十パーセントから五十パーセントまで上がっているのだ!」
「そもそも三割もあったでおじゃ?」
「薄々感じてたけど、やっぱここ私立でもねぇのにフリーダム過ぎね?」
「私立じゃなくて市立だからじゃないかな?」
「そういえば我輩の父が、昔から自由な校風だと言っていたでゴザル」
「栄一郎のお父さんってここのOBなの?」
「まて貴様等、話がズレているぞ」
「ふむ、燃料を投下したのは桐壷委員長だった筈だが。――それで、我々に聞きたい話と言うのは?」
フィリアの問いに、桐壷は鋭い視線で四人を見て。
「廊下を爆走する甲冑、ミニ四レース、教室のテレビの違法使用、空き教室の泣き声、教師と生徒の不適切な関係――ああ、これは教師と教師だったか? それと…………」
「どれも聞いたことがある話だね」
「あ、もしかして前の脱衣ゴミシュートゲームで敗北したのを根に持ってるでおじゃ?」
「いや、黄金のカレーパン争奪戦でボロ負けした話じゃね?」
「それか、こないだの校門の荷物服装検査の事か?」
「全部だ愚か者どもがっ!! 今年の秋以降! 我が校のトラブルが加速度的に増えているのだっ! ついでにカップル発生率も! 由々しき事態ではないかっ!」
「それらの原因が我々だと?」
「そうだ! 特に這寄、そして脇部! 貴様等には同棲と不純異性交遊の疑いがあるっ!!」
桐壷とフィリアの間で火花が散った。
男どもがこそこそとトトカルチョを始めるのを横目に、二人は立ち上がって至近距離でメンチの切りあい。
「成程? 私と英雄のその様な疑いがあると? ――もしそれが事実だったらどうするのだ?」
「知れた事、先生方に言って停学処分にしてもらう! 我が校の風紀はワタシが守る!!」
「それは見事な宣言だ、――だが、忘れていないか?」
「何をだ、だいたい這寄! その指輪は何だ? 羨まけしからんぞ!」
「恋人からの心の篭もったプレゼントだ! はっ、羨ましいだろう!!」
「ね、栄一郎。彼女達は何を争っているのかな?」
「聞いたことがあるでゴザル、二人は――どちらが先に恋人が出来るかで争っていたとかなんとか!」
「ははーん? そんで今更ながらに気付いて突撃してきたと」
「そこっ! 無駄口を叩くな!」「いいぞ! もっと言え! この脇部フィリア、――おおっとまだ早かったな。這寄フィリアが許す!」
がるがる、わんわんと激突する二人に英雄はサクっと聞いた。
「桐壷さんは僕らに何がしたいの?」
「知れた事っ! 貴様等の噂が本当なら! その幸せを壊す! 風紀の為にだ! 決して抜け駆けしてワタシ達の友情を裏切ったなコンチクショーという気持ちは一切ないっ!!」
「血の涙を流して言っても、説得力ゼロでおじゃ」
「この既視感、エテ公に近いものがあるね。どうエテ公?」
「ごめんな風花ちゃん、少し前だったら声かけたけど、今の俺には可愛い愛衣ちゃんっていう彼女がいるから」
「告白してないのにフられたっ!! しかもエテ公なんぞにっ!! どうしてくれる這寄っ!! ええい! 貴様等が同棲してると言いつけてやるからなっ!!」
わぎゃーん、と半泣きで叫んだ桐壷に、フィリアは胸の下で腕を組み。
彼我の埋まらない戦闘力を見せつけながら言い放った。
「やってみろ! 無駄だろうがな!」
「…………どういう事だ」
「ふっ、私が君がそう言ってくる可能性を見逃していたと思うな! 先生方には根回し済みだ! 私が十八になり次第、結婚する事も報告済みだ!」
「フィリア? 帰ったらじっくりお話しようね? 未来さんも含めて徹底的に話そうね?」
「ひ、英雄っ!? 私は二人の為を思って――」
「それは理解するけど、君は僕に一言あるべきだったよね?」
「………………ごめんなさい。嫌いになった?」
「フィリアってば不安がりやさんだなぁ、僕は君を嫌いにならないし。世界中が敵に回ったって見捨てたりだってしないさ」
「ぐ、ぐおおおおおっ、これがリア充の輝きっ! 溶けるっ! この風紀委員長であるワタシの人生イコール恋人ナシの経歴が悲鳴をあげているっ!!」
イチャつく二人に、悶絶して床を転げ回る風紀委員長。
栄一郎と天魔は、痛ましい物を見たと目を反らし。
「んじゃ、後は任せたぜ脇部」
「拙者達は帰るでゴザル」
「そうだ、ゲーセン寄ってこうぜ」
「ガンシュー勝負でもするでゴザルか?」
「脱衣麻雀で勝負だ!」
「乗ったでおじゃ! 相手は年上キャラでゴザル」
「年下の間違いだろ?」
「お疲れ~~、…………僕もフィリア誘って行くかなぁ。そろそろ叔父さんにも紹介したいし」
二人を見送って、英雄は女の子二人に視線を戻す。
愛しの彼女は、ごろにゃんと彼の胸に抱きついて。
風紀委員長は、ハンカチを噛んで嫉妬に瞳を揺らす。
「――ねぇ桐壷さん、僕と取引しないかい?」
「くっ、リア充の情けなどいらんっ!」
「まあまあ、見てみなよフィリアを。幸せそうだろう?」
「追い打ちをかけるかっ! 外道めっ!!」
「ふふふ、君にも……こんな風になるチャンスがあるって言ったら?」
「む!? 浮気か英雄っ!? もう浮気するのかっ!?」
「はいはい、絶対そんな事ないから。僕の胸の中で甘えててねフィリア、今夜は可愛いがってあげるから。――うーん、我ながらイイネこの台詞! 男の中の男になった気分だよ!」
「おい、悦に入ってないで話の続きをしろ」
「おっとそうだった。簡単な事さ、桐壷さんは僕の求めに応じて一回だけどんな事でも協力する」
「はん! ワタシがお前のようなヤツと取引するとでも?」
「…………――――合コンをセッティングしよう。君に恋人が出来るまでね」
「友よ! 今日からお前はワタシの親友だ! ちなみに、条件を付けても良いんだな!」
「勿論さ。とは言っても、彼女持ちとかはダメだよ? あんまし年齢離れてると難しい」
「それで十分だ、――嗚呼、這寄。お前は良い伴侶を持ったな、ワタシは祝福しよう」
「うむ、分かってくれたか桐壷!」
桐壷とフィリアは、堅い友情の握手を交わし。
(うん、上手く言って良かったよ。これでもし栄一郎が下手打ってもフォロー出来るね。……まったく、先生との恋愛って楽しそうな事、僕に隠すんだから)
フィリアに注意出来ないなと英雄は、満足そうに笑みを浮かべて。
そう、風紀委員である彼女の情報を手に入れ、そしてガサ入れするように情報を流したのは脇部英雄その人。
今回全てを画策した犯人は、親友の恋路を心から祝福したのだった。




