第37話 恋人の妹
端から見たらバカップルなのだが、本人達曰くまだ正式に付き合っていない英雄とフィリア。
だが、そんな問題など二人だけの睦言に等しい。
今日も今日とて、休憩時間に度にはしゃぎ、放課後には親友その他を引き連れゲーセンへ。
……の筈が、何をどうしたのか現在地は生徒指導室。
待ち受けるは、彼らの担任教師の跡野茉莉。
「どうしたのさ茉莉センセ、僕たちに相談があるって」
「ゲーセンはまた今度だな。――それで、今度は何です? また恋人との悩みですか? ウチの未来に相談すれば良いでしょうに」
「オマエら、担任であるアタシに冷たくねーか?」
「センセ、自分の学生時代を思い出してくださいよ。放課後を突然邪魔されて良い気はしませんよね?」
「教師になったからこそ分かる――、イチャつく生徒を邪魔……否、見張るのも担任としての使命ってな」
「帰るか英雄」「そうだねフィリア」
「待て待て待て! 未来には相談出来ないだって! アイツ、ホントに聞くしかしねーんだからさ! 這寄、オマエは未来のご主人サマだろ? 事情知ってんだからちっとは相談に乗れってのっ!」
「なるほろ? じゃあ後は任せたフィリア」
「待て、一緒に居てくれ。君の愛するか弱い美少女を、一人で下校させるつもりか?」
「それを言われると痛いな、じゃあこうしよう。――センセ、ポテチ一袋で相談に乗るよ」
「はっ、脇部ならそう言うと思ったぜ。担任なめんなよ? ほら、のり塩味とコンソメ味だ!」
「いやっほう! 茉莉センセったら分かってるぅ!」
「む、未来め。情報を漏らしたな?」
「こらこら、決めつけるんじゃねぇ這寄。別ルートの情報だ」
「へぇ、センセも耳が広い。それで、今日は何に困ってるの? 僕ってばまだ童貞だからセックスの相談には乗れないんだけど」
「そうだな、私もまだ処女だからな。セックスの相談には乗れないんだ」
「オマエらまだなのかよっ!! 信じられねぇ! アタシが同じ頃は…………いや、学生としてはそれで良いのか?」
「清く正しくがモットーですから!」
「嘘こけ、清く正しくがモットーの奴は二年の男子全員を巻き込んで校内ミニ四モーターレースを開かねぇっての!! 校長と教頭と生徒指導も参加してるとか! オマエはいったいどんな手を使ってるんだよっ!! 担任のアタシの身になれ!!」
「英雄が重ね重ね申し訳ない」
「馬鹿め同罪だ這寄、優勝者はオマエだって知ってるんだからなっ!!」
「けど茉莉センセ、優勝商品のゴールデンベリー焼そばパン・ウルトラデラックス~お気の毒ですがセーブは消えました~を横流ししたよね? 見逃す代わりに恋人と食べるからくれって」
「何? 聞いていないぞ私は!?」
「ぐっ、流石に覚えていたか脇部ぇ……」
苦虫を噛み潰したような顔をした担任教師(禁煙のプロ)は、懐から電子煙草を取り出して。
「センセ、電子煙草とはいえ生徒の前で吸うの?」
「昔ならいざ知らず、今では少し配慮に欠けると思いますが?」
「ぐっ、オマエらまで同じような事をっ!」
「話は変わるんだけどさ、煙草で思い出した。栄一郎ってば恋人が禁煙出来るように。吸いたくなったらキスする様に言ったんだって」
「なあ脇部、オマエわざとか?」
「それなら私も聞いた、なんでも四六時中キスを求められて嬉しいとか言ってたな」
「這寄、わざとだなオマエも?」
「そうそう、こうも言ってたよね。在学中に子供産んで貰うから絶対に禁煙させるって」
「マジかよっ! アイツそんな事言ってたのっ!?」
「あ、センセも栄一郎の恋人の話を聞きたい? でも残念ながらアイツってば、頑なに相手の名前とか言ってくれないんだよね」
「そうだな、机はその辺りのガードが妙に堅いな」
「名前はともかく、僕は親友だし遠目からちょこっと見せてくれても良いのに」
「ふむ、今度着けるか?」
「さらっと言わないの、親しき仲にも礼儀ありってね。そういうのはマナー違反」
「脇部、オマエって良い子だったんだな……!」
「え、誉められた僕? もっと誉めてくれても良いよ茉莉センセ!」
「英雄、私以外の女に誉められて喜ばれると。すこし複雑な気分なのだが……」
「しょうがないなぁ。はい、ぎゅー」
「ぎゅー、受け取った。ふふ、また君に惚れ直してしまったじゃないか」
「なあ、色々とダメージくるから。そろそろアタシの相談に乗ってくれよ」
「センセも恋人呼んでイチャイチャすれば良いのに」
「出来ない理由があるのだろう、そもそも校内は部外者は立ち入り禁止だ。生徒でもないと無理という話だ」
「はいやめ! アタシの恋人の話はしまいだ! 今日はアイツじゃなくて。…………その、なんだ? アイツの妹の話なんだ」
「ふむ、跡野先生の恋人の妹の話ですか?」
「なるなる、結婚を前に小姑さんが反対してるとか、そんなんって事? ネット見れば解決法とか体験談が山ほど有りそうですけど?」
「それもそうだがなぁ、実はその小姑がオマエ達の知り合いでな」
「つまり、恋人も僕らの知り合いって?」
「後生だ。まだ、その辺りはつつくんじゃねぇ」
「ではその話は後日で。先ずは小姑と仲が拗れた原因から伺いましょう」
相談されている身とはいえ、恋バナは他人事だから楽しい一面もある。
バカップルは、身を乗り出して耳を傾けた。
「話せば長くなるが、――そもそも恋人との出会いっつーか。関係の持ち方を間違えたのが原因なんだ」
「というと?」
「年下だって話したか? まあいいや、アイツと出会ったのはアタシが高校ぐらいの頃で、歳の差は干支を一回り以上」
「…………先生。何やら、犯罪の匂いがしてきたのですが?」
「はて、最近。同じ様な事を聞いたような――? ああ、続けてセンセ」
「近所でも評判の可愛い兄妹でな、当時荒れてたアタシは初めてショタの良さを知った……、ああ、あの時のアイツは神が作り出した罪そのものだった」
「ショタコンだったのセンセ!?」
「今は卒業済みだ、――卒業させられたと言うか」
「跡野先生が恋人に惚れ込んでいる事は知っている、その続きどうぞ?」
「…………これから言う事は、誰かに話したら殺す」
「言いふらさないから、続きをどうぞ茉莉センセ」
「絶対だぞ、――でだ。あれはアイツが小学生の頃だった」
「何があったのですか?」
「食った」
「は?」「なるほろ?」
「あんときは近所のよしみで、臨時家政婦のバイトしてたんだ。アタシが大学生の頃――の筈だ。ついでに言えば失恋した翌日でな。酒飲みながらアイツらの相手してたんだが。まあ、これが見事に食っちまってな……」
「センセ、自首しよう?」
「自首しようとする度にな、アイツが『警察行ったら俺、死ぬから。アンタは俺の隣でラブラブしながら一生かけて償え』って感じでな」
「なるほどぉ…………、やっぱ何処かで聞いた話だなぁ」
「つまり、この事が小姑には気にくわないと? その小姑は全てを知っているのですか?」
「いや、全部は知らねぇ筈。……薄々勘付いてるんだろーな。だから蛇蝎の如く嫌われてなぁ。最近、小姑に言わないで同棲始めたんだがな。――ああ、オマエらの所為だぞ? 影響されて、アッチの親もアタシの親も口説き落として、数年以内に結婚前提の同棲に持ち込みやがったんだ」
「なるほど? 栄一郎……いや、まさかな。僕の勝手な想像でみんなを混乱させたくない」
「それは拗れるぞ跡野先生――、もはや直接対決して話し合う他ないだろう」
「そこを何とか!! 良い手は無いのか!!」
拝むように両手を合わせる担任に、英雄は曖昧な表情でズバっと言った。
「あるよ、一つだけ」
「ホントか!?」「ほう、興味深いな」
「簡単な事さ、その推定・栄一郎……じゃなかった恋人さんが中心になって話し合うべきだよ。だってセンセだけの問題じゃないでしょう」
「成程、道理だな。同棲も結婚も一人では出来ない、相手が必ず関わってくる以上。当事者として参加しなければ」
「うぐぐっ、……それしか、ないのか?」
「無いですよセンセ、年上だからって背負い込まないで。第一、ここまで関係を持って行ったのはその恋人さんじゃないですか」
「そうだな、英雄の言うとおりだ。では話は決まりだ。その恋人と話し合うのをお勧めします先生」
「そっかー、それしかねぇかぁ……」
でもなぁ、いや、アイツに、等とウジウジする跡野茉莉担任教師。
それを前に、英雄とフィリアは困った顔を見合わせ。
そそくさと退出しようと、鞄に手を延ばしたその時だった。
「ここに居ましたか女狐っ! 親から話は全て聞きました! アナタが兄さんを長い間誑かした悪女の正体ですね! ええ! そうじゃないかって思ってたんです! 今日こそは兄さんと分かれて貰いますからねショタコン女!!」
現れたるは机愛衣、机栄一郎の妹その人である。
「たたたっ、助けてくれ脇部這寄っ!!」
「その人の味方をするんですか英雄センパイ!!」
「栄一郎……、そうじゃないかって思ってたけどさ! やっぱり君かよ栄一郎!!」
「跡野先生、英雄の後ろに隠れるな。今、机兄を呼んだからそっちにしてくれ」
「ナイスだフィリア! ――という訳でさ愛衣ちゃん、茉莉センセ。僕はどっちかって言うと栄一郎の味方だから」
「そして私は英雄の味方だ!」
「うーん、フィリアってば頼もしい」
教師と女生徒が睨み合う中、栄一郎の到着と共に二人は帰宅した。
「スマン! 助けてくれ英雄っ!! ちょっとだけで良いからこの場に居てくれっ!!」
「ごめんね栄一郎、君の力になりたいのは山々だけど。これは君の問題だよね? それにあの二人ってば冷静に話し合える雰囲気じゃないし。また後日呼んで? その時は君のサポートするから」
「では、頑張れよ机兄。――さて英雄、今日は何を食べたい?」
「鱈の切り身とか白菜買って、鍋にしようよ」
「そうだな、二人で同じ鍋をつつき合うのもオツなものだろう!」
二人は仲良く帰宅、買い物デートとしゃれ込み。
熱々の鍋を食べて、イチャイチャしながら過ごした。




