第36話 深夜にするコト
大なり小なりトラブルや騒動はあれど、夜は基本的に静かな時間だ。
特に拉致監禁事件があった後からは、テレビをBGMに、お互い無言でべったりくっつく時間が増えた。
勿論、フィリア先生のハチミツ授業やポテチ争奪大乱闘ブラザーズな時間も多いあるのだが。
特に就寝後の深夜は、静かな時間の筈だった。
「――――何してるのフィリア? こんな夜中にさ」
「っ!? お、起こしてしまったか英雄。何、少し部下へ指示を出す書類がまだだったのを思い出してな」
「なるほど、それでわざわざちゃぶ台を台所に移動させて、ライトスタンドまで使って書き物を?」
「ああ、すまないな。もう直ぐ終わる」
「高校生だってのに、企業してる由緒正しい家柄のお嬢様は大変だね。…………と言うとでも思った?」
「………………ダメか?」
「ダメだね。はい、それをよく見せて」
「その……、これはだな。私達の将来を考えてだな……」
「へーえ、ふーん、ほーう? 僕たちの将来かぁ……、知らなかったなぁ、僕たちが婚約して結婚式をあげる為に、招待客宛のメッセージカードを送る所まで進展してるだなんてさ」
そう、ちゃぶ台にあったのは住所録と結婚式の招待状。
よくよく読んでみれば、会場と日時が空欄であったのが幸いであったが。
そういう問題ではない。
眠気など、一気に吹き飛ぶというモノである。
「良い機会だから言うけどさ、こういうの止めよ?」
「こ、これは将来に備えてだなっ!」
「言い訳だって、僕の目を見て誓える? これを数日後にもみんなに送らないって。会場の下見とかしてないって」
「……………………ごめんなさい」
「はい、よろしい。じゃあそれしまって、僕の隣においで」
「うむ、今すぐ片づける。数秒待て」
「あ、本当に数秒だ。もしかして土壇場で隠す事も想定してたね?」
「その通りだ。――で、隣に来たがどうするんだ? 正座でお説教か?」
「今の僕は、君が選んだライオンさんパジャマだからね。肉食獣らしくがばっと抱きしめる!」
「きゃっ!?」
「あ、可愛い声。髪にキスするね」
「んっ、どうしたんだ。こんなに甘やかして……。私はてっきり怒られるかと」
「んー、良い匂いだなぁフィリアの髪は。まあ怒るって言うよりかは君の不安を解消って感じ?」
「不安? どこに不安があると言うのだ」
「首筋にもちゅっと、大丈夫。キスマークは残さないさ」
「私は幸せでトロけそうだから、話すなら程々にしてくれ」
「それは残念、本当は唇にキスしながらお喋りしたいのを、フィリアが茹だるから妥協してるのに」
「くっ、恥ずかしがり屋が恨めしい!」
「はいはい、ゆっくり慣れていこうね。……で、不安に思ってると考えた理由だけどさ」
「聞こう、せっかくだから私のお腹に手を回してくれないか?」
「いいねそれ、すっごくカップルっぽい。では遠慮なく」
「ああ、――……落ち着くなこれは」
布団の上で、英雄はフィリアを後ろから抱きしめ。
両手は彼女のお腹に回し、顔は右肩に髪の匂いを堪能しながら。
「段々とね、君の事が分かって来たんだ」
「それは嬉しいな」
「それでさ、君が変な行動をする時って。何かに怯えてるか不安に思ってる時じゃない?」
「何処でそう判断したのだ」
「同棲騒動時だって、愛衣ちゃんのラブレターが切っ掛けでしょ。拉致監禁だって僕に色々バレてパンクしたのが原因だ。――だからさ、もっと君をよく見るようにしたんだ」
「興味深いな、続けろ」
「まずフィリアってば、キスするとその後、一瞬不安そうに瞬きするでしょ。気づいてない?」
「…………驚いたな、初耳だぞ」
「まだあるよ、たまに寝言で『捨てないで英雄』って言ってるよね」
「それも初耳だ」
「だろうね、自分の寝言を把握してる人なんていないもの。それでもって、言った後は必ず僕との距離を縮めるんだ」
「つまり……、無意識に不安に思ってると?」
「僕の見立てではね。君ってば僕が好きすぎて幸せだと、それが壊れるのが不安になってるって」
「それは、…………あるかもしれないな」
「これまでずっと僕の事見てるだけで、不安だったでしょフィリア。そしてそれを原動力に行動してた」
「だから、不安に思うと行動に出ると?」
「だねぇ。この前も冬休みに遊びに行こうって話した時、貸し切りにするって息巻いてたじゃない」
「事実、可能だからな」
「それってさ、僕への独占欲と万が一を考えてしまった不安からじゃない」
「否定は、出来ないな……。ああ、でも。そう言う風に理解して貰えるとはとても、とても嬉しい」
「こんな事で泣きそうにならないでよ、フィリアはもっと僕と幸せになるんだからさ」
「そこで僕が、ではなく。僕と、と言う君だから私は好きなんだ。――これ以上、私を喜ばせてどうするんだ」
「フィリアにずっと側にいて欲しいからね。素直に気持ちを言うくらいはしないと」
「これだ、私は死んでもいい」
「僕が、月が綺麗ですねって言ってからにして?」
「そう来たか、英雄はロマンチックな事が好きだな」
「ロマンチックな僕はお嫌い?」
「いいや、好きだ」
「ありがと。じゃあ、そろそろ寝ようか」
「あっ……」
英雄は立ち上がり電気を消す、お腹と背中から温もりが無くなり、フィリアは悲しそうな声を出したが。
すぐに英雄によって布団の中に誘われ、幸せそうに抱きついた。
「ねぇフィリア、君が外堀を埋めようとするのを。僕
は否定しないよ。でもさ、ちょっと早いんじゃないかな? 僕は世界中を敵に回しても君と一緒に居るし、手順を踏んで幸せになりたいんだ」
「すまない、確かに英雄の言うとおり。少し不安だったようだ」
「だからさ、今度から何かをする時は。僕に抱きついてキスしてから、何をするか言ってよ」
「それは……少しだけハードルが高くはないか?」
「大丈夫だって、唇にしてくれると嬉しいけど。手とかほっぺで妥協するさ」
「トイレに行くときや、体育の授業で着替える時も?」
「僕はそれでも良いけど、数日経たずに我慢できなくなってディープなやつになるけど良い?」
「…………分かった、外堀を埋めたくなる時は君にキスしてちゃんと言う」
「分かってくれて嬉しいけど、残念だな。僕は綺麗で可愛い彼女を自慢したい」
フィリアはくすりと笑って、目を瞑った。
英雄もまた、目を瞑って彼女の額にキスをして。
「おやすみのキスは唇でも良いぞ」
「ダメだね、そうすると僕が我慢出来なくなる」
「では私からだ。――――ん」
「……わお、興奮して眠れないかも」
「私は幸せな気分のまま眠れるな」
「ズルいな、じゃあ僕も眠れるように何かしてよ」
「狡い男だ、私が君に頼まれると断れない事を知って言うんだからな」
「彼氏の特権ってやつさ」
「ところで、私は何時カノジョに格上げされたんだ?」
「良いところに気がついたね、実はまださ。英雄くんポイントがもうそろそろ貯まりそうだから、事前サービスなんだ」
「それは残念だ、では私もカノジョに格上げになった時の為に、事前サービスといこう」
「へぇ、何するの?」
「それはだな……」
フィリアは英雄のパジャマの前をはだけると、その胸板に強く吸いついて。
「………………はぁ、はあ。こ、これでどうだっ!」
「耳まで真っ赤になってるよフィリア」
「言うな、こ、これでも……、凄く勇気を出したんだ! ああ、頭がくらくらしてきた」
「キスマークつけるから、酸欠でも起こしたんでしょ。僕が空気を入れてあげようか?」
「馬鹿、舌を入れるだけで済まないだろうが」
「残念、見抜かれてたか。それにしても、フィリアがそうしたって事は、僕もキスマーク付けて良いの?」
「私をカノジョに格上げしたらな」
「むむ、君もやるね。英雄くんポイント高いけど悔しいから据え置きだ」
「やせ我慢だな、どこまでそれが続くか高見の見物といこう」
「その言葉、後悔しないようにね。フィリアがメロメロになるように頑張るからさ」
「それは怖いな、とても楽しみだ」
二人は指を絡ませ、恋人繋ぎにして幸せに眠りについた。




