第29話 大団円?
アパートにたどり着いた時には、もう日は暮れて夜だった。
然もあらん、今日は土曜日。
それ故に、放課後は午前の授業が終わった後だったが、修羅場探偵栄一郎の推理劇、校内での追いかけっこ、監禁時間は大凡五時間。
逃げ出したフィリアを追いかけ口説いて、となれば晩ご飯の時間など過ぎ去って。
「…………フィリア? 中に入らないの?」
「待て英雄いくら私といえど、どんな顔をして入っていったら分からないのだ」
「いつも同じ顔だよね」
「何処がだ! 喜怒哀楽ははっきりしているだろう!」
「僕は分かるけどさ。君の喜怒哀楽って、いっつも真顔で声を張り上げてるだけだよね? たまに照れてる所とか、僕だけに見せる顔って感じで好きなんだけど」
「英雄までそう言うのかっ!?」
「までって事は、以前にも誰かから?」
「ああ、父と母からな……、祖父母は分かってくれたのだが」
「未来さんは?」
「にっこり笑って、笑顔の練習から始めましょう、と」
「残念でもなく当然の結果じゃない?」
「どこがだ!」
「まあまあ、フィリアが凄んでも迫力が増して怖いだけだよ? 僕ならフィリア検定名人だから、今のは困惑半分、苛立ち半分だって分かるけど」
「これ以上惚れさせてどうするつもりだ? お金とこの美しい体しか出ないぞ?」
「お金は要らないし、体は結局恥ずかしがって出さないよね? まあいいや、とりあえず想像してみてよ。もし君が未来さんの言うとおりにして、笑顔を習得できた場合さ」
「とても興味深い、続けろ」
「その笑顔は大輪の花のようで、見る者全てが魅了されるだろう……」
「それは君もか?」
「勿論だよ! もう舞い上がって舞い上がって、速攻で告白したと思うよ! 運命の人だって!」
「それ程かっ!?」
「かーっ、残念だなぁ……、笑顔さえ完璧だったなぁ、フィリアに首ったけだったのになぁ」
「私とした事がっ! 人生最大の過ちだっ!」
「いや、その前にもっと反省する所があるよね?」
「こうしてはいられない! 笑顔の訓練をする!」
「それは良いけど、そろそろ入らない? 僕、お腹空いちゃって」
「その前に、少しでも付き合え。君のオンナが魅力的になる絶好の機会だ」
「うーん、良し。ちょっとだけだかね」
「それでこそ英雄だ! では…………どうすれば良いのだ?」
笑顔、笑顔と表情筋を動かしているつもりだろうが、毎度の様に、迫力が増すだけのフィリアに。
英雄は苦笑を一つ、手錠の鎖一つ分の距離をつめて、両手を彼女の頬に添える。
「待って、なんでフィリアも僕の顔に手を添えるのさ」
「キスする雰囲気では無かったのか?」
「君の笑顔をサポートする為なんだけど?」
「それは残念だ……凄く、凄く残念だ……。今夜も寒いし、こうしていると君の暖かさが感じられて。胸がトキメクのだが」
「ふーん、それは奇遇だ。いい加減、フィリアの顔wも見慣れたと思ったけど。こうして間近で見るとドキドキする」
二人は、そのまま柔らかな視線で見つめ合い。
「キスするでおじゃ?」「キスするんですかね兄さん」「これはキスだな、若いって良いなぁ」「あら茉莉ちゃん、ワタシ達だって若いですよ」
「くっ、這寄さんの為だ、我慢だみんな」「男泣きだ、おまえ這寄さんガチ勢だったのか」「これも脇部×這寄本に加えて……」「出来たら見せてね」「這寄さんもキスするんだ」「表情薄いけど、あの子結構分かりやすく乙女じゃん」
「……………………みんな? 何時から見てたの?」
「~~~~っ!? くっ!!」
ふと気づけば、一階の窓全てから英雄救出部隊の面々が全員顔を覗かせて。
代表として栄一郎がしらっと告げる。
「入らないの? の辺りからでゴザル」
「最初からだよねそれっ!!」
「というか、心配して窓の外をずっと見てたからにゃあ」
「すぐに帰ってきたって分かりましたよね兄さん。それと英雄センパイ、学校で熱烈な告白したんですって? 他の部活の子から動画が回ってきましたよ」
「全部筒抜けじゃないかっ!?」
「愛衣、後で私にもその動画を送っておいてくれ。永久保存版にする」
「フィリアも欲しいのっ!? 僕は気恥ずかしいよ!!」
「まあまあ英雄殿、実は拙者達。お二人にお願いがあるでゴザルよ」
ニヤニヤしている栄一郎に不安を覚え、二人は他の者に助けを求めるように視線を動かせば。
彼だけでは無く、全員がニヤニヤと。
「それでは皆の衆! 今こそ、この言葉を言う時でおじゃる!」
「キース!」「キース」「熱烈なキスを!」「キスしろよお二人さん!」「ひゅーひゅー熱いねぇ! キスして見せろ!」「キス!」「接吻!」「ベーゼ!」「舌も入れろ」「いや、それは生々しくてダメじゃね?」「ともかくキス! キス! キス!」
「………………キスする?」
「う、ううっ、こ、こんな皆がいる前でかっ!!」
「えー、しないの? 僕はフィリアとキスしたいよ?」
「くぅ、恥ずかしいではないかっ! もっと二人っきりの時にだな――――キスキスとうるしゃい!!」
いつもの様に鉄面皮だが、頬を赤くして目をグルグルさせるフィリア。
そして鳴り止まぬキスコールに、周囲の家の人々も出てきて何故か一緒にキスコール!
「お前達! いい加減に――――っ!? ~~~~~~~~~っ!? …………………………ん」
「んっ、と。御馳走様でしたってね」
「いえええええええい! カップル誕生だあああああ!!」「ご結婚おめでとうございます!」「早くね?」「遅かれ早かれじゃね」「ご出産おめでとうございます!」「早くね?」「遅かれ早かれだろう」
「誰だよっ、まだ孫まで居ないよっ!?」
「そこまで言ってないぞ英雄…………まったく、君ってやつは…………」
「僕の胸の中でそう言ってくれると、すっごく男として満たされた気分だ。…………いえーい、非モテ男ども見てるぅ! 僕は最高に幸せだよ!」
「はっはっはっ、こやつめ言いよるわ」「月曜日は祝福(物理)だな」「全男子に通達しとくわ」「帰ったらバッド磨かないと」「ちゃんと金属にしとけよ」「釘の方がよくね?」
「ふふっ、月曜日は慌ただしくなりそうだな英雄」
「君も一蓮托生だよフィリア、なんたって僕のオンナなんだから!」
「ああ、私は君のオンナなんだからな!」
楽しそうに笑う二人に、窓を乗り越えて出てきて皆は祝福を。
「いやー、収まるところに収まって。拙者も一安心でゴザルよ。…………それにしても、よく長年ストーカーして拉致監禁までした這寄女史と付き合う気になったでゴザルな」
「いや、付き合ってないよ?」
「そうだな、まだ付き合っていないな」
「またまたお二人さん、冗談が上手いでおじゃ~~」
「そうは言っても……ねぇフィリア」
「ああ英雄、私達はまだ、付き合っていないぞ?」
「……………………え、マジ? いやいやそんなまさか、キスまでして? 嘘だろ?」
この後に及んで、恋人では無いと言う二人の言葉に耳を疑う栄一郎他全員。
だがしかし、英雄とフィリアの顔は冗談を言っている様子は無く。
「で、でもですよセンパイ! さっきフィリア先輩を『僕のオンナ』だって!」
「ああ、その事ね」
「その事って……説明してくださいよっ!!」
「我輩も説明して欲しいでゴザルが?」
「説明が必要なの? みんなも?」
こくこくと頷く全員を前に、英雄はヤレヤレと肩をすくめて。
「もー、みんなさぁ。ちゃんと考えてよ、僕はフィリアに何をされたか知ってるだろ?」
「私の深い愛の発露を思い知ったな」
「はいフィリア、君は喋る権利はありませーん。……つまる所、何年も何年もストーカーされてさ、他の女の子とのフラグ折られて――まぁ、これはどうでも良いけど」
「ああ、這寄女史以外の女の子との可能性は良いのでおじゃね?」
「そうだね、でもそこに突っ込まないで栄一郎。僕が言いたいのはさ。…………拉致監禁する女の子ってダメでしょ」
「では英雄様、僕のオンナ発言は?」
「そこだよ未来さん。――僕は思ったんだ、フィリアを野放しで行動させちゃいけないって」
深く頷く一同に、フィリアは視線を反らしたがそれはそれこれはこれ。
「そこで、だ! 僕は新たな関係を築く事にしたんだ! 僕のオンナ! それは即ち、主導権は僕! フィリアがちゃんと更生するまで、恋人とか結婚はオアズケだってね! どう! 賢いでしょ!」
「まったくだ、こんな美少女を都合の良いオンナ扱いするなんて酷いと思わないか?」
「残当」「残当」「残念でもないし当然」「理屈は分かった」「らしいと言えばらしい?」「色んな意味で凄いわ英雄っち」
「というか恋人にランクアップ前提なんだ」「結婚もね」「つまり……何も変わらないのでは」「しっ、言っちゃダメ! 二人は納得してるんだから、これ以上拗らせたらどうするの!」
「………………ったく、英雄らしいにゃあ」
「これは……、わたしの入る隙間がまだあるって事ですかね?」
生暖かな視線を前に英雄はふんぞり返り、フィリアは不満そうに口を尖らせて。
――もっとも、その瞳は満更でもない光を灯していたが。
「よし! みんな理解したね! じゃあ――――僕たちの晩ご飯ってある? お腹ぺこぺこなんだけど」
「馬鹿、英雄殿と這寄女史を待って。みんなお菓子で済ませていたでおじゃるよ!」
「未来さんと、女狐……じゃなかった跡野センセイが作ったピザが、そろそろ焼き上がる時間です」
「という事は…………今夜はピザパーティだっ!! うっひょおおおおおお! 食べて騒ぐぞおおおおおお!」
「待て、はしゃぐ前に手錠を外して貰うぞ。――未来、鍵を持っているな?」
「鍵はダメですよフィリア様、今夜は皆様が帰るまでずっとそのままです。慈悲としてトイレの時だけは外してあげます」
「だってさ、大丈夫! 僕が食べさせてあげるよ! さあ皆! ピザ食べながらゲーム大会だ!」
歓声が上がる中、フィリアは英雄の胸に顔を埋めて微笑んだのだった。




