第22話 禁断のフォトグラファー
今日も平和であった、脇部英雄という人間にとっては。
朝は美少女と共に手を繋いで登校し、昼にはチキチキ購買猛ダッシュレース――勝者は窓からショートカットしたエテ公。
放課後はと言えば、フィリアは用事があると別行動、彼といえば栄一郎とゲーセンへ。
「ただいまー」
「おかえりだ旦那様、手を洗ってテレビでも見ていろ。――ああ、ちゃんとうがいもするんだぞ」
「はぁい、ママ」
「その呼び方は子供が出来てからだ」
「了解、ハニー」
家に帰れば、お帰りなさいとエプロン姿の美少女。
となれば、台所で揺れるエプロンの紐など眺めながら和気藹々と雑談だ。
「…………色々ツッコみたい所はあるが。君、対戦格闘ロボゲーで脱衣大会など、よく許されたな?」
「駅から少し離れてるのが難点だけど、あそこの店長は、僕の叔父さんが店長なんだ。種類も豊富でお勧めだよ今度一緒に行こうよ! …………何故か警察が良く来るから治安も良いし」
「君の血筋はどうなっているっ!? 警察にマークされているじゃないかっ!?」
「ははは、そんなまさか。今日だって見回りに来てそのまま審判を名乗り出てくれたんだ、超フレンドリーだよね」
「エキサイトし過ぎないように、コントロールしに来たんだそれはっ!!」
「フィリアにも見せたかったよ。ブリーフ一枚にまで追いつめられた巡査部長さんの、圧倒的な逆転勝利を…………あれはミラクルだった」
「審判は何処に行った!? というか不祥事ではないかっ!! 世間にバレたら大問題だぞ!!」
「はっはっはっ、大丈夫だって。周囲のお店も住人も理解があるし。叔父さんはこの辺りの署長に大きな貸しがあるんだって言ってた」
「既に不祥事だったっ!?」
「確か、総理とか検事長とか判事とか、叔父さん色々と貸しがあるって言ってたなぁ。あ、話は変わるけどさ、今の総理って細マッチョなんだよ、知ってた?」
「話が変わっていないっ!! 総理まで参加してたのかっ!?」
「ははっ、まさか。過去の話さ」
「参加していたっ!? この国はどうなっているっ!?」
「大丈夫さ、世界各国同じだって。こないだは総理とアメリカ大統領との一騎打ちヌルヌルパンチングマシーン対決してたから」
「お前の血筋で世界がどうかしているっ!?」
「ウチの親父の血筋は凄いよねぇ……僕なんてまだまださ」
「頼むから、今のままで居てくれ。今の英雄が好きだぞ」
その言葉に、体をくねくねして照れた英雄は、はたと気付いた。
ちゃぶ台に置いてあるフィリアのスマホが、いつもと違う。
「ありがと。そういえば、フィリアは何の用事だったの? この新しそうなスマホに関係ある?」
「ほう、お目が高いな。正しくそうだ、ちょっと機種変更をしてきた」
「言ってくれら一緒に着いていったのに、暇だったんじゃない?」
「気持ちは有り難いは、英雄はゲーセンに行くのを朝から楽しみにしていただろう?」
「ああ、僕への気遣いか。ありがとう、でもフィリアと過ごすのも大切だから喜んで暇つぶしに付き合ったのに」
「君のそういう所が好きだぞ」
「ラブ?」
「今日はサービスしてラブという事にしておこう」
「わお、リップサービスでも嬉しいね! ――ははぁ、さてはフィリア。新しいスマホかなり気に入ってるね?」
「ふむ…………――分かるか?」
振り向いたフィリアは、満足そうに口元を歪めていて。
英雄は苦笑しながら答えた。
「フィリア検定三段の僕じゃなくても分かるって」
「ふふ、そうか? そんなに浮かれていたか?」
「そりゃもう、だって君。帰ってきた僕を速攻で一枚撮ってたよね。その後、自分も一緒にもう一枚。着替えてる僕にセクシーポーズを取れ! とか叫んでたよね?」
「大した洞察力だな、誉めてやるぞ。よしよし」
「嬉しくないなぁ……」
「はいチーズ」
「いぇーい! ――しまったっ!? つい乗ってしまった!!」
「さ、晩飯にするぞ。手伝ってくれ」
「はいはーい、今日は何かなぁ……うおおおおおっ!! 僕の好きなハンバーグだあっ!!」
「それだけ喜んでくれると作り甲斐があるが、英雄の好みは分かりやすいな」
「子供っぽいって言ってもいいよ。今なら絶賛許しちゃう!! いっただっきまーーすっ!」
家食べるハンバーグと言えば、ケチャップ一択だ。
口いっぱいに頬張れば、肉汁とからっと炒めたスライスにんにくが。
ケチャップの酸味と甘みが、それらを引き立てて。
「ああ、この為に生きてるて感じ…………食べないの
?」
「すぐ食べる、だが――――よぉし、この角度だ! これならSNS映えするっ!!」
「君、そんな趣味あったっけ?」
「知らなかったか? 今までも密かにやっていたのだぞ。ほら、私のアカウント」
「えーと、何々? 素敵な未来の若奥様? あ、結婚願望あったんだ」
「あたりまえだろう、名前はいい。それよりこれだ、今まで作ったのを乗せているんだ。これなんか――イイネが三万、リツイも一万を越えてるだろう!」
「凄いっ!? しかもこんなのが幾つもあるっ!? 人気アカウントじゃん!? ――あれ? でも炎上してるやつも…………」
と言いつつ、食べる手を止めていなかった英雄は。
その内容に、思わず箸を止めた。
「うーん、これは…………同棲中のカレピが作ってくれましたハートマーク×三つ、超美味しかった! 作ってる最中の後ろ姿も見て。――なるほど? 取りあえず何時撮ったかツッコで良いかな?」
「不思議だろう? 何故か英雄関連は須く炎上しているのだ」
「リプライ欄が、嫉妬と羨望で埋め尽くされてる……!!」
「ああ、これ何かは君のにしては珍しく受けてたな」
「動画? 再生数一億で、……おお、イイネリツイも十万越え。ってか何の動画?」
「君がアクロバティック裸踊りをしながら、ポテチを一袋分一個ずつ投げて、三十秒で全部食べた動画だ」
「どうやって撮ったのっ!? あの時、フィリアってばスマホ持ってなかったよねっ!?」
「そうか? 君の気のせいじゃないか?」
「というか顔は写ってないとはいえさっ!! 僕にも一言あっていいよねっ!! これじゃあ僕のアカウントで顔出しゲーム配信出来ないじゃん!!」
「ヴァーチャル美少女になれば良いんじゃないか? 声の素材は私が提供しよう」
「あ、それ楽しそう。動画サイトで荒稼ぎ出来そうだね!!」
「稼ぎと言えばな、この動画をサイトに上げたらバズって広告収入が出たぞ。この前、私が買ってあげた侍のピコピコはそれから出ている」
「初耳だよっ!? 感謝してたけど実質僕のお金じゃないかっ!? それはさておきゲームをピコピコって呼ぶのちょっとキュンとしたよ!」
「また、女としての魅力と甲斐性で英雄に勝ってしまった…………、敗北が知りたい」
「ご飯の後、ベロチューする? 歯を磨く時間はあげるよ?」
「私は敗北者だ……取り消すんだ今の言葉っ!!」
「ラップバトルするのかな? とくかいつの間にか増えた海賊マンガは君のだね? てっきり愛衣ちゃんが置いていったのかと思ったけど」
途端、フィリアはスマホをしまい英雄を睨む。
そしてあぐらをかいている彼に、正座を命じて。
「もぐもぐ、どしたのさ。フィリアもいい加減食べ名なよ冷めちゃうよ?」
「――――その前に一つ聞きたい」
「良いけど、君に隠す秘密はあんまり持ってないし」
「秘密があるのかっ!? まぁいい、今は愛衣の事だ、マンガを置いていくとは?」
「言葉通りだってば。最近はあんまりだけど、彼女ってば栄一郎とよく一緒に来てたし。お勧めのマンガを置いていくんだ、少女マンガばっかりだけど結構楽しいよ? ほら、フィリアが今読んでるシリーズもそうさ」
「あれもかっ!! 道理で兄の親友に恋するのが多いと思ったっ! しかも黒髪を長く延ばした主人公も多い訳だ!」
「割と涙ぐましい努力だよね愛衣ちゃん、僕にその気は無いのになぁ……」
何が楽しいんだろうね、と他人事の様に呟く英雄に。
フィリアは思わずハンバーグを食べさせる。
「はい、あーん」
「あーん。もぐもぐごっくん。ありがと、で、どしたのいきなり」
「英雄、今君は聞き捨てならない事を言わなかったか?」
「何か言ったっけ?」
「その、何だ? 涙ぐましい努力がどうとか」
「ああ、それ。困っちゃうよね、何だって愛衣ちゃんってば僕を好きなフリするんだか」
「君、それ本気で言ってるのか?」
「フィリアこそ気付かなかった? 彼女時々、僕の事憎々しげに見てるでしょ。ホンネの所で嫌いみたいだよ、だから君とも直ぐに仲良くなったでしょ? ここにもあんまり来なくなったし」
「………………言われてみれば確かに」
フィリアも漸く食事を開始しながら、思案し始めた。
彼女が家に来たとき、怒っていたが言葉だけだった様な気もする。
ボウリングの時、あの時は事前情報もあって張り手を覚悟していた。
だが仲良くなった。
それ以後は特に衝突など無く、こないだの剣道部の情報も実は彼女からだ。
(――――もしかすると、私は一手ミスを犯したか?)
英雄が入れた食後のお茶を啜りながら、彼がゲームで遊ぶのを眺めながら更に思案。
だが。
「こんばんわー、どもども英雄様。フィリア様の有能なメイド未来さんが来ましたよー」
「こんばんわ未来さん」
「うむ、ご苦労。だが何か頼んでいたか?」
「いえ、英雄様に先日言いましたしフィリア様のアルバムをお持ちしました」
「マジで!? やったね!!」
「そしてコッチはフィリア様へ、例のアレです」
「そっちもアルバム? 僕にも見せてよ」
「駄目だ、こっちはアルバムに見せかけた仕事の重要書類なんだ。――絶対に見るなよ」
「ああ、それは駄目だね」
「絶対に見るなよ」
「繰り返さなくても大丈夫だよ? 重要なやつなんでしょ?」
「ああ、絶対に見るなよ。――未来、ご苦労だった」
「ありがとうございます。しかし、よくよく考えれば別の日にお渡しするべきでしたねぇ」
「いや、指示しなかった私のミスだ。それに手元にあるのはそれはそれで嬉しいからな」
「そう言って頂けるとありがたいです、あ、英雄様。ワタシチョイスで選んで来たのでご存分にお楽しみください、残念ながら太っていた頃の写真はNGだったんですけど、可愛らしいフィリア様が満載ですよ!」
「ありがとう未来さん、いやー、これは僕も一度実家に帰ってアルバム取って来なきゃだね」
「うむ、楽しみにしている」
未来は帰り、英雄はすぐにアルバムを――といきたい所だったが普段の勉強はしなければならない。
夜、布団に入って寝るまで間に、二人で一緒にアルバムを楽しんで。
そして朝。
彼はいつもの通りに、味噌汁の匂いと包丁の音で目が覚めて。
(――あ痛っ!? 何この堅いの……、ってアルバムか。そういえば出しっぱなしだったなぁ)
寝ぼけ眼で拾い上げた英雄だったが、ふとちゃぶ台を見れば同じ色のアルバムが。
(そういえば、同じ色だっけ――――うん? あれ? どっちがどっちだ?)
昨晩、片づけたのはフィリアだ。
ちゃぶ台に置いた気もするし、明日という事で枕元に、という気もする。
(見れば分かるか、間違ってたらごめんなさいってね……………………――――――?)
手に持った方のアルバム開いた瞬間、英雄は固まった。
彼の小学生の頃の写真があるのは、百歩譲って良しとしよう。
その隣で写る太った金髪の少年らしき人物が、とても気になる所だがそれは置いておいて。
「脇部英雄、第六千三十ニ調査記録? え、え? 何それっ?」
ぱらぱらとめくると、ここ数日の起床時から翌日の起床の記録と写真がこと細やかに。
当然の様に、トイレの回数や、パンツの色まで。
ご丁寧に動画のQRコードまで付属していて。
その全てがフィリアのスマホからではなく、どう考えても盗撮アングル。
「え、マジ…………?」
英雄の顔がさっと青ざめて、変な汗が出てくる。
いったい、何時からなのだろう。
こんな調査記録をどうすると言うのだろう。
何故、彼女は英雄と同棲を始めたのだ。
ぐるぐると答えの出ない思考は回り――。
「――――見たな?」
「うっぎゃおおおおおおおおおおっ!?」
「あ、こら待て!」
「後ろに向かって前進! これは退却ではない戦略的後退であるっていうか助けて栄一郎うううううううう!!」
肩をぽんと叩かれた英雄は、スマホと財布を掴んで即座に逃げ出したのだった。




