第194話 危険な誘惑、僕らの友情
待ちに待った放課後である、いつもなら男同士でゲーセン、或いはフィリアと下校デート、はたまた図書室で勉強と青春の一ページと洒落込むのであるが。
「うーん、どうしてこうなちゃったのか……」
「それ俺の台詞ッ!! なんで俺が巻き込まれてるんだッ!!」
「あら、怖じ気付きましたか? では私の勝利ということで」
「今のお前に勝利はやらん!! でも参加したくねぇ!!」
教室は今、英雄達をクラスメイトが囲み。
傍目からみれば、美少女二人に囲まれた天魔。
これが一年前であれば、そして美少女二人が親友(男)でなければ。
デレデレと鼻の下を伸ばしたのだが――。
(――ったく、世話が焼ける親友達だよな)
ここ半年で目まぐるしく変化した日常を想う、中学の時は英雄と栄一郎とバカ騒ぎを起こしてはしゃぐ日々だった。
高校になっても変わらず、二人と連んで。
親友になった、親友に偏屈な恋人が出来た、親友が担任と結婚した、親友の妹と恋人になった、学校中を巻き込んで騒ぐ事も多くなって……愛衣を孕ませて結婚する事になったのは誤算というべき他ないが。
(けどな、俺はそういう今が気に入ってるんだ)
実のところ、気がついてはいたのだ栄一郎が英雄に対して抱えている何かについては。
彼が自分から語るまで待っていただけ、それが英雄に関係していたのは驚きはした。
(でも納得だってした、だってさ栄一郎。お前は何かと英雄を優先し過ぎなんだよ)
その事に対し、ちょっとした嫉妬を覚えなかったと言えば嘘になる。
なにせ栄一郎は頭脳明晰で誰もが羨む美貌の持ち主だ、三枚目に徹していなければ天魔が関わる事は無かったかもしれない。
(英雄も英雄だぜ、テメーの欠点は借りを返させてくれねぇ事だ)
いつも明るく、良く言えば奇想天外。
行動力の塊であり、お調子者。
何にも真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて目の前の壁を梯子で乗り越えるタイプのバカ。
(お前と一緒に居ると楽しいんだ、それは栄一郎、お前も同じだぜ)
二人とも情に厚くて、どんな問題も喜劇にハッピーエンドに変えてきた。
それが頼もしくて、だからこそ力になりたくて。
だからこそ、今、天魔がやるべき事は。
「さて天魔くん、そして兄さん、準備は良いですかっ!!」
「勿論よッ!」
「はぁ~~~~、仕方ねぇなぁ」
「それじゃあ、英雄センパイをドキドキさせろゲーム開始!!」
今は妻となった愛衣のスタートコールに、天魔は栄一郎の手を掴み。
「何のつもりです? 私の手を握って妨害したつもり?」
「勝負の前に、ひとつ言いたい事があってな」
「へぇ、興味深いですね」
そして、――天魔は栄一郎、もとい栄子を抱きしめて。
「すまなかった!! お前が、お前がそんなに追いつめられている事に気づかなかったなんて!!」
「は、はいッ!? ちょっと苦しいですよ天魔ッ!?」
「わーお、熱烈だねぇ天魔」
「聞いてくれ、お前が英雄のママになる。それは否定しねぇ、だからさ…………俺がお前のパパになる!!」
その瞬間、あれっと空気が固まって。
「へい天魔、もっかい言って? 僕ってば耳の調子がおかしくなったみたいで」
「俺は――栄子のパパになるッ!!」
「ちょっと天魔ッ!? 何それ私聞いてませんよッ!?」
「天魔くんっ!? わたし兄さんなんて子供にほしくありませんよっ!?」
「すまねぇ愛衣ちゃん……お腹の子に兄、いや姉が出来ちまったな……」
「待って、本当に待ってください天魔? さも決定事項の様に言うの止めてくれません?」
「やるねぇ天魔!! その手があったかっ!!」
「へへっ、誉めてくれよ英雄。そして祝福してくれ……俺の新たな我が子にッ!!」
「ぬおおおおおおおおおおッ!? 離せッ!? 離せ天魔あああああああああ!? 気でも狂ったかお前ッ!? 私のパパだとッ!? まさか英雄の仕込みだなッ!?」
天魔の腕の中でぎゃーすか騒ぐ栄子、英雄は実に残念そうに顔を歪めて。
「何で僕は思いつかなかったんだっ!! 女装して対抗するより遙かに面白そうなのにっ!!」
「畜生ッ!! 英雄に染まり過ぎたんだ天魔はッ!! 愛衣!! 私の可愛い愛衣ッ!! 姉さんを助けてッ!!」
必死に腕を伸ばす兄/姉に、愛衣は瞳を潤わせてしっかりと頷く。
「わかりました、天魔くんが望むなら――わたし、おね兄さんのママになりますっ!!」
「しまったッ!! 助けを求める相手を間違えましたわッ!? ヘルプミー英雄!! マイヒーロー!!」
「ふッ、来るか英雄? 親友であるお前とはいえ栄子ちゃんは最早俺の娘……只ではやらんぞ!!」
「そんな、栄一郎が天魔の娘だなんて――っ!? 僕はどうすれば良いんだっ!!」
オーマイガーと大仰に頭を抱える英雄、しかしその中で思考は冷徹に働いている。
(上手い手だよ天魔!! やられたらやり返すっ! ママで来るならパパで行く!!)
ならば、ならばならば、英雄の取り得る最善手は。
「――――そうか、そういう事だったんだねっ!! 謎は全て解けた!! 真犯人はこの中に居る!!」
「何ぃ!! 犯人だってっ!? どういう事だ英雄!!」
「ちょっと待ちなさい、話が急展開過ぎませんッ!?」
「ふふふ、僕にはお見通しさ天魔……。僕は見誤ってたよ、君はとんでもないドンファンだったんだね」
「ど、どういう事ですか英雄センパイ!!」
「いや、これなんの茶番ですか?」
勝負どころか会話まで明後日の方向、栄一郎としては困惑するしかなくて。
でもしかし、お構いなしに事態は進む。
「――気づいたのか、俺の本心に」
「ああ、そうさ。……天魔、君は…………、愛衣ちゃんだけに飽きたらず、パパになると称して栄一郎も自分の女にして姉妹ハーレムを作るつもりだねっ!!」
「私、雌オチの危機っ!? 薄い本されるッ!? されてしまうのッ!?」
「ひくわー、栄一郎、それは僕でも引くよ。天魔をどんな性欲モンスターだと思ってるの?」
「貴男が行ったんでしょッ!?」
「兄さん……見損ないました」
「栄一郎、確かにお前は美しいけどな。ちょっと自意識過剰じゃね?」
「お前らが言ったでゴザルううううううううううう!!」
「はい語尾が戻った、栄一郎の負けね」
「ああああああああもうッ!! 拙者が何をしたでゴザ――――………………してますわね」
「チっ、おい英雄。コイツ自分を取り戻したぞ」
「うーん困ったなぁ、僕としては男二人に言い寄られ得るとか御免被りたいから有耶無耶にしたかったんだけど」
「はっ!? まさか打ち合わせしてたんですか天魔くんっ、英雄センパイっ!?」
やられたと驚愕する愛衣に、英雄と天魔は顔を見合わせる。
「うんにゃ、ノープランだったよ?」
「その場のノリだな」
「くうううううう、予想すべきだったわッ!! 英雄と天魔の組み合わせでトンチキな事が起こらない訳が無いってッ!!」
「いやー、照れるね天魔」
「ははッ、そうだな英雄」
「「イエーイ、ハイタッチ!!」」
朗らかに手を合わせる二人、栄一郎はがっくりと項垂れ、愛衣は苦笑する。
その時、授業が終わるなり何処かに行っていたフィリアが教室に帰ってきた。
彼女は場の空気を読むと、可愛いらしく首を傾げ。
「ふむ? もう終わってしまったか?」
「あ、お帰りフィリア。決着ついた所だよ」
「ちょっと待って、まだ勝負もしてないわッ!!」
「あ、そういえば。もうっ、有耶無耶で終わらせませんよ英雄センパイ!!」
愛衣の言葉に、クラスメイトも頷く。
そんな彼女たちに、英雄は肩を竦めて言った。
「いやいや、勝負なんて天魔の圧勝でしょ?」
「何を根拠に判断したか、聞かせて貰えますか? 私は納得なんてしませんわ」
「じゃあ栄一郎、君はどうやって僕をドキドキさせるつもりだった?」
「それは勿論、この美貌を使ってメロメロに――ッ!? そういう事ですかッ!!」
「え、どういう事です? 二人で分かり合ってないで説明してくださいよ」
「分からねぇか愛衣ちゃん、確かに栄一郎は男も籠絡出来るぐらい綺麗だ、けどなフィリアさん一筋の英雄に通じると思うか?」
「そう言われると……なら最初から天魔くんの不戦勝は決まっていたと?」
「それは違うよ、天魔は実に僕好みでドキドキさせてくれた」
「はい?」
今一つ飲み込めない愛衣達に、栄一郎は悔しそうに説明する。
これは、美を全面に押し出している今の彼/彼女の完全敗北だ。
「……今の茶番劇、つまり天魔のパパ発言。それこそが英雄好みのドキドキする展開だったって事よ」
「ああっ!! そういえばっ!!」
「決着はついた様だな……、クラス全員が揃ってる事だし私から提案があるのだが」
「うん、君からかいフィリア?」
「確かに決着は付いた、だが少し消化不良だと思うのだ。だから――――これより大乱闘スマッシュブラザーズ大会を開催するッ!! 勝者は焼き肉だッ!!」
「よし乗ったぁ!! 愛してるよフィリア!!」
彼女の提案に、クラス中は沸き立って。
そしてそのまま、ローズが怒鳴り込んで来るまでゲーム大会を続けた。
なお、暫定チャンピオンは乱入した校長であったという。
そして、夜。
「――――どういう事だこれはッ!!」
帰宅した栄一郎は、鞄の中に入っている見知らぬ手紙を見つけた。
その中には愛の言葉と、複数枚の写真も同封されており。
「なんでこんなタイミングでッ!!」
どうする、どうすれば良い。
手紙を握りしめて皺くちゃにしながら、彼は唇をかみしめた。




