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第13話 生徒指導室にて

※2019/11/11その1



「――英雄、ちょっと来て貰おうか」


「え、また? フィリアってば堪え性が無いんじゃないかな」


 昼休み、英雄の襟首を掴んでクラスを出るフィリア。

 その頬は珍しく紅潮しており。


「くっ、これは学級裁判を行うべきなのかっ!?」


「エテ公、勘違いでゴザルよ。そんな色っぽい事情では無いにゃ」


「机、お前知ってるの?」


「一応、事情は聞いているでゴザル。……英雄殿も大変だにゃあ」


「何、その遠い目。分かったよ、深くは聞かない。どうせ英雄が悪いんだろうからな」


「まぁ、当たらずとも遠からずって感じでゴザルね」


 事情を聞いていた栄一郎は、苦笑しながらエテ公こと越前天魔を宥め。


「え、何であんたが知ってるの?」「ちょっと顔貸しな机っち」


「ご、御無体なっ!? ――優しくして?」


「裏声出すなキモイ」「キモっ」「そんな栄一郎君もちゅき……」「え、アンタマジで!?」「顔と声だけは良いからねぇ……ほら、とっとと歩くんだよ」


「女子に捕まるとは……机栄一郎、ここに眠る」


「まだ死んでないでゴザルよーーーー!!」


 栄一郎が女子達に囲まれ、二人の事を聞かれている一方。

 当の本人達と言えば、手頃な空き教室に人目を気にしながら入り。


「早くするんだ英雄。温厚な私もそろそろ我慢の限界だぞ?」


「限界早すぎ!? さっきの休み時間に食べたじゃんか!?」


「君が五枚しかくれないからだ!? さあ! さあ! さあ!!」


「…………はぁ、どうやって直せばいいのやら。はい、あーん」


「あーん。――デリシャス!! もっとだ! 全部寄越せ!」


「はいはい、一回につき五枚までだからねー。はい、あーん」


「あーん」


 英雄はポテチの袋から一枚取り出し、フィリアの赤い唇へと運ぶ。

 時折、指ごと食べられて痛いやら、付着した唾液を舐め取ろうか悩む事もあったが。

 ともあれ何を隠そう、そう言う事である。

 這寄フィリアは、ポテトチップス中毒から立ち直って居なかったのだ!


「……はい、五枚。これで終わりだよ、さ、教室に戻ろうか」


「なあ、まだ良いだろう? デザートだ」


「今のがデザートだよ」


「くっ、拒むというのか!? 私をこんな体にしたのは君じゃないか!! 責任を取れ! 男として女の子の体を滅茶苦茶にした責任を取るべきだろう!!」


「妙な言い回ししないでっ!? 誰かに聞かれたら誤解されるじゃないか!!」


 だがしかし、現実は非常だ。

 次の瞬間、ガラガラと扉が開かれ。


「聞~い~た~ぞ~~ぉ。脇部に這寄~~、聞いたぞぉ~~~~! こんな所で何イチャついてんだオラァ!」


「ひえっ!? 茉莉ちゃん!?」


「せめて先生と付けろ!」


「んんっ、ごほん。――跡野先生、何故ここに? ああ、私は今、この者を注意していた所です」


「おう、涼しい顔で嘘つくんじゃねぇ。全部聞こえてたっつーの」


「それは残念です」


 現れたのは跡野茉莉、二人の担任教師(独身・三十五歳。備考、禁煙のプロ)であった。

 彼女は暗い茶色に染めた長い髪を、ガシガシとかきながら言い放った。


「取り敢えずお前等、放課後に生徒指導室まで来い。いいな?」


「了解であります茉莉センセー!」


「はい、放課後ですね分かりました」


「よし、ならば掃除の時間になる前に教室に戻れ。それから――、校内で不純異性交遊は禁止だ。もし孕んだら言えよ、一度赤ちゃんを抱いてみたかったんだ」


「教師の言うことじゃないっ!?」


「大丈夫だ、赤ちゃんを抱くのは退学になってからだからな!」


「矛盾はしていない……流石先生だ、本音と建前を使い分けている」


「これで!? 本気で言ってるの!?」


 英雄は驚愕のあまり叫んだ。

 のはともかく、放課後になりフィリアは嫌がる英雄を引きずりながら生徒指導室に向かったのだったが。


「ったく、手間もかけさせるんじゃない」


「いや、だって……、何かイヤじゃない? 生徒指導室って嫌な思い出しか無いんだけど?」


「それは君の素行が悪いからだ」


「ちくせう、こっちはお遊びの範疇で収まるように騒いでるだけだってのに」


「私が思うに、それが余計に悪いのでは? ――と、来たようだぞ」


「お、脇部もちゃんと来たな。次からは這寄も一緒に呼び出すか手伝って貰うか」


「先生のお役に立てるなら、幾らでも微力をお貸ししましょう」


「はいはい、悪いのは僕ですよー。それで、茉莉センセ? 今日は何で呼ばれたんですか? フィリアも一緒にだなんて……」


「ああ、それはだな……。何というか……」


 跡野茉莉は座りながら、胸ポケットを探り舌打ちする。


「――チッ、禁煙してたんだった」


「というか、生徒の前で吸わないでくださいよ」


「煙草は体に毒です先生、このまま控える事をお勧めします」


「煙草は大人の嗜みだ、それにこんなストレス貯まる環境で吸わずにやってられないってーの」


 溜息を一つ、茉莉はおもむろに立ち上がり、扉に鍵をかけて再び着席。

 そして、二人に顔を近づけて小声で。


「…………お前ら、口は堅い方か?」


「ええ、私は口がとても堅い。信じて貰って良い」


「這寄は知ってる、お前は信頼できる。――だが脇部、お前が心配だ。言いふらさないよな、特に……机には」


「失敬な、内容にもよりますが。いくら親友の栄一郎にだって何もかも言いわない分別はあります」


「チッ、これから言う事を他の生徒に言ったら殺す、机に言ったら社会的にも殺す」


「…………何を話すのですか先生」


 フィリアの質問に、茉莉は少しばかり目を泳がせて。


「お前達が、仲良く同棲してると聞いた」


「誰に聞いたんです!? 栄一郎と愛衣ちゃんしか言ってないのにっ!?」


「ふむ、情報源は何処ですかな? 学校にはダミー情報を流していた筈ですが」


「え、そんな事してたのフィリア!?」


「ウチの系列ホテルだからな、万が一の緊急連絡だって私のスマホに直に繋ぐように手配済みだ」


「――それ、僕と同棲する意味あった?」


「馬鹿者め、私を何度失望させる気だ?」


「何処に失望要素あったの!?」


「…………お前等、イチャイチャしてないでアタシの話しを聞け」


 ギロっと血走った目で凄んだ茉莉に、二人は黙って。

 そして彼女は、また溜息をひとつ。


「まぁ、だから心強いというもんだけどさ……、あー、なんだ? その、生徒であるお前等に相談する事じゃないんだが……」


「相談?」「何でも力になりましょう」


「それじゃあ聞くけどな…………お前達みたいにイチャイチャするには、どうすれば良い?」


「うん?」「はい?」


 二人は仲良く首を傾げた、先生はいったい何を言ったのだろうか?


「事情が飲み込めませんが?」「って言うかセンセ恋人いたの!?」


「そこは、まぁ、……な? 分かるだろ!?」


「うむ、先生は素敵なお人だからな」「マジで!? ガサツで頼れる姉御って評判なのに!? ――いや、だから、か?」


「脇部ェ……、お前、後で屋上な。這寄には内申点プラス1」


「よぅし! ――ゴホン。しかし先生、詳しい事情が分からなければ助言のしようも無いのですが」


「詳しい事情か、事情かぁ……」


 苦虫を噛み潰したような表情に、英雄とフィリアは顔を見合わせて。


「茉莉センセ……まさか悪い男に引っかかったのでは!?」


「いやいや、こう考えたらどうだ? 恋人として言いづらい相手……かなりの年上か――さもなくば年下。私のカンでは生徒とみた」


「チッ、これだからお前等は……。これは仮定だ! アタシの話じゃない。とある年下のカレシが居る誰かの話だ!」


「成程、そう言う事にしておきましょう」「這寄、内申点マイナス1」


「いやー、早く聞きたいなぁ。その恋人の出会いからお願いしますセンセ」


 すると、茉莉はしみじみ語りだした。


「あくまでアタシの知人の話なんだがな……まぁ出会いは十年前だ。歳の差は二十は行ってない」


「上ですか下ですか?」


「下だ」


「センセが今、三十五でしょ? なら相手の年齢は…………」


「先生、今からでも遅くはないです。警察に行きましょう」


「だからアタシの話じゃないっつーの!? そしてそいつは事情があって警察にいけないの!」


「その事情とは?」


「その1、脅されてる。今の職を追われたくないだろうとか言われて。センセが捕まれば俺は何をするか分からない、とか言われたりして」


「ふむ、興味深い推理だ。続きをどうぞ?」


「では僭越ながら。理由その2、カレシが意外とヤり手で体で籠絡された。或いは言葉巧みに関係を続けさせられている」


「お決まりの『愛』か? ああ、罪悪感につけ込まれて……かもしれないな」


「お前等……エスパーかっ!? いや、そうじゃない、真面目にやってくれ! 相手はだいぶ年下、始まりとか関係の理由はどうでもいい!」


 ウガー、と吠える茉莉に英雄は問いかける。

 最低でも、これだけは知っておかなければいけない。


「――相手は男ですか? それとも女ですか?」


「しまった! そこは盲点だった!?」


「真面目にしないと怒るぞ」


「サーセン、では真面目な質問を。イチャイチャしたいという事は、今はちょっと不仲なんですね?」


「まぁ、ほろ苦さは混じると思う」


「では、切っ掛けは? 思い当たる節は何でも良いです」


 すると茉莉はうんうん唸りながら暫し考えた後、ぽつりと呟く。


「ポテチ……」


「はい? 今と言ったのです?」


「そうだ、ポテトチップスのハバネロ味が原因だっ!!」


「あ、ハバネロ味って栄一郎の好きな味だね」


「愚か者め、お前の親友の好みの味など聞いていない。――しかし先生、どうしてそれが原因だと?」


「その人はカレシの影響で、一時期かなり沢山ハバネロ味のポテチを食べたのんだが……」


「そういえば。栄一郎も一時期、馬鹿みたいに買ってたっけ」


「それで、食べた結果どうなったのです?」


「…………太った」


「………………それは、…………ご愁傷様です」


 涙を一筋流し悔やむ茉莉と、今まさにポテチ問題に直面しているフィリアは、両手で堅い握手を交わした。


「そういえばフィリア、君は食べ過ぎて太らないの?」


「勿論太るぞ。まずバストサイズが十は増えるんだ、それからお尻も十五は、最後にお腹周りに行くんだが……まぁ、これはあんまりだな、次は太股がむっちりしてくるんだが……」


「テメェは敵だ這寄っ!? 全人類の女を敵に回したぞ這寄っ!! 羨ましい贅肉の付き方しやがって!!」


「そうだそうだ! もうポテチ止めないから、その姿見せてよ!」


「……? 皆、そう言う太り方をするのでは無いのか? そういえば、以前ウチのメイドに話した時も血の涙を流して詰め寄られた思い出が」


「くっ、そのメイドとアタシはマブダチになれそうだっ!! オマエには分かるまい!! カレシにお腹を摘まれて、贅肉ハンドル~~とか、良い感じの腹枕でゴザルとかおちょくられる気分が!!」


「ぜ、贅肉ハンドルっ!? 腹枕っ!? ~~~~っ!? わ、私が間違ってた……、先生、そんな事をする奴とはイチャイチャは諦めて別れるべきですっ!」


「でも――、愛してるんだ。アイツは体目的だって分かってる、ただ性欲の捌け口にしてるだけだって……、でも、アタシにはアイツを歪めてしまった責任があるんだ…………」


「わーい、聞かなかった事にしたーい」


 思わず耳を塞ぎたくなった英雄であったが、ヒートアップしている二人は彼の様子に気づかずに続ける。


「這寄……、こんなアタシでもイチャイチャする事が出来るんだろうか……」


「大丈夫です先生! まずは同棲から始めるんだ! 責任などその彼が結婚出来る年齢になったら取れば良い、先生の一生を以て、彼をまともな道に更生させるんだ」


「同棲……今のアタシにはリスクしか……」


「躊躇うな先生! 行動の先にしか勝利は無い! 彼を愛しているのだろう! ポテチだって控えて、もう贅肉ハンドルと言わせるな! 逆に食べさせまくって贅肉ハンドル返しをすれば良いのだ!」


「ねぇねぇ、趣旨変わってない? 大丈夫?」


「ありがとう這寄! アタシはお前のような生徒を持って嬉しいぞ!」


「先生!」「這寄!」


「マジかー、これで良いのかー……」


 勢い余って机の上に登った二人は、堅く抱き合って。


「じゃあ、アタシはこれから話し合ってくる! ――ああ、勿論知り合いの話だ」


「ええ、勿論知り合いの話ですとも。……御武運を」


 そして机から飛び降り去っていく茉莉を、英雄は呆然と、フィリアは敬礼して見送ったのだったが。


「…………おい、君は何をしている?」


「気にしないで、もう少しで絶景が見えるから」


「その絶景は、こんな感じではないか?」


「ぐわぁっ!? 上履きのまま踏まないで!!」


「すまないな、丁度良い所に頭があったものでな」


「いいさ、丁度良かったなら仕方ない…………次はクマさんじゃなく、トランクから見えた黒レースでお願――ごめっ! ああっ! 僕が悪かった!!」


 フィリアは存分に英雄の頭を踏みつけた後、何事も無かったかの様に帰り支度。


「うぅ、地味に痛い。ところでフィリア、是非とも僕は腹ハンドルしてみたいんだけど?」


「うむ、聞いてくれ英雄。――ポテチは、一週間に一袋までだっ! 魂に刻んだ!」


「あ、うん。ポテチ病、治ったみたいだね」


 二人は仲良くスーパーに寄って帰り。

 ドカドカとポテチを買い込む英雄のケツを、フィリアは思いっきり蹴飛ばしたのだった。



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