第12話 大好きなもの
放課後と夕食の間だ、家でまったりタイム。
英雄とフィリアは、いつもの様にジャージに着替えてそして……。
「あっれー? おっかしいなー、お菓子だけに? いや、これは親父ギャグだ」
英雄は常にジョークの鍛錬を欠かさない――という訳ではない。
今、彼が覗いているのは台所に特設したお菓子置き場。
カラーボックスで左右に分かれており、右が英雄、左がフィリアの買ったお菓子だ。
「僕のポテチ、最近減りが早くない? そんなに食べたっけか? ……ねぇフィリア? 何か知らない?」
「ええいっ! くのっ! くのっ! きのこ風情がっ! 私のトカゲに勝てると思うな――――馬鹿な!? 赤甲羅だとっ!? ぐあああああああ!!」
「すっかりフィリアもゲームにハマったねぇ……、というか自分で決めた時間超えてない?」
「いや! 問題ない! これは証明なのだ! 私にも出来るのだとっ! 機械になど人間が負けてたまるものかっ! いよぉっし! 私が一位! 人生の勝利者だっ!! ――――ふぅ、それで何の話だったか?」
コントローラから手を離し、やっと振り向いた彼女に英雄は問いかけた。
「昨日さ、僕ポテチ買ったじゃない?」
「ああ、買ったな。いつものりしお味で飽きないのか? 次はピザ味とかどうだ」
「のりしお味こそ至高なんだ。じゃなくて、昨日五個あった袋が三個に減ってるんだけど、僕そんなに食べたっけ?」
「……間違ってるぞ英雄、昨日買ったのは四個だ。もうボケたか?」
「え、マジで? 四個だったっけ…………数日前も買った数間違えてたよね僕」
「そうだったか? それが本当なら、実にしかたない奴なだ君は」
「…………?」
駄目なヒモ男を見る女の目で、英雄に視線を向けるフィリア。
だが、彼は彼女の口に。
もっと言えば、その歯に違和感を覚えた。
「ねえ、フィリア。君ってばもしかして歯まで綺麗なんじゃないかい?」
「ほほう? そこに気づくとは良い目をしている。毎日ちゃんと磨いているし、定期的に歯医者にチェックして貰っている。歯並びも美しいと評判でな……どれ、特別に間近で見る権利を――――いや、駄目だ。今は駄目だ」
「なんでさ? そんなに綺麗なら僕にも見させてよ、他の男に見せて僕には見せられないのかよっ!?」
「他の男ではないっ! 私の歯医者は女医さんだ! 男の嫉妬は見苦しいぞ!」
自信家のフィリアなら、見ろと胸を張るのが常だろう。
だが何故、今日に限って隠すのか。
英雄はツカツカと近づいて、襲いかかる。
「ええい、神妙にお縄につけっ! 僕にも見せろって言ってるのさ!!」
「力尽くだとっ!! この卑劣な男めっ! 可愛い女の子を力でねじ伏せるなんて、――はっ!? やはり私の体が目的なのかっ!?」
「抵抗するな! ネタは上がってるんだっ!! みーせーろー! 口の中をみーせーろーよー!!」
「くっ、なんたる横暴!? 馬乗りになって組み伏せて私の両手を左手一つで押さえるとはっ!! 強姦魔の素質があるんじゃないか!?」
「そこは、野性味のある男って言って欲しいね! 女の子ってば時には強引に迫って欲しいって聞くよ!」
「関係とムードを考えろ!」
「その関係とムードって今だろ、ああもうっ、首をふって! 観念しろっ!」
英雄は遂に、フィリアの唇を開ける事に成功した。
顎を手の平でしっかり固定し、右の親指と人差し指でぐににと開く。
「ほら! やっぱりだ! 歯に青のり付いてるじゃん!! 僕のポテチ食べたろ!!」
「――~~~っ、ぺろん。ふん! 見間違いじゃないか? 青のりなんて付いていないだろう?」
「この野郎っ!? 一瞬で舐め取った!?」
「さあ、証拠を見せて貰おうじゃないかっ! 今すぐスマホで撮るが良い! もし証拠が無いのなら…………、君に罰として貞操帯をつけて貰うぞ」
「はぁっ!? 何でそんなモノをっ!? フィリアって変態っ!?」
「君という野獣と暮らすのだっ! 支配下に置き被害を防ぐ手段を用意しておくのは当然である!」
「ぐぬぬ~~。これは大ピンチだっ!! ぼ、僕は負けてしまうのかっ!!」
「認める事だな、己が昨日買った好物の数さえ間違える愚か者だと言うことを、あまつさえ世界一の美少女に勘違いで襲いかかる卑劣な男だと!!」
「畜生! 神は死んだ――――フィリアのね」
「んなっ、それはっ!?」
一瞬の出来事だった。
項垂れた英雄は、即座に彼女のジャージの上のファスナーを下げ、お腹に隠し持っていた物的証拠を取り上げる。
「へへーん、実は君を押し倒した時から気づいていたのさ! お腹にポテチの袋が隠してあるってね!」
「君……、さては歯の事は囮か!? 全て嘘だったんだなっ!!」
「いや、それは本当だよ? 確かに青のり付いていたし、実はさっきので取り切れてないし。あと、歯並び綺麗だね、キスして良い?」
「ダメだ、ムードを考えろと言っただろう。…………本当に付いてる?」
「はい、君の手鏡」
英雄はちゃぶ台に手を延ばし、彼女の鏡を渡す。
恐る恐る覗いた彼女は、仏頂面を悔しそうに歪めて。
「くっ、殺せ! 慰みの者になるぐらいなら! 殺せばいいだろう!!」
「…………確認として聞くけど、どこで覚えたの?」
「君の図鑑にカモフラージュしてある書物、中のカラーページの最初のコマだ。これは善意の忠告だが、あの様な漫画を基準に性行為を行わない方が良いぞ、相手が可愛そうだ」
「フィクションだって分かってるよ!! というか読んだのっ!? いつの間にっ!?」
「ふふふ、君の目を盗む方法など幾らでも存在する」
「それで、僕のポテチも勝手に食べたってか?」
「何を言う、それは私が買ったモノだ。だから冤罪を主張する!」
「へぇ……そう、ならコレはなーんだっ!?」
「うん? ――――何いっ!?」
英雄が指さしたのは、隅に小さく書かれた名前。
彼女は目を見開いて。
「…………何を言う、それは私が書いた名前だ」
「僕の名前が書いてあるのに?」
「君の事が愛し過ぎてな、つい間違ってしまったのだろう」
「本当の所は?」
「とても、とても美味しかった」
彼女は深い溜息を一つ、英雄もまた彼女の上から退きあぐらをかく。
「嘘までついて……いったいどうしたんだい?」
「…………」
「黙ってちゃ分からないよフィリア」
「…………初めて、だったんだ」
「何が」
「ポテトチップスを食べたのは」
「マジで!? 今まで一度も!?」
「ああ、両親と暮らしていた頃は、オヤツはメイドが用意してくれてな。一人暮らしを始める頃にはそのような習慣などいっさい無かった」
「メイドさんについて聞いても良い?」
「だが! 君と暮らし始めてからだ! この! ポテチの味を知ったのはっ!」
「あ、スルーされた」
フィリアは英雄の手にある空の袋を奪い、鼻息荒くちゃぶ台に叩きつけた。
「なんと美味しいものかっ!! ああ、メイドが禁止する訳だ! 私はこんな美味しいものを隠されていた! そして君はそれを、…………卑怯にも独占していたではないかっ!!」
「いや、僕が買ったものだし。それにちゃんと分けてたでしょうに」
「足りない! 私の分も買っておけ!」
「自分で買いなよ……そのくらいのお金はあるでしょうに」
「私は、君に分けて欲しかったのだ! 欲を言えば、あーんと食べさせて欲しかった!」
「情に訴える作戦? 僕は騙されないよ、本音は?」
「食べながらゲームをすると、コントローラーが汚れるではないか。食べさせてくれると楽だ」
「最初からそう言ってよ! 腰を振りながら下着をチラみせして、ほっぺにチューしながら胸を揉ませてくれたら絶対に食べさせてあげたよ!?」
「破廉恥な! ほっぺにチューさせてやるから、次からはそうしてくれ!」
「ダメだ、君がチューしてくれたらやる」
「むむむ、足下も見て! 君はなんて卑怯な男なんだ! それでも私の同棲相手か!」
「同棲相手だからだと思うよ? なら毎食の時にあーんで手を打つ」
「ふむ……、よし決まりだ」
そしてフィリアは立ち上がって、台所へ。
「…………今から頼んでも良いか?」
「まだ食べるの!? 晩ご飯前だよ!?」
「知っているか? ポテチは薄い。――つまりカロリーゼロでお腹に貯まらない」
「嘘だよそれは!? 何のテレビに影響されたのさ!?」
「無論、ジョークだ。さあ、ゲームをするから食べさせてくれ」
「…………はぁ、僕も半分食べるから、食べさせてね」
「了解だ、さあ、今度はゾンビを一緒に倒そうじゃないか!!」
「協力プレイで食べさせあうのは難易度高くないっ!? 面白そう!! よしやろう!!」
英雄とフィリアの部屋は、今日も平和だった。
――――そして深夜。
(ぐーすかぴー、ぐーすかぴー。…………はっ!? なんかカサコソ音がするっ!?)
まさか。
(黒光りするG!? 馬鹿な、奴は殲滅した筈だっ!?)
がばっと飛び起きてキョロキョロ、場合によってはフィリアも起こして協力して貰わなければならない。
だが。
「……………………、何、やってるのフィリア?」
台所の窓から仄かな外の街灯、その光に照らされて金色が揺らめいて。
「た、助けてくれ英雄……、手が、ポテチを食べる手が止まらないのだっ!」
「完全に中毒症状をおこしてるっ!? おのれお菓子会社め! こんなに美味しいポテチを製造するなんてっ!!」
「もぐもぐもぐ、う、旨すぎる!!」
「はいはい、もう寝ましょうねー、手を洗って、歯磨きのしなおしだね」
「ああ、ポテチ!? 私のポテチ!? か、返せっ、頼むから返してくれ! それは私の大事なっ」
英雄はフィリアから強引に袋を取り上げ、彼女は涙ながらに彼の足に縋りついて。
「ポテチは一日一袋まーでー!」
「そんなっ!? そ、そうだ処女を上げるから――」
「魅力的だけど却下、今の君は正常じゃないね。……しかたない、この一袋だけ――って、最後の一袋じゃん!? 残り全部食べちゃったの!?」
「うう……、美味しかった…………」
「駄目だねこりゃ、フィリアのポテチ依存症が直るまで、僕が管理する。取り敢えずは――――、ああ、その手があったな」
「な、なにをするだーー!?」
その夜、フィリアは朝まで布団の簀巻きで過ごした。