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第1話 ボーボーボー・ボーボーハウス

美少女と一つ屋根の下でイチャイチャして夫婦漫才して学校生活をエンジョイする話です。

気楽にお読みください。



 家が、燃えていた。

 それはもう盛大に、近所でも随一の豪邸がボーボーと燃えて。

 そろそろ日が落ち夜、季節は冬で寒いというのに呑気な野次馬がごろごろ。

 近くの安アパートに住む、脇部英雄もその一人であった。


「これは駄目だね、素人目で見ても全焼間違いなしだ」


 家主の方はご愁傷様、消防の方々はご苦労様です。

 そう心の中で唱えて、英雄は野次馬の輪から抜け出そうとした。

 一人暮らしの高校生にとって、授業から解放された時からフィーバータイム。

 スーパーのタイムセールでモヤシと豚肉を安価で購入した後は、ポテチとコーラを装備し、さて今宵は何をする人ぞ。

 赤の他人のガチ不幸に構っている暇など無いのだ。


「――あれ? すみません、ちょっと通してくださーい」


 踵を返そうとした瞬間、チラリと見えた表札。

 書かれていた名前は『這寄』

 英雄には、その名前に心当たりがあった。


「うわっ、マジかよっ!? ここ這寄さんチなのっ!? え、ええっ!? ヤバくねっ!? すみませんっ!? この家の人は無事なんですかっ!? ちょっと水入ったバケツ貰えませんかっ!!」


(ヤバいって、家帰ってる場合じゃないよっ!? 這寄って名前が早々いるわけがないし、絶対に委員長の家じゃんかっ!?)


 英雄は同じ野次馬や、消防員が何かを言う前に水の入ったバケツを探し始める。

 プロが居る以上、彼らに任せるのがベストだ。

 だが、彼の善なる衝動は体を突き動かして。


「お、おいっ!? 何をする気だっ! 消防の人に任せた方が良い! 彼らの邪魔になるだけだっ!」


「でもこの家はクラスメイトの家なんだっ! もし残ってるなら助けないとっ!!」


「くっ、誰かこの少年を止めろっ! それでこの家の人を知らないかっ!? この少年のクラスメイトの家なんだっ!!」


「水の入ったバケツがあったよ!」


「でかした知らない人っ! 僕にぶっかけて!」


 ピタっと英雄は静止して、目を瞑って水をかけられるのを待つ。

 この冬空では風邪を引きかねない行為だが、そもそも燃えさかる家に飛び込むのだ。

 寒さがなんだ、人の命がかかっている。

 ――だが。


「あいたっ!? ぶったの誰だよっ!?」


「馬鹿かお前はっ!! 躊躇無く火事現場に突入しようとするんじゃないっ!!」


「あれっ!? 這寄さんっ! よかった無事だったんだっ!!」


「っ!? だ、抱きつくな馬鹿っ!! 君は救いがたい大馬鹿者だなっ!!」


 彼に拳骨を落とし怒鳴ったのは、街を歩けばすれ違った百人中百人が振り返るような美少女。

 それは委員長、即ち這寄フィリア。


 彼のクラスの学級委員長にして、勿論のこと、学校一の天才にして美少女。

 父は資産家、母はハリウッド女優のサラブレッド。

 金髪ポニテとリボンが特徴的な、――通称「姫」


 性格は超堅物であるのも、「姫」という称号にピッタリだと人気を更に上げて。

 率直に言って、人生エンジョイ勢である英雄の天敵だ。


 今日だって、掃除の時間にたかだが脱衣ダストシュートをクラスの男子全員でやっていただけなのに。

 発案者で扇動者でしかない英雄にくってかかり、勝負を挑み。

 あげく、空き缶を彼の股間にブチ当て、見事ゴミ箱にもシュートさせて先生にもチクった天敵だ。


 誰が悪いなんて明白ではあるが、高校二年生にして人生エンジョイを目標に掲げる英雄としては、彼女が無事だった事を喜ばない訳がなく。


「良かった……ホント良かったよ。ね、ね、ご家族は無事? 君ってば怪我してない? 火傷してない? 病院はもう行った?」


「一気にまくし立てるな……。大丈夫、あの家には私ひとりしか住んでいない、家族は別の場所だ」


「なら良かった……、いや火事で家が現在進行形で燃えてるのは良くないけど。君が無事で僕は安心した」


「ふん? 普段私を敵視している癖に、随分心配してくれるじゃないか」


「いや、だってクラスメイトでしょ。心配しない訳ないじゃん」


「成程? ……ふむ、では少し聞きたい事があるから。そこの公園で話さないか?」


「委員長が良いなら僕は大丈夫だけど……」


 火事を放っておいて大丈夫なのか、自宅が燃えたにしては無関心な印象も受けたが。

 気のせいだろうと、彼女は常に仏頂面、見方によっては威圧感のあるポーカーフェイス。

 ともあれ、彼女に連れられて道路を挟んで対面の公園へ。

 そのブランコに彼女は座ると、英雄を前に立たせて。


「なんかこれ、面接みたいじゃない?」


「では、面接を始める! 我が社を選んだ理由は?」


「はいっ! 金のさらさらの髪と! 大きなおっぱいと! 仏頂面だけど顔が整ってるからクールに見えて、スカートめくったら恥ずかしがって欲しいという理由で御社を志望しました!」


「体が理由ではないかっ!? 帰れ!」


「あ、じゃあ帰るね」


 くるっと回れ右をした英雄に、フィリアは慌てて襟首を引っ張り。


「ぐえー」


「帰るな、話があると行っただろう」


「ええー、君が冗談を言ったから冗談で返しただけなのに」


「だからと言って、家が燃えて心細い美少女を置いて帰るフリをするんじゃない」


「我が儘だなぁ、でも良いや。それだけ元気なら、あんま心配しなくても大丈夫だね。それで話って?」


 首を傾げる彼に、彼女は重苦しく。


「――――君か?」


「ひぃっ!? 女の子がしちゃいけない顔してるよ這寄さん!?」


 彼が見た光景は、百年の恋も冷める鬼の形相。

 普段は美しく見える切れ長の目を、ぎょろりと見開き鬼の様に睨みつけ。

 金色の髪が一本、幽霊の様に口に。


「君か? 私の家に火を付けたのは……君、か?」


「ち、違う違う違う! 僕は通りがかっただけで――」


「――犯人は現場に戻ると聞くが?」


「うわっ、顔っ、近いって!?」


 ずずいっと吐息がかかる程に近づいた顔、普段ならラッキーとか、胸がドキドキ! となる美少女だが。

 今の状況ではメンチを切るレディース、ぶっちゃけ怖い。


「正直に答えろ脇部英雄、……君は、私に、恨みが、ある、だろう?」


「いやいや? 確かにいつも這寄さんは僕の事を邪魔するし、今日だって這寄さんがチクったから説教くらって遅くなったんだけどさ、そもそも」


「そもそも?」


「ご近所に這寄さんの家が在ったなんて、今日が初耳なんだけど?」


 そのの言葉に這寄フィリアは静かに頷くと、次の瞬間、目をくわっと見開いて。


「ギルティ!」


「なんでさっ!?」


「君のモットーは人生エンジョイと常々言っているではないか、なら怨敵の家を燃やすなど――最高のエンジョイでは?」


「それ、控えめにいっても鬼畜外道の所行だよね? 僕そんな目で見られてたのっ!?」


 英雄の行為など、ドキッ! 男だらけの校内露出祭りが一番の最悪だったぐらいだ。

 そりゃあ、ゲームという名の賭事もするが、レートは飴玉一つから購買の高級品、ゴールドベリーソース焼きそばパンまでだ。

 子供のお遊びレベルである。


「というか、忘れてないぞ今日の事。這寄さんってば、全裸の僕の股間に向かって躊躇無く空き缶投げたろ、しかもスチール缶で」


「私の飲んでいたコーンポタージュ缶だ、光栄に思うが良い。ちなみに、私は粒を一つ残らず飲み干す事が出来る」


「え、それちょっと凄くない!?」


「ふふん、もっと誉めるといい。私は君のような低俗な人間とは違うのだよ」


「コーンポタージュ缶一つで酷い言い草だっ! 抗議するっ!」


「ほう、では何を言おうとするのかね?」


「今すぐ、僕の前でそれを証明してみせろ」


「今すぐ、証明、して、みせろと?」


「なんで顔近づけたの? 鼻息あらくない?」


 英雄の言葉など何のその、這寄フィリアは歯ぎしりすると更にメンチを切る。


「そうかそうか、――やはり君が私の家を燃やした犯人か」


「何でそうなるのさっ!?」


「この近くにコーンポタージュ缶は売っていない、だがしかし……ひとつだけ、とある所に沢山あるのだ」


「そ、それは……?」


「それはな、今、そこで、燃え落ちそうになっている、私の、家、だ――――。つまり君は、私に敗北を認めさせるため! 姑息な事に、好物がコーンポタージュ缶だと突き止め、卑劣にもストーカーをし、住居侵入してパンティの色まで調べ上げた!」


「好物は初耳だし、僕の冤罪増えてないっ!?」


「シャラァーープッ!!」


「発音良いね、流石ハーフ」


「お褒めの言葉ありがとう、では続けよう。私を憎むあまり愛してしまったが、面と向かって好意を伝えられないので卑劣なストーカーに堕ちた君は、その歪んだ愛情の発露として、私を屈服させるべく、大事な大事なコーンポタージュ缶ごと家を燃やし、のこのこと此処にやって来たのだっ!! どうだ、まいったかっ!!」


「君の被害妄想にはまいったよ? というか、首から手を離してプリーズ?」


「発音が甘い、もう一度」


「プリーズ?」「プリーズ」「プリーズ?」「プリーズ」


 唐突に始まったフィリア先生のはちみつ発音授業、口紅を塗らなくても赤い唇が艶めかしいが。

 ともあれ英語の授業の様に、二人は繰り返し。

 そして。


「プリーズ!」


「イエス! プリーズ!」


「やったね合格? ハイターッチ!」


「いえーいハイターッチ! ――――はっ!? 何をさせるのだっ! 私は君と慣れ合う気は毛頭無いっ!!」


 満面の笑顔になったのも束の間、彼女はぐるると唸って英雄から距離を取る。

 当の英雄としても、元より這寄フィリアと慣れ合うつもりは無い。


「はいはい、そうやって笑ってれば文句無しに美少女なのに……、いつもムスっとしてて疲れない?」


「余計なお世話だ、そして誤解でもある。――私はちゃんと、喜怒哀楽を表情に出しているが?」


「怒の部分はさっき嫌という程見たよ」


「そうだろう、えっへん!」


「威張るなよ! 皮肉だよ! …………はぁ、それで? 話を元に戻そう、というか聞きそびれたんだけどさ」


 そもそもだ、彼女は大層なお金持ち。

 噂では、彼女自身もまたデイトレードやらで億を稼ぐという。

 なのに……。


「何であんなに途方にくれていたの? 這寄さんってばお金持ちじゃなかった?」


「黙秘権を行使する」


「いや、駄目でしょ。這寄さんと僕は仇敵宿敵怨敵な間柄かもしれないけどさ、仮にもクラスメイトなんだ。困っていたら放っておけないよ」


 フィリアは眉根に皺を寄せて、ジロリと英雄をひと睨み。

 続いて、深い深いため息を吐き出すと。


「…………実はな、驚くだろうが私は両親と不仲なんだ、四六時中、表情の変わらない子供なんて気味が悪いだけだ。残念な事に、成績優秀な事も嫌悪感に拍車をかけた様でな」


「ごめん、悪いことを聞いた」


 前に一度、彼女は両親に溺愛されているという噂を聞いたが、恐らく体面を保つための嘘なのだろう。

 英雄はばつが悪い顔で、素直に頭を下げた。


「いいさ、此方から話した事だ。――折角なんだ、もう少し聞いていけ。今、一番困っている事があるんだ」


「何でも言ってくれ。絶対に茶化さないし、秘密は守る。僕ってば口は堅い方なんだぜ」


「ああ、それが嘘だったら後で殺す」


「躊躇無く言われたっ!?」


 がびーん、と項垂れる英雄を余所に、フィリアは続ける。


「問題その一、……私は今、手持ちが無い」


「財布とかスマホは、あの火事の中?」


「スマホは持って逃げたんだがな、つまり、ホテルに泊まる金が無い」


「警察の人とか貸してくれるんじゃない?」


「一族の掟でな、他人から金は借りるな、私はそうやって生きてきたし、これからもそう生きていくつもりだ」


 色々と聞いてみたい事はあったが、英雄は話を先に進める。


「第二の問題は?」


「家族関係と、金から続く問題なのだが……、担任、クラスの女子、生徒会の先輩と後輩、全て当たってみたが――――皆、様々な事情で私を泊める余裕が無くてね」


「つまり、……レッツゴー、ホームレス?」


「この辺は治安が良い、冬とはいえ、私は寒さに強い方だ。一晩ぐらいなら問題ないさ」


「あー…………なるほどぉ」


 この冬空に、学校一の美少女が、ちょっと都心に出かけるだけで芸能スカウトの名刺を山ほど持ち帰る可愛い女の子が、一晩公園で過ごそうとしている。


(見捨てられないよねぇ)


 クラスメイトとして、男の子として。


(一晩、一晩だけだ。ああ、それなら万が一もないさ)


 顔と体は兎も角、何かと邪魔する天敵ではあるが。


「ねぇ這寄さん、提案なんだけどさ」


「なんだ? 同情するなら金をくれ」


「そのネタ古っ!? じゃなくて、あー、そのぅ」


「なんだ、はっきり言わないか」


「あくまで緊急避難としてだけど、間違っても何もしないからさ、…………僕の部屋に来ない? こっからすぐそこなんだ」


 這寄フィリアは、ぶるぶると震え――頭のリボンも揺れてたいそう可愛らしい。

 大声で叫んだ。



「おお、心の友と書いて心友よっ! 私は君を信じていたぞっ! きっと事情を話せば泊めてくれるチョロい奴だとっ!」



「もう少しオブラートに包んでくれないかなぁっ!? ああもうっ、じゃあ行くよ? 着いてきて――――うん? どうしたのさ、ほら行くよ?」



 歩き出して数秒、フィリアは歩き出す気配が無く仁王立ちのまま。

 だがよく見てみると、先ほどより震えて冷や汗を流してはいないだろうか?

 英雄は首を傾げながら戻って。


「どしたのさ? 体調悪い?」


「……ここで君にクイズだ。今は寒く、外に数時間居て、そして最後にトイレに行ったのは学校を出る前だ。更に、ここには公衆トイレは無い」


「え、まさか……、漏れそうなのっ!? なら尚更早く行かないとっ! あっちのコンビニで良いよね?」


「くっ、ダメだっ! 私は不特定多数が使ったトイレなど使いたくないっ!!」


「学校ではどうしてるのさ?」


「除菌セットがあるが、それも燃えているのだっ!! た、頼むっ! どうにかして私を導いてくれ救世主よっ! 背に腹は変えられないっ、おんぶは駄目だぞっ! 君が私の臀部を揉みしだくのは目に見えているっ!!」


「注文が多いなぁ、手を引っ張るんで良い?」


「ふむ、乙女の弱みにつけこんで。君は私に屈辱を公衆の場で味あわせると?」


「…………つまり、お姫様だっこをご所望だと?」


「ゆっくりだ、ゆっくり頼むぞっ!!」


「どう考えても最後まで持つ腕力無いから、途中で休憩挟むけど。それで良いかい?」


「なるべく迅速に頼むっ、乙女の尊厳まで燃やされる前になっ!! 具体的に言えば、後五分持たない」


「それを早く言ってっ!?」


 時間と重量と、なるべく揺らさないという。

 過酷なお姫様だっこミッションがスタートした。



少しでも面白かったと感じたなら、ブクマや☆で応援してもらえると作者に伝わります。

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