21.天使のエフェクト
「おいっ、こらっ、ティル!、勝手に消えるな!」
ティルに心の主導権を戻され、きょとんとキースの方を見つめているミルドレッド。
「……何? 何で、私、あんたと向き合ってんの。はっ、そうだったわ! 私、このぺしゃんこのクリスマスリースに怒りをぶちまけてたんだった」
こちらを睨みつけてくるお嬢様の表情は、どう考えてみても優柔不断な自分に痺れを切らしている。小悪魔ティルのくすくす笑いが耳に響いてきた。くそぉ、何だかんだ言っても、あいつはこの状況を面白がっていやがるんだ。
だが、悪いのは自分なのだ。ミルドレッドの父親から婚約の話がでてから、どっちつかずの態度を取り続けて、早4ヶ月……
お前、いつになったら覚悟ができるんだよと、自問自答してみると、その答えは”今でしょ”でしかありえなかった。
「こんな飾りは、あんたに返す!」
「ち、ちょっと待て。 早まるな!」
焼け焦げてぺしゃんこになったクリスマースリースを、力まかせに首からはずそうとするミルドレッド。
……と、
「あ……」
そのクリスマスリースが、ボロっと崩壊してしまったのだ。
「……」
「……」
めちゃめちゃに気まずい。二人は、ミルドレッドの手元にかろうじて残った残骸に唖然と視線を向けた。
クリスマスリースは常緑の終わりのない輪。それが意味するのは”永遠の愛”
「壊れちゃった……」
とたんに漆黒の瞳からポロポロと涙が零れおちた。
「あ、あのさ、俺の話を……」
「うるさぁいっ、うるさいぁいっ! もう、私に話しかけないでえっ」
腕を伸ばしてどうにかミルドレッドを捕まえたものの、キースはその場をどうまとめたらいいかが分からない。すると、突然、背を向いたミルドレッドの声音が変わった。
「あ~あ、揉めてら。お兄ぃさぁん。いつになったら、僕に幸せの意味を教えてくれるのぉ」
「また、ティルか、もう出てくんな。っていうか、いい加減にミリーから出て行けっていうの!」
「だって、プロポーズの展開が遅くて、イライラするんだもん」
「お前が出入りしてるから話がこじれるんだろ。ちょっとは自覚しろよ、ティル・ネーナ!」
そう叫んでしまった後に、キースはしまったと大急ぎで口を閉ざしたが……
「ティル? キース、あんたのお気に入りはアンナって娘じゃなかったの。 ああ、そうだわよね~次から次に新しい女の子が出てきて……モテモテの青年画家さんには私なんて必要ないわよね~」
恨めしげに振り向いたミルドレッドの顔が怖い。
ころころと人格が入れ換わる少女もしかり、何もかもが上手くゆかない。これは、聖なる夜をぶっ壊した俺への天罰だろうか。けど、それって俺が仕組んだことでもなんでもないぞ。
悩めば悩むほど、頭が痛くなってくる。……ああ、本当に何だか、気が遠くなってゆくような気がする。
青年画家の力が弱まった瞬間に、掴まれた腕を振り払ったミルドレッド。だが、次の瞬間、キースは再び、強い力でその腕を自分の元へ引き戻した。
これまでの彼とは思えないほどの強引な握力で。
「逃げるな。お前のことは誰にも渡さない!」
そんな歯の浮きそうな台詞を吐きながら、キースはミルドレッドを胸に抱きしめた。
「他の女なんて気にするな。この先ずっと、お前の隣には俺がいる」
突然、強気な言葉を連発し始めた青年画家の態度に、今度はお嬢様の方が困惑した。
「あんた……キース……じゃないでしょ」
彼女を日々、魅了してやまない琥珀色の瞳。だが、眼差しがやけに鋭いし、眼光はぎらぎらしていて……違和感でいっぱいだ。
それに、”お前のことは誰にも渡さない”なんて台詞は、たとえ今年が人類最後のクリスマスであっても、絶対にキースが吐くわけがない。
ふと、見上げた彼の首筋に小さな2つの小さな傷跡に気づき、無意識にそれに指を伸ばそうとする。が、その手をキースは即座に手で遮り、
「廻りを見渡してみろよ。町の時間は止まったままだ。どうやら、お前たちのごたごたが終わらない限り聖ミカエルのエフェクトは消えないようだ。俺だって早く在るべき場所に戻りたい。だから、さっさと、こんな面倒くさい茶番劇は終わらせてしまえ。しかしな、用心棒の契約をしたとはいえ、何で、俺がお前らの色恋沙汰にまで手を貸さねばならないんだ」
「は? 何、それ。キースったら、ふざけてんの」
……が、次の瞬間、ミルドレッドは、
「まさか……用心棒って」
キースの用心棒といえば、戦闘でも色恋でも百戦錬磨の謎の男、”イヴァン・クロウ”のことではないか……そう言えば、今のキースの言葉使いは、どう考えても、かつての彼を彷彿させる。
けど、イヴァンはもういないのよ。それに、なんでキースがイヴァンの口まねをしてんのよ。
はっ、まさか、婚約、婚約って、私がプレッシャーをかけすぎたもんだから、現実逃避しちゃったとか。
悩み過ぎて、キースは自分のことをイヴァンだと思いこんじゃってたりして。
「そんなの、いやぁぁ! ぼうっとしてても、無神経でも、変人でも、あんたはあんたのままがいいの」
青年画家の中に入り込んだ男は、への字に口を曲げたお嬢様の表情に思わず苦い笑いを漏らしてしまう。
酷い言われ様だな……まぁ、確かに俺よりはこいつの方が安全だけど。
「心配すんな。こいつはこいつのままだから。俺は、こういうイラつく展開を手っ取り早く終えれば、すぐに消える」
そう囁きながら、お嬢様の体をぐいと自分に引き寄せる。
「ちょっ、ちょっと待って。イヴァンが嫌いな訳じゃないのよ。でも、でもっ、あんたはキースでしょ! これはちょっと」
「そうか、安心した。けどな、聖ミカエルも今夜は忙しい。さっさとしろと後ろで俺を焦らしてる」
有無を言わさず、お嬢様の口元を自分の口元へ引き寄せる男。
「要するにプロポーズとやらを聖夜のうちに終えてしまえばいいんだろ」
ミルドレッドは焦りまくった。
これはっ、聖なる夜のプロポーズとキス? キースから(……)ああっ、ふざけてる場合じゃないわ。 そりゃあ、このシチュエーションは夢にまで見た光景だけど。
これ、違うっ。絶対に、違うっ。
天まで雰囲気を盛り上げるのに共犯しているのか、先ほどまで夜空を覆っていた厚い雲は風に流され、銀色の星々が燦々と輝きだしている。
「駄目っ、駄目っ、まだ、その言葉は言わないでっ!」
「さぁて、どうしようかな」
だが、キースの中のイヴァンが人の悪い笑みを浮かべた瞬間、突然、逃げ腰だったミルドレッドが、彼女の方から青年画家に唇を押しあててきたのだ。
「……」
そして、
「やったぁ! イヴァンとキス。しかもクリスマスに!」
頬をピンクに染めて今にも空に舞い上がってしまそうな少女。抱きとめた彼女の心臓の鼓動がどきどきと腕に伝わってくる。それが、ミルドレッドの体を借りた死んだ少女のモノと気付き、青年画家の中の男は苦笑した。
「ティル、お前、まだ、このお嬢ちゃんの中にいたのか」
「うんっ。そっと気配を消して、外の様子を見てたんだ。イヴァンは、そのお兄さんの中にいるんだね。イヴァン、メリークリスマスっ!」
「何がメリークリスマスだ」
離そうとしても、青年画家から離れようとしない少女。
「呆れた話だ。間接的にせよ、己の首を掻っ切った殺人者に抱きついて何故そう喜ぶ」
「だって、だって、今夜のイヴァンの背中には、今まで見たこともないくらい綺麗な聖ミカエルの翼が煌めいているから。僕はとっくに死んで朽ちて、闇の中で砂粒になった子供。そんな僕が天使に触れることができたんだもの。それにね、この娘の中にいると、すごく、すごく温かくて……まるで、僕、また、生き返ったみたいに心が弾むんだ!」
満面の笑みで答える少女の息が、冷たい冬の空気の中に白い暖気となって舞い上がる。
「イヴァンが好きだよ。そのお兄さんも、この娘も、クリスマスの町も。だから、今、僕は嬉しくってたまらないんだ!」
すると、目前の青年画家の冷ややかだった瞳の色が急速に柔らかな光を帯び出したのだ。生きた娘も死せる娘も全部を魅了してしまいそうな琥珀色の視線が、息をはずませた少女に注がれる。
ミルドレッドの心はまだ、ティルに占拠されていた。
青年画家は、それに気付くと少し困った顔をしたが、仕方ないかと苦笑しながら彼女に問うた。
「ティル、本当の幸せって何なんだろうな」
それはほんの一瞬の温かな光なのかもしれない。
けど、過ぎ去った日々がどんなに悲しくて、後悔ばかりだったとしても
今、お前が感じている幸せはホンモノなんだ。
その直後だった。キースとミルドレッドの間にあった、ひしゃげて壊れて焼け焦げたクリスマスリースから明るい光が溢れだしたのは。




