第4話 やらかした
その宿屋はすぐに見つかった。何しろ名の通り金色の小麦が目印の看板なので分かりやすかった。宿の中に入ると、左側には受付があり、右側に食堂のような入口があって、奥には階段もあった。とりあえず受付に向かおうと思ったところで俺の方に10歳ぐらいの水色のツインテールの少女がとことこと小走りで向かってきた。
「あなた! おかえりなさい。ご飯にする? ライスにする? それともお・こ・め?」
笑った。というか吹いた。結構盛大に。
「ガッハッハッハ、兄ちゃんさてはこの宿に来たことないな? 苦笑ではなく爆笑するとは思わなかったが。いいもの見せてもらったよ」
「「「ハハハハッ!」」」
俺が笑ったことで宿屋の食堂の方がだいぶ騒がしくなった。俺はその光景に思わず苦笑してしまった(自分で作った光景なのに)そんな時に、受付の方から恰幅のいい茶髪の女性が出てきて、コラっとさっきの少女を軽く叱った後、こちらに向いて、頭を下げてきた。
「謝りなさい」
「ごめんなさい」
と言って少女はすぐに食堂の方に行ってしまった。
「さっきはうちの娘がすいませんね、いつも注意しているんだけど、全然反省しなくて」
はぁと女性がため息をつく。別に俺はそこまで気にしていないのでと、そう伝える。
「いえいえ、大丈夫ですよ、子供は無邪気な方がいいと思いますし」
最初はいきなり言われて爆笑してしまったが(選択肢全部ご飯だとは思わなかった)さっきの俺に対して話しかけてきた体格のいい男性が言うに恒例行事みたいなものらしいしな。郷に入っては郷に従えとも言うし。つい苦笑してしまったけど。女性は頭を上げて言ってきた。
「そう言ってくれるとこっちとしてもありがたいよ。申し遅れたけど。私が女将のレイラだよ。今日はお食事かい? それとも泊まり?」
「泊まりです」
「分かったよ。あんた名前は?」
「たか・・・亮太です」
「リョータね。それじゃリョータ、うちの宿の説明だ。うちの宿は朝と夜の2回の食事がつきで、1人部屋で1泊1万G。お弁当は前の日の夜のうちに言っておけば作っておくよ。冒険者なら昼飯を食べにわざわざ戻ってこないからね。もちろん別で料金はとるよ。それでも大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
1泊1万Gが高いのか安いのかは分からないが、(ここも市場調査するべきだったか)いや、高いか1ヶ月で朝晩飯付きで30万円ってことだもんな。まぁ、別に今は300万Gを持っているので、冒険者でいくら稼げるのかも見てだな。
「よし、それじゃ何日ぐらい泊まる?」
「1週間でお願いします」
とりあえずお試しということだ。宿の食事の美味しさとか質も見極める必要があるしな。
レイラさんと俺は受付に移動し支払いをする。
「なら合計で7万Gになるよ。会計はカードで?」
「いえ、現金でお願いします」
と言って俺は金貨を1枚受付に置いた。
「はい、確かに受け取りました。大銀貨3枚、ちょうどのお返しね。それと、これが部屋の鍵だ。そこの階段を上がって2階の突き当たりの209号室だよ」
と言って209と書かれたプレート付きの金色の鍵を受け取った。
「その鍵は無くしたら3万Gの罰金だから気をつけるようにね」
「わかりました」
「夕飯はもう食べていくかい?」
俺は少し考えた後に、頷きを返した。やっぱりお腹減ってるからね。
「なら、適当な席に座ってな。すぐに運ぶからね」
レイラさんがそう言ったらすぐに受付を出て食堂の方に向かっていった。食堂は、左側にカウンター席とその奥に厨房があり、部屋のほとんどは木製の丸テーブルに、椅子が4つ並べられているものが不規則にあって、みんな食べたり、飲んだりしながら談笑をしていた。俺が入るとさっき1番に笑っていた男性がこちらに気づいて話しかけてきた。
「よお坊主さっきはバカにしたようなことを言ってすまんな」
「いえ、大丈夫です」
「まぁ、とりあえず座れ」
と男性に促されるままに席に座ると、その対面に男性も座った。いきなり何? どういうイベント? テンプレ・・・なのか? そんなこと考えてたら男性が話し始めた。
「俺はガルム。この宿屋の常連客のようなもんだな、坊主は?」
ガルム? いや、まさかね。ガルムさんは黒いギザギザとした髪に、引き締まった筋肉をもつまさに漢という感じの男性だ。俺は一瞬名前を言うか迷ったが、悪そうな人ではなさそうなので名前ぐらいならいいかと思い、名前を言った。
「亮太と言います」
「リョータか、お前成り立ての冒険者だろ?」
あ、この人強い人だ。1発で分かるのは強い人だこれ。やっぱりそうなのか?
「はい、そうですが」
「やっぱりな、さっきバカにしたことの謝罪として特訓してやるって言ったらどうだ?」
あー、そういう系かー師匠パティーンか。いや、でも今はスキルのこととか調べたいし、最初は1人で試したいことも色々あるから断ろう。
「すいません、とりあえずソロでやりたいので断らせていただきます」
「マジかよ! あいつガルムさんの誘いを断りやがった!」
「あのAランク冒険者、『両断のガルム』のか!?」
と周りの人たちが騒ぎ始めた。やらかした。まさか強いとはいえあのガルムさんだとは思わなかった・・・。いや、普通駆け出しにそこまで強い人が特訓してくれるとは思わないじゃん。いや、ソロでやりたいってのは本当だけども。と後悔していると。
「お前ら静かにしろ」
ガルムさんがそう言った瞬間宿屋がしーんと静まり返った。そのあとガルムさんはニヤッと笑みを浮かべると。
「まさか断るとはな、ますます気に入った! なら、坊主そのとりあえずが終わったら声をかけてくれ。特訓してやるよ。まさか俺の謝罪を受けないとはククッ、面白いやつを見つけたな」
とガルムさんは笑いながら宿を出ていった。
そのあとに、夕食の「マグナバイソン」を使われたシチューは美味しかったが、とても急いで食べた。終始やらかしたなと感じていたからだ。めっちゃ視線感じたし。食べ終わったらすぐに階段を上って209号室に入った。特に絡まれることはなくてそれだけは安心したが。
部屋の中を見ると以外とシンプルで、床はフローリングで、壁は白く塗られていて、天井にはランプがかけられている。右奥にベットがあって、中央に低いテーブルがあって、左奥にラックがあった。そして、何よりも目の前の壁には窓があり、その上にはなんと時計が掛けられていた。この世界では相当高い時計があるということは、やはり高い宿なのだろうなと思った。
そういえば、時間はもう18時で、十分夕方と呼べる時間だが、真守たちは来たのだろうか? と思って部屋を出てレイラさんに聞いたが、そんな人たちは来てないとのこと。遅いな。と思ったが、時間潰しのために復習も兼ねてギルドでもらった資料を取り出し読むことにした。