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仲睦まじい新婚夫婦。
そんな茶番を延々と繰り返しながら、愛想良く振る舞って時が過ぎるのを待ち、行程を順調に終えた玲華は龍綺と共に会場を後にする。
二人で廊下を進み、ある程度人気がない場所まで辿り着くと、先ほどまでにこやかに対応していた龍綺は、表情を一変させ、これ見よがしに盛大な溜め息をついた。
「……疲れた」
ぼそりと呟くその言葉を聞いた玲華が、龍綺の腕に添えていた手をそっと放すと、彼は一瞬だけこちらを見たが、すぐに興味なさそうに視線を逸らした。そのまま面倒臭そうに口を開く。
「これからしばらく催事はなかったな?」
「ええ」
「お前も俺の顔を見ずに済むから気が楽だろう」
こちらの顔を見もせずに薄く嗤う男の戯れ言に、玲華は目を軽く伏せ、
「お戯れを……」
と是でも否でもなく曖昧に返す。その、ある意味そつのない返答が、龍綺には気に入らなかったらしく、
「模範解答、といったところだな」
と鼻白んだ様子である。
そんな龍綺だったが、ふと、何か気付くことがあったのか、その視線がある一点で止まった。
会話の途中だったので、つい玲華はその視線を追ってしまい……そして、見た。
廊下の隅に立つ、一人の娘。
その娘は、龍綺の姿を認めるなり、顔をほころばせて駆け寄ってくる。
遠目から見ても見目麗しい娘で、玲華はすぐに、彼女がどういう立場の人間であるのかを理解した。
つまり、龍綺の現在の相手だろう、ということだ。ちなみに「現在の」と敢えて付したのは、玲華が嫁いできた当初に噂のあった娘とは違う相手である、ということだ。
「龍綺様!」
華やいだ声を聞いた玲華は、すっと静かに身を引いた。彼の私生活の付き合いについて、とやかく言うつもりはなかった。
同時に龍綺の足が動く。その体は、玲華の予想に違わず、娘の方へと向かっている。
やがて彼は娘の元に辿り着くと、二、三、何事かを語りかける。
すると娘は、花が綻ぶような笑みを浮かべ、するりと龍綺の腕に手を回す。そして、
「正妃様、ごきげんよう」
と勝ち誇ったような艶然とした笑みを浮かべつつ、玲華に礼をした。……その間も、彼女の手が龍綺から離れることはない。この人は私のものだ、と言わんばかりだ。
(そんなことをしなくても、ちゃんと分かっているのに)
玲華は心の中で嘆息を零す。
そのようにされても、腹が立つ、ということもない。哀しいと思うこともない。何故ならそれが、玲華と龍綺の「普通」なのだから。
やがて、娘をまとわりつかせた龍綺の背中が遠ざかる。その姿を、玲華は溜め息混じりに見送った。