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 龍綺との結婚話がまとまると、呉羽は頻繁に、玲華とその母が暮らす離れを訪れるようになった。

 恐らく、目的はただ一つ。

 玲華に、龍綺との結婚生活について、いくつかの心得……たとえば政略結婚なので愛し合う必要はないが、公の場では円満な夫婦を演じるようになど……を教え込むためだろう。

 ただ、最終的には、このようにも告げられた。


「婚姻関係は、できるだけ長く続けて欲しいのは山々だけど」


 彼はそう言いながら、手土産で持ってきた、皇都で大変人気のあるという菓子を、玲華に一つ渡す。

 それはふわふわとした感触で、可愛らしい兎の形をしていたが、正直なところ、菓子を食べるような心境ではない。しかし促すようにじっと見つめられ、玲華は仕方なく、それを口に入れた。


 上品な甘さが口の中に広がる。とろけるような食感だ。食べ物には罪はないので、口に入れた以上、しっかり舌で味わっていると、呉羽がまるで、いとけない者を見るような柔らかな眼差しでこちらを見つめてきた。


「美味しいかい?」

「はい、とても」


 そう答えながらも、玲華は心の奥で困惑する。


(そんなふうに見ないでほしいのに……)


 優しい瞳で見つめてくるから、利用されているだけだと分かっていても「多少は私たちのことを考えてくれているのではないか」という甘い考えを抱いてしまうのだ。


(そんな甘い方ではないのにね)


 玲華は、甘い菓子のせいで少し緩んでいた気を引き締める。それと同時に、呉羽が口を開いた。


「彼が離縁したい、と言えば、離縁してもいいよ」

「……」


 思いも寄らぬ言葉に、玲華は目を丸くする。


「え?」


 よほど間抜けな顔を晒してしまったのだろう、呉羽が失笑した。彼は笑いながら、


「どうして、そんなに驚くの?」


と問いかけてくる。

 理由など分かりきっているだろうに、流石は第二王子として世の荒波に揉まれているだけあって、面の皮が厚い。

 玲華は表情をただし、軽く目を伏せた。


「いえ……結婚する前から離縁という言葉が出ること自体に驚いてしまって」


 ここは本音でも差し障りないだろうと、玲華は正直な感想を告げる。すると呉羽はふっと相好を崩した。


「僕も鬼じゃないからね」


 つまり、彼の言いたいことはこうだろう。相手が離縁を切り出した際には、玲華は、すがりついてまでして無理に引き留める必要はない、と。


「でも、君から切り出すのは、なしだからね」


 その言葉に「なぜ」とは尋ね返さなかった。

 理由は火を見るより明らかだった。玲華は世間の噂話に明るいわけではないが、それでもちらちらと漏れ聞こえるものもある。つまり、氷の王はこの婚姻に、あまり乗り気ではないということだ。

 そのため、玲華から離縁を切り出してしまえば、この婚姻を疎ましく思っているかもしれない相手は、これ幸いにあっさり同意してしまい、せっかく結んだ婚族としての繋がりが破綻してしまう可能性がある。

 玲華は軽く目を伏せた。そして、


「はい、お兄様」


と答えた。


 ……そう答えるしか、なかったのだ。

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