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この結婚について、玲華の個人的な感情から見れば、決して順風満帆な出だしとは言いがたい。
しかし、政略結婚という観点から見れば及第点だろう。少なくとも互いに、最低限の義務……つまり婚姻と初夜の儀のことだが……は果たしたわけだ。
しかし、これからの夜の訪れがあるかと問われれば、恐らく「否」だろう。
(でも、仕方ないことかもしれない)
玲華には、龍綺がこのような態度を取る理由に心当たりがあった。
玲華は姿見を見ながら乱れた服を整える。そして、お世辞にも威厳や高貴さに満ち溢れているとは言いがたい、凡庸な空気をまとった自分の姿をじっと見つめた。
(皇女……か……)
市井で生まれ育った自分には恐らく「皇女としての品格」というものは備わっていない。婚姻前に叩き込まれ努力したとて、それは所詮付け焼き刃にすぎない。
一方で、それらを体得している人たちの存在を、玲華は確かに知っていた。
例として挙げる中で、自分より年上の未婚の姫という条件を付けるのであれば、第七皇女が筆頭であろう。
そして、ちらちらと漏れ聞くところによれば、龍綺は元々、第七皇女を欲していたらしい。
確かに、玲華から見ても、翔の王が第七皇女を望むのは、当然であるように思われる。
第七皇女といえば、玲華の異母姉であるが、彼女は第一王子と両親を同じくする格の高い皇女だ。玲華とは明らかに立場が違う。
その天と地ほどの格の違いのため、玲華は彼女と直接会ったことはないのだが、肖像画を見たことはある。
美しさの中に可憐さを内包した少女であり、思わず見惚れたことを覚えている。美貌の氷の王と称される龍綺と並べば、絵画のようなお似合いの一対だっただろう。
それが、一体どうだろう。
正真正銘、身分においても容姿においても、玲華は彼女に比べて格が下である。
皇家との、より強い繋がりを求めた婚姻であるにもかかわらず、使い勝手のない第八皇女を押しつけられ当てが外れた彼は、さぞ迷惑に思っているのだろう。
まさか当日まで結婚相手を知らされていない、ということはないだろうから、この婚姻の儀に望み玲華の姿を見て改めて、望む相手と違う現実を実感させられたのだろう。
皇族に侮られた、と憤りを感じたとしてもおかしくはない。
ゆえに、彼の玲華に対する心証は著しく悪く、その結果として、初夜に臨む彼の眼差しは冷たく凍えたものだったのだろう。
それにもかかわらず、玲華は格が低いとはいえ紛れもなく「皇女」であるからには「正妃」の座を用意する必要があった。
(不本意……だったのでしょうね)
龍綺の心境を察して余りある。そして玲華はため息を漏らした。
この婚姻は、長く続かないかもしれない、と玲華は感じる。
(お兄様には残念な結果になってしまいそうですね……)
そんな感想を抱きながら、玲華は呉羽との会話を思い出していた。