3
当人たちの感情がどうであれ、儀式は粛々と執り行われる。
厳粛な雰囲気の中で行われた婚姻の儀の間中、玲華の夫となる青年が、その硬い表情を崩すことはなかった。
☆
そうして迎えた初夜の儀。
湯殿で体を清めた後、婚姻の儀と同様、純白ではあるが幾分簡素な衣服に着替えさせられた玲華は、自室に案内され、そこで静かに夫の訪れを待っていた。
この日、初めて玲華は自分に宛がわれた部屋に足を踏み入れたのだが、第二王子である呉羽の計らいだろう、家具などは十分に取り揃えられていた。
(元の私の部屋より立派ね)
皮肉にも、病床の母と二人、宮殿の片隅で目立たぬよう暮らしていた頃より、部屋は広く、調度品も上質だ。恐らく皇女としてみすぼらしくないように取り揃えてくれたのだろう。不思議と、宮殿にいた頃よりも、自分が皇女であることを実感させられた。
(それにしても……)
龍綺の訪れが随分と遅い。既に予定の時刻を大幅に過ぎている。
そもそも、こういった儀式の手順は秒刻みで定められ、その流れのままに粛々と進むものであるため、この遅れは明らかに不自然だ。
(来るつもりがないのかもしれない)
その可能性は、なきにしもあらず、だろうか。初めて顔を合わせた時の冷たい瞳が、玲華の脳裏に甦った。
もし、子供を望まないのであれば、初夜の儀を省くこともあるのだろうか。と、そんなことをぼんやりと考えていたところで。
扉が開く音がした。
玲華は一度びくりと体を震わせたが、次の瞬間には、定められた手順のとおり立ち上がって居住まいを正し、来訪者が近付いて来るのを待った。
やがて玲華の対面にて立ち止まった彼……龍綺は、自分と同じく真っ白な装束を身にまとっており、その姿は彫刻のように美しかった。そう、眉間に皺を寄せた険しい表情すら、気後れするほどに絵になる。
初対面の時とは異なり、夫となる人の美貌を確かに感じ取った玲華だったが、やはりそれに見とれることもなければ、
「この美しい方が私の夫」
などと夢見心地になることもなかった。
近寄りがたい空気を隠そうともしない龍綺から感じるものは、お世辞にも良い感情ではなく、それは玲華の心を萎縮させた。
「……」
互いに相手を探るように見つめ合う。重苦しい沈黙が、二人の間に漂った。
やがて、先に口を開いたのは龍綺の方だった。
彼は怜悧な瞳で玲華を見つめながら、こう告げたのだった。
「この結婚が政略結婚であることは承知のうえだと思うが、改めて言っておきたい。俺たちは、これまでも、そしてこれから先も、愛し合うことはないだろう」
と。
☆
その言葉に違わず、彼の振る舞いは義務の域を出ないものだった。感情の伴わない乾いた口づけと、熱のこもらない指先と。
玲華の躰も、触れられれば生理的な熱を帯びるが、心は冷え冷えとし、満たされるものなど、何一つとしてない。
そんな虚しい夜を終えた翌朝、素っ気なく部屋を出て行った龍綺の背中を視線で追った後、玲華は諦めたように小さな溜め息をついたのだった。