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龍綺の顔を見やれば、相変わらず苦虫を噛みつぶしたような表情をしたままだ。そんな顔をしてまで引き留めたからには、何か重要な用事だろうと考えた玲華は、改めて姿勢を正す。
そのまま静かに相手の言葉を待っていると、やがて龍綺が口を開いた。
「今日の夜会の話だが」
「はい」
夜会といえば、この後に控えている呉羽との晩餐会のことだろう。当然、夫婦二人で第二皇子をもてなすことになっているが。
「衣装を替えろ」
その唐突な言葉に、玲華は思わず耳を疑った。さらに、あまりに予想外の台詞だったため、少々間の抜けた声をあげてしまう。
「……え?」
自分の聞き間違いかとも思ったが、龍綺の反応を窺えば、どうやら空耳ではないようだ。
(衣装を替える……?)
その言葉を反芻した玲華は、思考を現実的なものへと切り替えた。
夜会のために準備していた衣装は、結婚する際に呉羽から持たされたもので、皇族の色である紫を基調とした落ち着いた意匠のものだった。
一度袖を通し、着丈などの調整も済んでいる。また、呉羽から贈られたものとはいえ、降嫁した自分が着用しても良いものなのか、といったことも、前例や慣習などを周囲の者と共に念入りに調べて決めたものだった。
今更、一方的に変えろと言われても、困惑するしかない。
第一、替えの服がないのである。
そうして玲華は、こう結論づけた。
「それは少し難しいお話ではないかと……」
もう少し時間があるのならば、それも可能ですが、とやんわり理由も添える。
しかしながら龍綺は、
「……時間がなくとも、お前の侍女が何とかするだろう」
と言って退かない。
確かにかつて第二皇子に仕えていた千早に頼めば、皇族との食事会に相応しい服を、即席でも見繕ってくれるだろう。
しかし、彼女は現在、最も忙しい使用人の一人だ。その千早に対して、余計な仕事を増やすのは忍びない。
玲華は返答に詰まりながらも、相手の態度を訝しく思う。
(一体どうしたのかしら?)
龍綺は基本、玲華に対して無関心ではあるものの、無理難題を押しつけてくるわけではない。
いや、そもそも。
(私が最初に準備していた服のことをご存じなのかしら)
もし知らないにも関わらず服を替えろと言うのであれば、単なる嫌がらせだろうが、知っていてこのように言うのであれば、
(皇族の色がお好みではないのかも……)
ということも考えられる。鼻についたのであれば……それは自分の手落ちである。
前もって相談しておけば良かったのかしら、と考えるが、しかし「何故俺に聞く。勝手にすればいい」という返事しかもらえなかったことは目に見えている。
……どうしたものかと考え込んでいると、つい注意力が散漫になってしまったらしい。
だから、龍綺の手が伸びてきて、すっと手首を掴まれ、そのまま引っ張られた時に踏ん張ることができなかった。
「……!?」
気がついた時には、背中にソファの柔らかな感触、そして――氷の王と称される所以の美しい顔が驚くほど至近距離に迫っていた。




