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玲華は龍綺と呉羽を伴い、自分の部屋へと向かう。
呉羽がこの部屋を訪れるのは、当然初めてであるが、夫である龍綺も、数える程しかこの部屋に足を踏み入れたことがない。そして訪れても、最低限の用件を二、三告げる程度の短い訪問でしかなかった。当然、夜を共に過ごすこともない。
つまり、夫である龍綺も玲華の部屋を訪問するのは久々だ、ということである。
さて、部屋辿り着き、足を踏み入れた呉羽は、ゆったりとした動作で辺りを見回し、そして満足げに一つ頷いた。
「うん、とても良い部屋だね。日当たりも良く、風通しも良い」
加えて、部屋に必要な調度品なども、十分に揃っている。
それもこれも、決して玲華が惨めな思いをしないよう、様々なものを送ってくれる呉羽のおかげである。お礼の言葉を述べる絶好の機会であったので、玲華は頭を下げた。
「いつも贈り物、ありがとうございます」
すると、呉羽は玲華に視線を戻して二、三度瞬きした。そして、
「どういたしまして」
と彼はにこやかに応じると、その後、少し悪戯っぽい表情で、こう尋ねた。
「ちなみに、何が一番嬉しかったかい?」
さらりと問われたが、なかなか回答しづらい問いだ。難題と言っても良い。
というのも、贈る側にも思い入れの大小があり「これが一番嬉しかった」と言ってほしい品があるはずだ。それから大きく逸れた回答は、相手を失望させるだろう。
「そう、ですね……」
考えながら部屋を見渡した際に、どうやら無意識にある一点に意識を注いでしまっていたらしい。呉羽は、そんな玲華の一瞬の隙を見逃さなかった。玲華が意識を取られたもの……即ち「魁」を見やるなり、
「それなのかい?」
と尋ねてきた。「魁」が呉羽の心に沿う回答かどうかは分からなかったが、こうなっては、今更「違う」と答える方が違和感がある。玲華が素直に、
「はい。とても素敵な品でした」
と頷くと、呉羽は玲華と血が繋がっているとは思えないほど魅力的な微笑みを浮かべた。
「そうか。君が喜んでくれたのなら、贈った甲斐があったよ」
そして不意に龍綺に水を向ける。
「ねえ、龍綺殿」
兄妹水入らずの会話から急に話を振られた龍綺が目を見開く。しかし、呉羽は相変わらずの飄々とした態度で、首を軽く傾けた。
「龍綺殿は、玲華のこれを聞いたことはあるのかい?」
玲華は心の中で冷や汗をかく。まさか「聞いたことがない」という答えを龍綺に口にさせるわけにはいかなかった。何故なら自分たちは「表面上は」円満な夫婦であるからだ。
玲華は、龍綺が何事かを答える前に、自ら口を挟んだ。
「いえ……残念ながら私の技術は拙く、まだ龍綺様にお聞かせする域には達しておりません。練習を重ね、もう少し上手になった時に、ぜひ聞いていただきたいと思っています」
苦しい言い訳ではあるものの、筋は通っているはずだ。隣から龍綺の、
「その日が待ち遠しいな」
という援護も加わる。そんな様子の二人を見た呉羽は何故か、ふふっと小さく笑いを零すと、
「そうか。ならば玲華も懸命に練習しなければいけないね」
と応じた。どうやら納得はしてくれたようだ。
それからも彼は、魁について、または音楽について、色々と玲華に尋ねた。
「……」
そのように玲華と呉羽が会話を交わしている間、龍綺は一言も口を挟むことはない。ただ、魁や音楽の話をしている最中に、ちらとこちらを見やっただけだった。
その時、少しばかり苦虫を噛みつぶしたような表情をしていたのは、合理的な彼の事だ、生産性のない楽器の話に興じる自分たちに対して、呆れていたのかもしれなかった。
こうして第二皇子の不意の訪れは、何とか無難に終わったと言えるだろう。