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「この結婚が政略結婚であることは承知のうえだと思うが、改めて言っておきたい」


 その人は、何の感情も映さぬ冷たい瞳で私を見つめ、静かな口調でこう告げた。


「俺たちは、これまでも、そしてこれから先も、愛し合うことはないだろう」


 初夜に交わした儀式めいた口づけは、決して体に火を点すことはなく、ただただ心を凍らせる。私は震える手でその人の腕にそっと触れ、そしてこう答えた。


「私たちが形だけの夫婦であることは十分に存じ上げております。これから先も、心に留め置きましょう」


と。







 第八皇女である玲華が、翔の国の領主の元へ降嫁したいきさつは、そう珍しいものでもない。




 翔の国は皇都に隣接しており、その大地は肥沃で、税収も十分な豊かな地方都市である。噂では、皇都より栄えているのではないか、とも囁かれている。

 その都市を治める領主は、皇の遠縁に当たる血筋である。現在の領主は、その冷ややかな美貌から「氷の王」と称されている龍綺という名の若者であるが、次男である彼は元々継承権を持っていたわけではなく、長男が急死したためにこの領地を受け継いだのだと聞く。


 口さがのない人々は、このように噂する。


「龍綺様が、領地を得るために、兄上を殺したのではないか」


と。

 そんな下世話な憶測に対して顔色一つ変えないところも、彼が「氷の王」と呼ばれるゆえんなのかもしれない。


 しかし、噂話は所詮噂話である。


 現実として若く美しく、そして結婚歴がない彼は、良家の子女とその親にとって申し分のない結婚相手であり、毎日のように見合いの打診があったという話を聞いている。


 しかし、皇の宮殿の端っこで、病気の母と二人で暮らす下位の皇女である玲華にとっては、


(私には縁遠い話ね……)


という程度の認識だった。


 ……実際に、結婚の打診があるまでは。







「君に、一生のお願いがあるんだけど」


 皇の宮殿の端にある玲華の部屋を訪れる客人の顔ぶれは、いつも決まっている。病に伏せっている母を看る医者と、玲華の後見人である第二王子呉羽である。


 第二皇子である呉羽は、穏やかな物腰と、優しげな口調で、全体的に柔らかな雰囲気を身にまとっている。

 勢力争いの激しい王宮内においても、彼はいつも微笑みを浮かべながら、一歩引いた位置に留まっていた。口さがのない人々は「甲斐性のないぼんくら王子」などと呼んでいるようだが、


(本当に、そうなのかしら)

と玲華は疑問に思う。


 王位継承権を持つ第一王子と母を異にする彼は、極力目立たないよう立ち振る舞っているように見える。無用な争いを回避しているのではないか。


 ……少なくとも、今は。


 玲華にとって彼は恩のある相手であり、異母兄として慕っているが、彼が野心のない温厚な人間だと評されれば、それは違うのではないか、と感じてしまうのだ。

 彼が時折見せる鋭い眼光は、愚かな人間のそれではない。

 そんな彼に「一生のお願い」と前置かれ、続けて、


「君に嫁いで欲しいところがある」


と言われた時には、


(来るべき時が来た)


と、そう驚くこともなく、すんなりと受け入れることができた。


 そもそも市井にいた庶出の、ろくな後ろ盾のない第八皇女である自分の使い道など、一つしかない。つまり、どこか辺境の領主へ下賜する品物という使い道だ。


 この呉羽に見いだされ、宮殿に身を寄せたその時から、全ては覚悟のうえである。


(私の、皇女としての価値は、きっとそれだけ)


 そもそも、彼に見いだされなければ母子ともども路頭に迷っていたのだ。そんな自分たちを保護し、さらには母に手厚い医療を受ける機会を与えてくれた義兄には、感謝してもしきれない。

 だからこそ、自分に与えられた役割を果たそうと思う。


 玲華は静かに目を伏せ、そしてゆっくりと頭を下げた。


「喜んでお受けいたします」


 そして顔を上げ、微笑みを浮かべた。

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