男子高校生TS記
やあ。僕の名前は伊豆成実。高校2年生。身長体重は平均値。部活動には入っていない。ごく普通の高校生だ。
学校では馬鹿な友達と馬鹿なことをやったりしている。昨日は脱衣こいこいをやった。5連敗の健次郎が制服とYシャツ、ズボンに靴下、そしてパンツを無理矢理下されるというところで先生に見つかった。高校生にもなって馬鹿なことをするなとこっぴどく叱られた。馬鹿なことをするのは高校生の特権だろう。毎日が楽しかった。
ところで最近変わったニュースが流れている。なんでも、男性が突然女性になるという奇病が発生したらしいのだ。その逆の事例もごくわずかだが存在する。今日はそれをネタに盛り上がっていた。
「なあ、知っとうか? 最近のニュース」
「ああ、あれやろ。例の女になるやつ」
「それや。なんやろな、そん病気」
「さあ~、俺にはわからん。まあ、お前がなったらいじりにいじり倒したるわ」
「なにゆうとん。なるんはお前じゃ」
「なるかボケ。今日はスピードで勝負じゃ」
いつも通りの平和な日常。例のニュースも話を盛り上げるだけのネタに過ぎない。そう、思っていた。
翌日。目を覚ます。妙に頭が痛い。
「ん~、なんやろ。頭痛い」
声に出してみる。あれ。声もおかしい。声帯が振動するような低い声ではなく、鈴を転がしたような高い声だった。
「風邪やろか。そやったら病院行かんと」
くらくらする頭で洗面所に向かう。顔を冷たい水で洗えば少しは落ち着くだろう。
洗面所の扉を開ける。俯き気味だった顔を上げ鏡を見る。と。……誰?
「なんやこら。夢でも見とうのけ?」
鏡に映ったのは見慣れた(自称)ナイスガイの顔ではなく、金髪碧眼の美少女だった。鏡に手を伸ばし触れようとする。しかし、鏡の中の美少女もまた同じように手を伸ばしてきた。同じ動きをしたことにびくっとして、頭の痛みも忘れ後ずさる。すると少女もまた鏡から遠ざかるように後ずさる。あれ? もしかして。
右手を上げる。少女も正面右の手を上げる。その場で一回転してみる。後ろを向いたときはわからなかったが鏡の中でも一回転している。そして、回ったときに自分の後を追ってくるように見えた長い金髪。しばらく黙り込み、状況を咀嚼する。
「……はあぁぁぁぁああああ!!??」
可愛らしい叫び声が響いた。
落ち着けナイスガイ(自称)。状況を整理しよう。
「すー、はー……ふう」
俺は伊豆成実。女の子みたいな名前だが男だ。ナニがどこにあるかもちゃんと知っている。両親は仕事で長期出張。今は家に俺一人で住んでいる。マンガのような幼馴染みはいない。残念だ。それから、学校には友達がいる。今日はおそらくポーカーでジュースを賭けることになるだろう。そこまで思考してからある考えに行き当たった。
男性が突然女性になる奇病。はっとして、テレビをつけスマホのネットを開く。テレビではちょうどよくこの奇病に関するニュースがやっていた。国内で新たに二人がこの奇病にかかったらしい。スマホではまとめ記事に目を通す。
急性女性化病もしくは男性化病。主に睡眠時、本来ではありえないホルモンバランスの急激な変化に肉体が再構築され、性別が変わるという。起床時は肉体の著しい変化から激しい頭痛が起こる。現状、治す方法はない。とのことだ。
そこまでの情報を得られた時点で、めのまえがまっくらになった。
「俺ぁ、いってえどうすればええんじゃ……」
頼れる両親は出張中。可愛い幼馴染みはいない。残念だ。俺は、俺は……。
着替えて学校に行くことにした。一人で悩んでいてもどうしようもないしな。学校で馬鹿たちと考えた方がよっぽど気が楽だ。
制服に着替える。普段はぴったりサイズの制服がぶかぶかになった。あ、パンツは男物のままだ。女物なんて持ってない。そして制服の袖から両手の指先しか出ない。とりあえず捲っておく。ズボンはベルトがあるからよかったが、それでも一番狭い輪になった。
何とか着替えをすませ、学校を出る準備をする。トーストでも銜えて走ろうかと思ったがやめた。学校までは徒歩で行ける。朝なので人通りは当然あるが、その人たちが皆こちらを見ている。おかしい。俺が女になってしまったことはまだ俺だけしか知り得ないはず。なのになぜ皆こちらを見ているんだ。
普通に考えれば、金髪の美少女が男物のぶかぶかの制服を着て歩いている時点で見てしまうものだが、それに気づかないほど焦った。こんなに視線にさらされるのは初めてだ。実際は友達と馬鹿をやっている時点で女子に冷ややかな視線を浴びせられているのだが。
やがて学校に着いた。学校でも同じような視線にさらされる。うう、なんか居心地悪い。今サラダが、間違った。今さらだが靴もぶかぶかで歩きにくかった。
教室に着いた。念のため一度深呼吸をしてからドアを開く。
「はよー」
教室内から音が消えた。手塚治虫がシーンという擬音を考え出したのはこういう状況だったからかもしれない。しばらくして教室内がざわざわし始めた。
「え、誰あの美少女」
「きゃー可愛い!」
「うは、金髪碧眼キタコレ!」
やがて押しかけるように取り囲まれる。
「ちょっ、待ちぃ……!」
「どこの国の人?」
「なんで男子の制服着てるの?」
「髪触ってもいい?」
「スゥーハァー」
おい、最後の奴何匂い嗅いでんだよ。こうなったら、遠巻きに見ている愛すべき馬鹿たちに助けを求めるしかない。
「おい、健次郎! 助けとう!」
しかし返事はない。
「おい、健次郎!」
「なんよぉ子猫ちゃん。俺に助けば求めちぃのか? そんとも愛ば求めちぃか?」
「だぁれ馬鹿! おまぁのパンツの色曝すぞ!」
「やっ、ヤメロぉ!!」
健次郎は毎週火曜日にはいてくるパンツの色を知られるのが大嫌いなのだ。毎週同じだからみんな知っているが。
「俺じゃ、成実じゃ! わかったらはよ助けとうくれ!」
「なに? 成実?」
自分が誰であるかを伝えると愛すべき馬鹿たちは動き出してくれた。俺を囲むように覆い教室の窓際最後尾に連れ出してくれた。実際は宇宙人の連行みたいだったが。しかしおかげで、他のクラスメイトは遠巻きに見ているだけになった。それでも話声は絶えないが。
「で、ぬしゃぁ誰じゃ。なんで俺んこっち知っとる」
「だけぇ、俺は成実じゃ。伊豆成実。こいこいのキングや」
「馬鹿言うな。成実はバカでアホで顔は中の中や。こんな美少女じゃない」
「おい、おまーらもなんばいったってぇー」
俺は馬鹿仲間の大田、岸部、佐々木にも言う。
「やっちゃアホん極みや。断じてぬしのような女ではなか」
「なっちゃんは良い奴や。ところでメアド教えて」
「俺にも春が来たんかワレ」
だめだ。話にならない。しかたがない。ここは奴らの秘密を暴露せねば。
「健次郎」
「なんじゃ」
「お前。妹ん写真集作って毎日眺めて――」
「わぁあー!! なんでそれ知っとるんじゃ!! 成実に聞いたんか!」
「だけぇ俺本人や。大田、ぬしゃ水泳部のプール覗いと――」
「わぁあー!! なしておいの秘密ばしっとるけん! 成実に聞いたと!」
「だぁけぇのぉ、本人や。岸部、お前の4股曝すぞ」
「なっちゃん。認めるからやめてけれ。もう曝しとる」
「佐々木」
「わかった。成実。ようわかった。堪忍しとくれワレ」
こうして皆にはわかってもらえてようだ。よかった。
「で、成実。なにがあったと?」
「わからん。朝起きたらこうなっとった。例の奇病で間違いなか」
「そうけぇ。やっぱりあんなこと言うたからや」
「せやかて、ほんまになるなんて思うとらんかったけん。治療法もないいうし」
「なら、俺らで石本んとこいって説得しちゃるけん。今日は病院行きぃ」
石本とは担任の教師だ。体育の教師で熱血漢。割と生徒から慕われている。
「そうするわ。ありがとぅな」
「気にせえな。ワンフォーオール」
『オールフォーワン』
その後石本のところへ行き、説得した。最初は疑っていた石本も健次郎たちの説得でだんだん信じてきた。無論俺も説得した。その後は健次郎の付き添いで病院へ行くことになった。両親が出張中なことを見越してだ。
病院で診断結果が下された。近場の大きな病院で検査を受けた結果、やはり急性女性化病だった。その日は学校からの通達で家に帰ることになった。
そして夜。一つの荷物が届いた。届け先はうち。送り主は、日本政府!? 急いで荷物を開封する。すると中に一枚の手紙と何かの袋が入っていた。手紙は要約すると、急性女性化病に罹った人へ国からの援助がされることだった。すでに300人近くが罹っている病気なだけあって対応が早い。手紙を読んだ後は袋を開けてみる。
「こっ、これは……!」
中身は女性用の衣服だった。普段着から寝間着、果ては下着までもが同梱された福井知識、じゃなかった。服一式セットだった。ぱぱ、ぱ、ぱぱぱ、パンツっ! ぶぶぶぶ、ブラっ! これを俺が装・着するのか!? ありえんだろ。
とりあえず全ての服を出してベッドの上に並べる。上下セットが7着、ワンピースが3着、下着セットが10着、寝間着5セット。そ・し・て! 制・服(女子用)! もう、アホか! 誰がこんなもん着るか! いやまあ、家にいる分にはいいが外に出るには、ねぇ? 別に男子用の制服でもサイズ合わせればいいわけだろ。なんでそうしない。
手紙に書いてあった。学校に通う生徒のうちはその学校に合わせた服装をするべきとして女子用なのだそうだ。そしてうちの高校はこの奇病の初事例として俺が実験体となった。まずは女子の制服で試すらしい。うえぇ~。はあ。もういい。明日考えよう。それより風呂だ。
脱衣所に向かう。鏡を見ながら自分が本当に女になったのかと改めて思う。服を脱いでふと気づいた。む、胸だァ! 胸がある! 当たり前のことだが朝はテンパっていて気づかなかった。目の前にあるのは胸。ならばやることは一つ。揉む! 恐る恐る指先で触る。
「ふぉお~っ」
や、柔らかい……。初めて触る胸が自分のというのもなんだが、柔らかい感触だ。水風船なんて目じゃないぜ! しばらくそのまま自分の胸を揉んでいた。下半身の方は自重した。
風呂場に入ると、体が小さくなったせいか浴槽が大きく感じる。体を洗うときは石鹸をよーく使い、胸の感触を再び堪能した。ようやく満足したので湯船につかる。今日は朝から大変だったのでゆっくりと浸かろう。水面で歪む自分の体を見ながら思案する。これからどうすればいいのだろう。
今までの行動からテンション高めに見えたが、内心ではどうしたものかと考え続けていた。俺の日常はどう変化するのか。学校はどうなるのか。
「ん~、考うてもしかたなし、か。明日にならへんとわからんさかい」
結局明日のことは明日の自分に丸投げした。
風呂を出てから気づいた。パンツどうしよう。女物をはくのは抵抗がある。かといって男物だとぶかぶかだし。よし、ここは時計で決めよう。分の時間が奇数なら男物、偶数なら女物だ。ちらっとデジタル時計を見る。時間は21:44を指していた。Oh……。これは、明日の為にも慣れておく必要があるという暗示か。苦渋の決断だったが、パンツを手に取る。いざ!
……おふ。なんというか、ナニもないとフィット感がすごい。男物に比べるとローレグだが、パズルのピースのようにぴったりだ。違和感もナニもない。ほ~、と感心する。寝間着の方は無難なのを選んでおいた。
翌日。アラームの音で目が覚める。胸に手を当ててみる。やはり夢ではないか。夢ではない以上現実を見て行動しなくては。いつもの習慣である、起きたらトイレという行動に従う。そういえば昨日は水分を取った記憶がないな。それどころか飯も食べた記憶がない。大丈夫か?
そしてトイレに言った記憶もない。そういえば、女の子ってトイレどうやるんだ? とりあえず便座に座ってすることだけはわかった。で? あとは? しばらくすると尿意が膨れ上がってきた。自然体で出してみる。何とかうまくいった。
次は歯を磨く。磨いている間、鏡の中の自分をじーっと見つめる。この容姿、割とレベル高いんじゃないか? 高校生らしい顔立ちの中に少しあどけなさが残る少女の顔。男の時は中の中とか言われていたのに、女になった途端にこれか。なんかフクザツ。
いつまでも鏡を見ているわけにもいかないので着替える。これが、ブラか。完全に我流でつけてみる。穿き慣れたパンツに対して、相当な違和感があった。仕方ない。慣れるまで我慢だ。制服は幸いにもブレザーだったので着方はわかる。あれ、シャツのボタンが反対についてる。つけにくいな。そして、スカートか。足を通し腰まで持ってきて待ったがかかる。チャックは正面なのか? ズボンは正面だったがスカートも同じなのか? と思ったらポケットがあった。ああ、ちょっと左にずれた。靴下はハイソックス。どこからどう見ても完全に女子高生になった。あー。理由なく声が出る。なんでかなー。あー。
朝ご飯はプチトマトを食べた。親がいないので自炊かコンビニが多いが、今日はなんとなく菜食主義になってみた。たんに買ってきて時間が経っていたので食べただけだが。牛乳を一杯飲み干す。今日これからのことを考えると食欲があまりでなくなる。うーん。
玄関に来てから靴のことを思い出した。自室に戻り届いた箱を開ける。底にはローファーがあった。これまたサイズはぴったりだ。身だしなみの最後の確認をして玄関を開け家を出る。
いつもの通学路も背が低くなったせいか、微妙に異なって見える。まあ、通学路なんてそんなにまじまじと見ないしそんなもんだろう。
学校に着いた。今日は最初に職員室に行くよう昨日病院に行く前に言われていた。職員室の石本の机へ向かう。
「おはようごぜぇまさ」
「おう、おはよう。どうした、何か用か」
こいつ、俺のこと忘れてるな。
「俺です、伊豆です」
「ん? ああ、そうかそうか! そうだった、忘れてた! すまんな、はっはっは」
ちょっと殴りたくなった。
それから説明を受ける。クラスメイトには状況を話す必要があるためHR中に俺の現状を説明する手はずとなった。なんだか転校生になったみたいで緊張する。転校生になったことないけど。
それからHRの時間になった。俺は廊下で待たされる。いよいよ心臓が死ぬぞう、とか考えているうちに石本に呼ばれた。どことなく機械仕掛けのようにぎこちない歩き方になった。南無。
「あー、こいつが、今説明したとおりの伊豆だ。こんなことがあったからといって、いじめなどしないように。以上。ホームルーム終わり。伊豆、何か挨拶しろ」
ええー、なにその無茶ぶり。急に振られても考えつかない。ここ最近で一番頭を働かせて出した返答が。
「……よろしこ」
だった。
「やっぱりあいつは伊豆だな。美少女だけど」
「見た目美少女でも中身は伊豆じゃねーか。見た目は美少女だが」
「成実ちゃん、可愛い!」
「野球部のマネージャーやらない?」
「結婚してくれ」
口々に感想が飛んでくる。いつのまにか名前でちゃん呼びになってるし。変態もいるし。しかし、野次を飛ばされないでよかった。内心ドッキドキだったからな。
一時間目前の休み時間になるとクラスの半分が話しかけてきた。ほとんどは可愛いだとか美少女だとか言われたが時々、胸を揉ませてとかスカートめくってとか変態がいた。
聖徳太子ではない俺は話が聞き取れず困惑していると、割って入ってきた者がいた。健次郎だった。
「お前ら。気になるんはわかるが、成実かて自分でもまだようわかっとらん。せやから少し落ち着かせぇや」
け、健次郎ぉ……。お前ってやつは。
「とこんで、何カップやった?」
け、健次郎ぉ……! お前ってやつは!
とにかくこうして、のちにTSという言葉があることを知った俺の学校生活が(再)スタートした。