Normal End
「え?」
真っ白な空間。俺は、いつの間にかそこにいた。
ここに来る前の記憶はない。本当に、いつの間にかここにいた。
というか、自分に関する記憶もない。俺の名前は? 出身地は? 年齢は? 家族の有無は? 何もかもわからない。まるで記憶喪失だ。
「貴様は死んだ」
と、どこからか声が聞こえてきた。
「その魂を我が回収し、ここに導いた」
ゆらりと、どこからかそいつは現れた。
例えるなら、金色に光るモヤモヤとした人型。霧のような人間。そんなところだろうか。
「なんだよあんた……神とか?」
「そう呼ばれることもある」
マジか。
ネット小説なんかじゃよくあることだが、まさか俺にも降りかかるとは。
俺の記憶が無いのは、この神様の配慮か何かかもしれない。死んだ恐怖を思い出さないようにとか、前世に未練を残さないようにとか。
いや、わからないけどな。単に前世に未練を残されると面倒なのかもしれない。そこら辺は想像するしか無い。
しかし、爺さんが土下座してたりするシーンが思い浮かぶが、どうも違うようだ。気になるので尋ねてみることにした。
「俺が死んだのは神のミスとか……」
「世界を構築し、世界を保つことが我の役目。人の生死など管理せぬ」
違うのか、残念だ。
「じゃあ何でこんなことを?」
「取引の結果だ。転生先が別世界の場合、その世界の変化を促すことが多々ある。そのため、別世界の管理者が、我の世界からいくつか魂を送ってくれと言ってきた。貴様以外にも何人か送ることになっている」
神様も神様で色々と考えているらしい。流れのない水は濁る一方だ。世界も同じように、停滞し続けるのはまずいのだろうか。
「その世界は、科学ではなく魔法が支配する世界だ。様々な魔道具が社会を動かし、危険な魔物を剣や魔法で討伐する」
よく聞く設定だ。
「想像するのは簡単ではないか? 貴様らの娯楽作品にも、似たようなものはいくつもあるだろう」
その言葉に俺は頷く。ドラゴンクエストとか、その典型じゃないだろうか。
「何の準備もなく、身を守る術もなく送られても、すぐに死んでしまうだろう。我も、そして取引をした管理者もそれは望まない」
そう言った神様が、右手に何かを出現させた。七色に光る結晶体だ。美しいが、美しすぎてどこか寒気がする。
「今回は一つだけ、貴様の願いを叶えてやろう。さあ、何を願う?」
テンプレだと思いながら、その言葉に俺は悩む。話として聞いたり読む分には色々と即決出来るものだが、自分がそうなってみると悩むものだ。
何でもいいが、一つだけ。何を願えば、俺は生まれ変わった先で人生イージーモードで過ごせるだろうか。願うなら、やはりネット小説のように大活躍してみたいものだ。
剣の才能? 魔法の才能? 凄い身体能力? 魔力無限? 王子として転生する?
どれにもメリットとデメリットがある。それに、物理無効の敵はいないのか、無限の魔力があっても魔法は使えるのか、色々と心配事もある。
考えて、考えて、考え続けて、そして思いついた。これだったら、全部解決出来るじゃないか。
「願いは決まった」
「うむ、ならば言うがいい」
「ああ、無限に俺の願いを叶えてくれ!」
これならいいだろう。一回だけじゃなくて、無限に願いを叶えてもらえば、デメリットなんてないだろう。王子になって、凄腕の魔法剣士になって、無数のヒロインと楽しく生活して……なんて夢も実現出来る。
断られるかも、という一抹の不安もあったが、どうやらそれはないようだ。神様は迷うことなく頷くと、七色の結晶体を掲げて俺に告げた。
「良いだろう、その願いを叶えてやろう」
そして、七色の結晶体が光り始める。その光が最高潮に達した瞬間、結晶体は粉のように消えていった。
「これで願いは叶えられた」
どうやら、七色の結晶体は願いを叶えるためのアイテムだったようだ。随分あっさりしたものだが、そんなものなのだろうか。
ともあれ、これで無限に願いを叶えられるわけだ。早速何を願おうか考え始めた俺だったが、俺の思考を遮る声が響いた。
「では、用意はいいな? 早速送るぞ」
何?
「え、待ってくれよ。無限に願いを叶えてくれるんだろ?」
「うむ、叶えるぞ。次回、ここに来ることがあったら、お前の願いを無限に叶えてやろう」
「え?」
「言ったはずだ。今回は一つだけ、と」
その言葉に呆れの感情が含まれているように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
というか……今回、は?
「今回叶える事が出来る願いは一つだけだ。その一回分の願いを使い、お前は無限に願いを叶えて欲しいと願い、それは叶えられた。その時点で、今回の願いの権利は失われている。故に、次回の機会で、約束通り無限に願いを叶えてやろう」
……マジか。
「では、さらばだ。良き生を送れることを祈っているぞ」
俺は唖然とすることしか出来ず、別の世界へと送られた。後悔をする時間もなく、俺は生まれまわることとなったのだ。
その後、俺は農民の息子として転生した。
何のチートもなく生まれ変わった俺だったが、前世の知識で計算が出来たため、商人になることが出来た。
だが、計算は出来ても商才はなかった。計算は出来ても神様の言葉を理解しきれなかった頭の悪い俺では、大商人になることなど出来るわけがなかった。
まあ、妻は出来たし、子供も商売を継いでくれるという。そう考えると、わりと上等な人生だったと思う。大変なことも多かったけどな、それはそれで楽しかった。
だけど、おそらく俺と同じ転生者であろう人間が、魔物を倒し、英雄として讃えられているのを見ると、時々思ってしまう。
もっと願いを考えていればなぁ……。
そして、平凡に生きた俺は、平凡に死ぬことになった。妻と息子、それに孫に囲まれての老衰だ。過酷なこの世界では、幸せな死に方だと思う。
なお、当然のように俺に次回の願いを叶える権利があるわけもなく、死んだ俺は魂を浄化されて、そのまま転生の流れに身を任せることになった。




